第13話
早希先生のマンションの最上階、リビングのテーブルには、地図、缶詰、懐中電灯が並んでる。白いセーラー服は埃で薄汚れてるけど、この制服は私と皐月の決意の証。
父さんと母さんを探し、街の脱出口を見つけ、一時的な拠点を確保する。
それが、昨日の作戦会議で決めた方針だ。
窓の外は、朝霧に包まれた町。焼け焦げたビル、ゾンビの死体が転がる道、遠くで響く低いうめき声。コンクリートの部屋は、まるで要塞みたいで、ゾンビも黒い大男も遠く感じる。
でも、あの怪物――2メートルを超える巨体、墨汁のような肌、赤い目――が自宅を荒らし、待ち構えていた恐怖は、胸の奥で炎を燃やす。
氷川拳志の跳び蹴りと一本背負いがなかったら、私たちは死んでた。
皐月が、地図に印をつけながら、弱々しい声で言う。
「桜…このルート、父さんと母さんが行ったかも…」
「うん、皐月。絶対に見つけるよ。あなたと一緒なら、怖いものなんてない」
彼女の目が、わずかに輝く。皐月の笑顔が、私の炎を強くする。
早希先生が、猟銃を手にリビングに入ってくる。眼鏡の奥の目は、疲れてるけど、教師らしい決意に満ちてる。
「二人とも、準備は? 今日は慎重に動くわ。黒い大男が追ってくる可能性、忘れないで」
私は頷き、バックパックを肩に掛ける。
「準備OK、先生。あの大男、家のタイヤ痕を追ってきた。次は、もっと賢く動きます」
その時、遠くから、低いローター音が響いた。ブーン、ブーン。空気が震える。私はハッとして、窓に駆け寄る。霧の向こうに、巨大なヘリコプターが浮かんでる。
テレビで見る民間のものよりずっと大きく、迷彩柄の塗装が朝日に鈍く光る。
「ヘリコプター…!?」
私の声に、皐月が隣に立つ。彼女の目が、希望と不安で揺れる。
「自衛隊…? 生存者を探してるのかな…?」
私は彼女の手を握り、胸の炎が燃え上がる。
「わからないけど…私たちの存在を知ってもらえば、ここより安全なところに連れてってくれるかも!」
ヘリコプターのローター音が、だんだん大きくなる。窓ガラスが、微かに震える。私は皐月の手を握り、彼女の震えを感じる。
ゾンビ襲撃から6日目、封鎖された町に、ついに救援が来た? 父さんと母さんのメモ――「街の外への脱出口を探す」――が、頭に浮かぶ。彼らも、こんなヘリに助けられたかもしれない。
希望が、胸を熱くする。
早希先生が、窓辺でヘリを見つめる。彼女の声が、鋭い。
「あのヘリコプター…こっちに来る?」
私は目を凝らす。迷彩柄の機体が、ゆっくり、でも確実に、このマンションに近づいてくる。ローターの風が、霧を切り裂く。私は皐月の目を見て、叫ぶ。
「先生! 本当!? 私たち、助かるの!?」
皐月が、震える声で言う。
「自衛隊なら…父さんと母さんも、見つけてくれるかも…!」
先生が、私たちの肩に手を置く。彼女の目は、希望と警戒が混じる。
「二人とも、準備して。救助かもしれないけど、油断しないで。ゾンビや…あの大男が、近くにいるかも」
私は頷き、バックパックを握りしめる。先生の言う通りだ。黒い大男が、どこかで私たちを追ってる。あの赤い目が、夢に現れるたび、炎が震える。
でも、今、ヘリが来てくれた。父さんと母さんに、一歩近づけるかもしれない。
ヘリコプターが、マンションの真上で停止する。ローター音が、耳をつんざく。
機体からロープが垂らされ、迷彩服の自衛隊員が次々と屋上に降りてくる。
ブーツがコンクリートに響く。私は皐月の手を強く握り、胸の鼓動を抑える。助けが、来たんだ。
ドアがノックされ、力強い声が響く。
「自衛隊だ! 生存者救助に来た! 開けてくれ!」
先生が銃を構え、慎重にドアを開ける。迷彩服の男が立つ。
30代くらい、鋭い目、短い髪。彼の背後には、4人の隊員が武器を構える。彼は敬礼し、名乗る。
「自衛隊、因幡哲人。君たちを救助しに来た。すぐにヘリに乗ってくれ」
私の胸が、安堵で熱くなる。涙が溢れそうになるけど、堪える。
「ありがとう! 私、桜! 助けてくれて…本当に…!」
皐月が、震える声で続ける。
「皐月です…父さんと母さん、探してるんです…!」
先生が、冷静に言う。
「早希、教師です。救助、感謝します。状況は?」
因幡の目が、厳しい。
「町は封鎖中。ゾンビと、未確認の怪物が脅威だ。詳細は後で。とにかく、急ぐぞ」
怪物。あの大男のことだ。私は皐月の手を握り、彼女の目を覗く。
彼女の念動力が、きっと何かを感じてる。でも、今は、逃げる時だ。
隊員が、救助用ハーネスを私たちに装着する。
私は、先生と皐月の決意を感じる。超能力のことは、言わない方がいい。
あの大男に狙われてる理由かもしれない。ハーネスが体に食い込む。私は、炎を静かに抑え、言う。
「皐月、先生、行くよ。父さんと母さん、待ってるよ」
ロープが、屋上へ向けて動き出す。だが、その瞬間、ズズンと地響きが響き、マンションが揺れる。
私はハッとして、皐月の顔を見る。彼女の目が、恐怖で凍りつく。彼女が、叫ぶ。
「黒い大男! マンションに入ってきた!」
私の心臓が、凍る。あの大男が、ここまで追ってきた!? 拳志は、勝てなかったの? 炎が、指先でくすぶる。
戦うべき? でも、皐月の体が…! 先生が、銃を構え、因幡に叫ぶ。
「隊長! 怪物です! 2メートル以上の巨体、銃弾が効かない! 急いで!」
皐月の顔が、青ざめる。だが、彼女の目が、突然、鋭くなる。彼女の念動力が、マンションの下階で大男の位置を捉えたんだ。彼女が、私の手を握り、囁く。
「桜…私が、終わらせる。あの大男、ここで…!」
私はハッとして、彼女の目を見つめる。
「皐月!? 何!? 危険だよ!」
だが、皐月の瞳が、決意に燃える。彼女は目を閉じ、両手を広げる。
空気が、異様に重くなる。マンションの壁が、ミシッと軋む。彼女の念動力が、コンクリートを締め付ける。私は、彼女の手を強く握る。
「皐月、信じてるよ。あなたなら、できる!」
彼女の念動力が、マンション全体を包む。コンクリートの四隅が、軋みながら圧縮される。
彼女は、大男の位置を正確に捉え、彼を巻き込むように建物を制御してる。彼女の額に、汗が浮かぶ。
因幡が、無線に叫ぶ。
「全隊、救助者を即時引き上げ! 敵襲、至急だ!」
隊員が、私たちをロープで引き上げる。私は皐月の手を握り、彼女の決意を感じる。彼女の念動力が、マンションを握り潰す。コンクリートが、ひび割れる音が響く。
ヘリコプターの機内に引き上げられる。私は、皐月の肩を抱き、彼女の震えを抑える。彼女の顔は青ざめ、冷や汗が額に浮かぶ。
念動力を意図的に制御したとはいえ、巨大なマンションを倒壊させた負担が、彼女を蝕んでる。
その瞬間、マンションから、咆哮が響いた。
獣のような、怒りに満ちた声。黒い大男だ。
次の瞬間、マンションが、内側にひしゃげるように倒壊する。
コンクリートの四隅が砕け、壁が崩れ、10階建ての建物が、まるで紙の箱のようにつぶれる。ガラスが砕け、埃が舞い、轟音が町に響く。
皐月の念動力が、大男を瓦礫の下に閉じ込めたんだ。私は息を呑む。
彼女、やり遂げた。
隊員たちが、驚きの声を上げる。
「なんだ!? 爆破か!?」
因幡が、無線に叫ぶ。
「基地、映像確認! マンション倒壊! 原因不明、至急調査!」
私は、皐月の目を覗く。彼女の瞳が、誇りと疲労で揺れる。
私は、彼女を自衛隊員に気づかれないよう、そっと抱き寄せる。
「皐月、すごかった…誰も知らないよ…」
先生が、私の肩に手を置き、囁く。
「桜、皐月を支えて。私も、誤魔化すわ」
先生が、因幡に冷静に言う。
「隊長、ゾンビか怪物が、建物を破壊した可能性は? この町、異常な力が多いわ」
因幡が、眉を寄せる。
「可能性はある。黒い大男の報告も、調査中だ。詳細は基地で分析する」
私は、皐月の冷や汗を拭き、彼女の耳元で囁く。
「皐月、誰も気づいてないよ。あなた、英雄だよ。あの大男、倒したんだ…」
彼女は、弱々しく微笑む。
「桜…ありがとう…でも、疲れた…」
私は、彼女を強く抱きしめる。
「いいよ、皐月。生きてる。私たち、助かったんだ…」
ヘリコプターが、朝日の中を飛ぶ。町の廃墟が、霧の向こうに消える。
私は、皐月の肩を抱き、彼女の震えを抑える。
機内は、隊員の無線の声とローター音で騒がしい。先生が、私たちの手を握り、静かに微笑む。彼女の目が、教師の強さを教えてくれる。
因幡が、ヘルメットを外し、言う。
「君たち、感染の有無を確認するため、1ヶ月間、隔離施設で過ごしてもらう。その後、安全な場所へ移す」
私は頷き、震える声で尋ねる。
「隊長…私たちの両親、情報は?」
皐月の目が、希望で揺れる。
因幡の目が、柔らかくなる。
「装甲車で脱出した生存者が、別の隔離施設にいる。特徴から、君たちの両親の可能性が高い。隔離が終われば、会えるはずだ」
私の胸が、熱くなる。涙が、溢れる。
「本当!? 父さんと母さん、生きてる!?」
皐月が、声を震わせて言う。
「やっと…会える…!」
私は、彼女を強く抱きしめる。彼女の涙が、私のセーラー服を濡らす。父さんと母さん、生きてる。
ゾンビ、黒い大男、皐月の念動力による倒壊。
全てを乗り越えて、私たちは家族に会える。
先生が、私たちの手を握り、微笑む。
「二人とも、よかった…本当に、よかった…」
私は、先生の目を見つめる。彼女がいたから、私たちはここまで来れた。
ヘリコプターが、基地へ向かう。朝日が、機体を金色に染める。私は、皐月の手を握り、彼女の温もりにすがる。
黒い大男は、瓦礫の下に閉じ込められた。でも、生きてるかもしれない。拳志は、どこにいる? 皐月の念動力の秘密は、隠し通さないと。でも、今、私たちには希望がある。
「皐月、父さんと母さんに、全部話そう。ゾンビと戦ったこと、拳志さんのカッコいい戦い、先生の喫茶店の話! そして、あなたの勇気!」
私の声に、皐月が微笑む。
「うん、桜。エプロン着て働く私たち、見てほしいな」
私は笑う、喫茶店の夢。コーヒーの香り、笑顔のお客さん。そんな未来が、待ってる。
私は、窓の外を見つめる。霧の向こうに、町の廃墟が消える。
父さんと母さんが、待ってる。どんな闇が来ても、私たちには、桜と皐月の絆、早希先生の覚悟、家族との再会がある。それだけで、十分だ。




