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第16話

私の指先が、発火能力の熱を帯びて、くすぶる。2050年5月下旬、ゾンビ襲撃から約3週間。隔離施設での黒い大男とゾンビの襲撃を切り抜け、私たち――桜、皐月、早希先生――は、自衛隊員・氷川弘の運転する装甲車で、陸上自衛隊の駐屯地へ向かっている。車内の鉄と汗の匂いが鼻をつく。狭い窓から、霧に覆われた荒廃した街が見える。焼け焦げたビル、ひび割れた道路、ゾンビが闊歩する交差点。血と肉が飛び散り、叫び声が遠くで響く。

私は皐月の手を握り、彼女の震えを感じる。彼女の青ざめた顔、汗で濡れた前髪。念動力でマンションを倒壊させ、黒い大男を瓦礫の下に閉じ込めた彼女の勇気。でも、あの怪物は生きていた。隔離施設で頭部に銃弾を受けた彼は、まだ死んでいないかもしれない。私は彼女の肩を抱き、囁く。

「皐月、大丈夫…もうすぐ、駐屯地だよ。父さんと母さん、待ってる」

彼女が、弱々しく微笑む。

「うん、桜…あなたがいるから、私、頑張れる…」

早希先生が、隣で私の手を握る。眼鏡の奥の目は、教師の決意と疲れが混じる。彼女が、静かに言う。

「二人とも、よく耐えたわ。氷川さんが、必ず連れて行ってくれる」

私は先生の目を見つめ、頷く。彼女がいたから、私たちはここまで来れた。ゾンビ、黒い大男、マンションの倒壊。全てを乗り越えた。

運転席の氷川弘が、振り返る。迷彩服の肩に汗が滲み、鋭い目が疲労で曇る。

「もうすぐ駐屯地だ。ゾンビの群れが近い。しっかり掴まってろ」

彼の声は落ち着いてるけど、緊張が滲む。私は、装甲車の鉄の壁を握り、息を整える。氷川拳志の戦いを思い出す。

あのカッコいい跳び蹴りと一本背負い。彼は、どこにいる?

黒い大男と戦った彼は、生きてる?

装甲車が、ゾンビの群れを突き進む。車体が、ゾンビを跳ね飛ばす。

血と肉が、窓に飛び散る。うめき声が、車外で響く。私は、皐月の手を強く握り、目を閉じる。父さんと母さんが、待ってる。あの喫茶店の夢も、絶対に叶える。


霧が濃くなる中、装甲車のエンジンが唸りを上げる。氷川が、無線に叫ぶ。


「こちら、氷川! 生存者3名を乗せ、駐屯地に接近! ゲートを開けろ!」

無線から、緊迫した声が返る。 


「了解! ゾンビの群れが接近中! 急げ!」


私は、窓から駐屯地の姿を捉える。コンクリートの壁、鉄のバリケード、監視塔のサーチライト。駐屯地は、まるで要塞だ。鉄格子のゲートが、ゆっくり開く。

だが、霧の向こうから、ゾンビのうめき声が迫る。数十体、いや、百体以上。腐った肉、濁った目、血に濡れた爪。私は、皐月の震える手を握り、炎を抑える。


「桜…怖い…!」


皐月の声に、私は彼女を強く抱きしめる。


「大丈夫、皐月。氷川さんが、守ってくれる。私たち、生きるよ!」


装甲車が、ゲートに飛び込む。ゾンビの群れが、バリケードに殺到する。銃声が、駐屯地内に響く。バリケードの上から、自衛隊員が自動小銃を連射する。

ゾンビの頭が砕け、腐った血が飛び散る。装甲車が、ゲートを通過する瞬間、鉄の扉が閉まる。

ドン! ゾンビの爪が、扉を引っかく音が響く。

氷川が、息を吐く。

「到着だ。無事、駐屯地内に入った」

私は、皐月の肩を抱き、涙が溢れそうになる。生き延びた。ゾンビの群れ、黒い大男、隔離施設の襲撃。全てを乗り越えた。先生が、私たちの手を握り、微笑む。

「二人、よく頑張ったわ。ここなら、安全よ」


装甲車が、駐屯地の広場に停まる。コンクリートの地面、整列した自衛隊員、仮設テントが並ぶ。霧が薄れ、朝日が駐屯地を照らす。

私は、皐月の手を握り、装甲車から降りる。

冷たい空気が、頬を刺す。

その瞬間、広場の向こうから、2つの人影が走ってくる。


「桜! 皐月!」


聞き慣れた声。私の心臓が、ドキンと跳ねる。父さん! 母さん! 彼らの顔が、涙で濡れてる。私は、皐月の手を離し、駆け出す。


「父さん! 母さん!」


父さんが、私を強く抱きしめる。たくましい腕、汗と土の匂い。母さんが、皐月を抱きしめ、泣きながら髪を撫でる。私は、父さんの胸に顔を埋め、涙が止まらない。


「生きてた…本当に、生きてた…!」


父さんが、震える声で言う。


「桜、皐月…無事でよかった…! ずっと、信じてたぞ…!」


母さんが、私の頬に手を当て、微笑む。


「二人とも、強くなったね。もう、離さないよ…」


皐月が、母さんの腕の中で泣く。


「母さん…父さん…やっと、会えた…!」


私は、皐月の手を握り、彼女の涙を見つめる。姉妹の絆、父さんと母さんへの想い。

ゾンビ、黒い大男、マンションの倒壊、隔離施設の襲撃。全てを乗り越えて、私たちは家族に会えた。


私は、涙を拭い、早希先生を振り返る。彼女が、広場の隅で静かに微笑んでる。

眼鏡の奥の目が、優しさと安堵に満ちてる。私は、父さんと母さんの手を引き、彼女に近づく。


「父さん、母さん、紹介するね。この人、早希先生。私たちの担任の先生で、ここまで守ってくれたんだ」

先生が、照れくさそうに頭をかく。

「桜、皐月、ちょっと大げさよ。私は、ただ…教師として、当然のことをしただけ」

父さんが、先生の手を握る。

「早希先生、ありがとう。娘たちを、命がけで守ってくれて…本当に、感謝します」

母さんが、涙を拭いながら言う。

「先生のおかげで、二人に会えた。どうか、これからも、娘たちをよろしくね」

皐月が、先生の手を握り、目を輝かせる。

「先生、喫茶店の夢、一緒に叶えようね! 父さんと母さんも、絶対に来てくれるよね?」

私は笑う。

「うん、皐月! コーヒーの香り、みんなで楽しもう!」

先生が、くすくす笑う。

「二人とも、元気ね。喫茶店、楽しみにしてるわ。ご両親も、ぜひ」


父さんが、笑顔で頷く。


「もちろん! 娘たちのコーヒー、味わうよ」



駐屯地の広場は、忙しなく動く。 

迷彩服の自衛隊員が、武器を点検し、無線で指示を飛ばす。仮設テントでは、負傷者が治療を受け、生存者が食料を受け取る。遠くのバリケードから、銃声が響く。ゾンビの群れが、まだ迫ってる。でも、ここは要塞だ。コンクリートの壁、鉄のバリケード、訓練された自衛隊員。

私は、皐月の手を握り、安堵の息を吐く。

氷川が、装甲車から降り、私たちに近づく。

「家族との再会、よかったな。作戦本部で、状況を報告する。君たちは、テントで休息しろ」

私は、氷川の目を見つめ、言う。

「氷川さん、ありがとう。あなたがいたから、助かった」

彼が、苦笑する。

「任務だ。だが…君たち、強いな。超能力の噂、ほんとか?」

私は、皐月と顔を見合わせ、笑う。

「さあ、どうかな? ただの姉妹だよ、ね、皐月?」

皐月が、いたずらっぽく微笑む。

「うん、桜。普通の中学生だよね!」

氷川が、肩をすくめる。

「ふん、隠す気か。まあ、いい。生き延びろよ」


テントに案内され、私たちは、父さんと母さんと一緒にベッドに座る。簡素な毛布、缶詰のスープ、プラスチックのコップ。だが、家族が一緒なら、それで十分だ。父さんが、街を脱出した時の話を始める。


「装甲車で、バリケードを突破した。ゾンビの群れに囲まれながら、なんとか…」 


母さんが、父さんの手を握る。

「あなたたちが生きてるって、信じてた。メモ、読んでくれたよね?」


私は、頷く。


「うん、母さん。『街の外への脱出口を探す』って。あのメモが、希望だった」


皐月が、目を潤ませる。


「父さん、母さん、私、念動力で…マンションを潰した。黒い大男を、閉じ込めたけど…」


私は、彼女の手を握り、言う。


「皐月、英雄だよ。あなたのおかげで、私たち、生きてる」


先生が、静かに言う。


「二人とも、強かったわ。私、誇らしいよ」


父さんが、先生に微笑む。


「早希先生、娘たちの話、全部聞きたい。喫茶店の夢も、な」


テントの外で、銃声が  遠く響く。ゾンビの脅威は、まだ終わらない。黒い大男は、生きてるかもしれない。拳志は、どこにいる? でも、今、私たちには家族がいる。

桜と皐月の絆、早希先生の覚悟、父さんと母さんの愛。それだけで、十分だ。


「皐月、父さんと母さんに、全部話そう。ゾンビと戦ったこと、拳志さんのカッコいい戦い、氷川さんの救助、喫茶店の夢!」


私の声に、皐月が微笑む。


「うん、桜。エプロン着て働く私たち、見てほしいな」


私は笑う。コーヒーの香り、笑顔のお客さん。そんな未来が、待ってる。

駐屯地の朝日が、テントを照らす。霧の向こうに、希望の光が見える。

どんな闇が来ても、私たちは戦う。家族と一緒に、未来を掴むために。

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