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第14話



2050年5月下旬、ゾンビ襲撃から約3週間。早希先生のマンションから自衛隊のヘリコプターで救出され、私たち――桜、皐月、早希先生――は、封鎖された町の外にある隔離施設にいる。コンクリートの壁、白い蛍光灯、無機質なベッドが並ぶ部屋。

窓は小さく、鉄格子で閉ざされ、霧に覆われた外の森しか見えない。ここでの生活は、単調で、息苦しい。

でも、父さんと母さんが別の隔離施設で生きてる。

あと2週間、隔離期間が終われば、会える。それが、私の炎を燃やし続ける希望だ。

部屋の隅で、皐月がスケッチブックに絵を描いてる。彼女の繊細な指が、鉛筆を滑らせ、喫茶店のエプロン姿の自分をスケッチする。

念動力の負担で青白かった顔も、休息で血色を取り戻してる。私は彼女の隣に座り、微笑む。


「皐月、いい絵だね。父さんと母さんに、見せようよ」


彼女が、はにかむ。


「うん、桜。あなたも、エプロン似合いそう。喫茶店、一緒に働くんだよね?」


その言葉に、胸が温かくなる。先生が提案してくれた喫茶店の夢。ゾンビのいない世界で、コーヒーの香りに包まれて、笑顔で働く。そんな未来が、すぐそこにある。

早希先生が、部屋のドアから入ってくる。

カジュアルなシャツ姿、眼鏡の奥の目は、教師らしい優しさと疲れが混じる。

彼女が、トレイにサンドイッチと水を置く。


「二人とも、昼食よ。隔離生活、慣れてきた?」

私は笑って頷く。


「はい、先生。もう少しの辛抱ですよね。父さんと母さんに、会えるんだ…」


皐月も、目を輝かせる。


「うん、先生。先生も、喫茶店に来てくれるよね?」


先生が、くすくす笑う。


「もちろん。あなたたちのコーヒー、楽しみにしてるわ」


でも、胸の奥で、ざわめきが消えない。黒い大男。あの2メートルを超える巨体、墨汁のような肌、赤い目。

皐月の念動力で、マンションを倒壊させ、彼を瓦礫の下に閉じ込めた。でも、あの咆哮が、夢に現れる。氷川拳志は、彼に勝てたのか? あの怪物は、本当に死んだのか? 私は、皐月の手を握り、炎を静める。

彼女に、これ以上の負担をかけたくない。


昼食を食べ終え、皐月と私が地図を広げて脱出口の候補を話してると、突然、けたたましい警報が建物内に響いた。ビーッ、ビーッ。

耳をつんざく音が、コンクリートの壁に反響する。私はハッとして、皐月の手を握る。彼女の目が、恐怖で揺れる。先生が、ドアに駆け寄り、外を覗く。


「何!? 何が起きたの!?」


私の声に、先生が振り返る。彼女の顔が、青ざめてる。


「わからない…でも、ただ事じゃないわ。二人、落ち着いて!」


廊下から、慌ただしい足音が響く。迷彩服の自衛官、制服の警察官が、武器を手に外へ走り出す。金属の擦れる音、無線の叫び声。空気が、急に重くなる。

私は皐月の手を強く握り、胸の炎が燃え上がる。ゾンビ? それとも…あの大男?

建物内のスピーカーから、緊迫した声が流れる。


「緊急事態! 隔離施設内にゾンビが発生! 市民は部屋に待機! 防衛部隊は速やかに対応せよ!」


放送が、ガチッと途切れる。だが、マイクが切れる寸前、低い、獣のような咆哮が聞こえた。私の心臓が、凍る。皐月の目が、恐怖で凍りつく。


「桜…あれ…黒い大男…!」


彼女の震える声に、私は息を呑む。あの咆哮。マンションの瓦礫の下で聞いた、怒りに満ちた声。皐月の念動力で潰したはずなのに…生きてる!? 私の炎が、指先でくすぶる。

戦うべき? でも、隔離施設には、武器も、逃げ場もない。


放送が終わった瞬間、けたたましい銃声が響いた。バン! バン! 自動小銃の連射音が、廊下を震わせる。

続いて、ドーンという爆発音。建物が、微かに揺れる。ガラスが割れる音、叫び声、ゾンビのうめき声。私は皐月の手を握り、彼女の震えを感じる。


「皐月、落ち着いて! 私たち、生き延びるよ!」


私の声に、彼女が頷く。でも、彼女の念動力が、部屋の空気を重くしてる。彼女が、周囲を探ってるんだ。黒い大男の位置を、感じ取ろうとしてる。私は、彼女の肩を抱き、囁く。


「皐月、無理しないで。あなたが倒れたら、私、戦えない…」


先生が、ドアに背を預け、銃を握る。彼女の目が、教師の決意に燃える。


「二人、ドアの後ろに隠れて! 自衛隊が対応するまで、ここで待つわ!」


私は頷き、皐月を連れてベッドの後ろに身を隠す。コンクリートの壁が、冷たい。

銃声が、近づいてくる。ゾンビのうめき声が、廊下に響く。

私の炎が、制御を失いそうになる。

発火能力を使えば、ゾンビを焼ける。でも、施設を燃やしたら、みんなが危険に…。

皐月が、目を閉じ、念動力を集中させる。彼女の声が、震える。


「桜…大男、1階にいる…ゾンビも、10体以上…自衛隊、押されてる…!」


私の胸が、締め付けられる。皐月の念動力は、マンションを潰した力。でも、ここで使えば、施設が崩れ、みんなが死ぬ。私は、彼女の手を強く握る。


「皐月、今は待とう。自衛隊を信じよう。あなたは、私の英雄だよ」


銃声が、一瞬、途切れる。だが、すぐに、黒い大男の咆哮が響く。

獣のような、怒りに満ちた声が、施設全体を震わせる。

私は皐月の目を見つめる。彼女の瞳が、恐怖と決意で揺れる。私たちの視線が、交錯する。言葉はいらない。

私たちは、同じ考えを共有してる。

まだ、私たちの戦いは終わってない。むしろ、これからが本番だ。

私は、皐月の手を握り、囁く。


「皐月、父さんと母さんが待ってる。喫茶店の夢も、絶対に叶える。私たち、負けないよ」


彼女が、力強く頷く。


「うん、桜。あなたと一緒なら、どんな敵も倒せる。私、念動力、制御するよ」


先生が、私たちの決意に気づき、静かに言う。


「二人、絶対に無茶しないで。私も、戦うわ。あなたたちを守るのが、私の務めよ」


私は、先生の目を見つめる。彼女の覚悟が、私の炎を強くする。


廊下から、銃声が再び響く。ゾンビのうめき声、隊員の叫び声。黒い大男の足音が、ドン、ドンと近づいてくる。

私は、皐月の手を握り、炎を静める。発火能力と念動力は、最後の手段だ。今は、自衛隊を信じる。

でも、もし、あの大男がこの部屋に来たら…私は、すべてを燃やす覚悟がある。


施設の壁が、爆発の衝撃で揺れる。埃が、天井から落ちる。スピーカーから、緊迫した声が流れる。


「防衛部隊、1階ホールに集結! ゾンビを制圧! 怪物は…くそっ、銃が効かねえ!」


放送が、途切れる。黒い大男の咆哮が、再び響く。私は、皐月の震える手を握り、彼女の念動力を感じる。彼女が、大男の動きを追ってる。


「桜…大男、2階に上がってきた…!」


皐月の声に、私は息を呑む。2階。この部屋は、3階だ。もう、時間がない。私は、先生に目配せする。


「先生、ドア、補強できますか? バリケードを!」


先生が、頷き、ベッドをドアに押し付ける。私は、皐月と一緒に、机を重ねる。コンクリートの壁が、どれだけ耐えられるか。

銃声が、2階で響く。隊員の叫び声、ゾンビのうめき声。

黒い大男の足音が、階段を上がってくる。ドン、ドン。私の炎が、指先でくすぶる。

皐月の念動力が、部屋の空気を締め付ける。私は、彼女の肩を抱き、囁く。


「皐月、あなたはマンションを潰した。あの大男を、瓦礫の下に閉じ込めた。私、信じてるよ。あなたなら、どんな敵も倒せる」


彼女の目が、決意に燃える。


「うん、桜。私、やってみる。あなたと、先生のために…!」


黒い大男の咆哮が、3階の廊下に響く。ドアが、ドンと揺れる。ゾンビの爪が、コンクリートを引っかく音。

隊員の銃声が、弱まる。私は、皐月の手を握り、先生の目を見つめる。私たちの戦いは、ここで終わるんじゃない。父さんと母さん、喫茶店の夢、ゾンビのいない世界。

それを掴むために、私たちは戦う。

私は、炎を静め、言う。


「皐月、先生、私たち、生き延びる。父さんと母さんに、会うんだ。喫茶店で、笑うんだ」


皐月が、力強く頷く。


「うん、桜。私、念動力、制御する。あの大男、絶対に倒す!」


先生が、銃を構え、微笑む。


「二人とも、私が守るわ。どんな敵が来ても、負けないよ」


ドアが、再び揺れる。黒い大男の赤い目が、ドアの隙間から覗く。

私は、皐月の手を握り、炎を燃やす。戦いは、始まったばかりだ。

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