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第11話

私たち――桜、皐月、早希先生――は、黒い大男の襲撃から逃れ、早希先生の住むコンクリート造のマンションの最上階にたどり着いた。


夕暮れの逃走、ショッピングモールでの車乗り換え、階段を駆け上がる緊張。

あの2メートルを超える巨体、墨汁のような肌、赤く光る目が待ち構えていた恐怖が、脳裏に焼き付いている。

氷川拳志の跳び蹴りと一本背負いがなければ、私たちは生きていなかった。

リビングのソファに座り、皐月の手を握る。

彼女の青ざめた顔は、ようやく血色を取り戻しつつある。念動力の酷使で弱っていた彼女が、こうして私の隣で息をしている。それだけで、胸が熱くなる。

窓の外では、夜の町が闇に沈む。焼け焦げたビル、遠くで響くゾンビのうめき声。だが、このコンクリートの部屋は、まるで要塞だ。

ゾンビも、黒い大男も、今は遠い。

早希先生が、キッチンから缶詰のスープとパンを運んできた。彼女の眼鏡の奥の目は、疲れていながらも、教師らしい優しさに満ちている。


「二人とも、ちゃんと食べなさい。一晩休めば、元気が出るわよ」


その声に、私は皐月と顔を見合わせ、微笑んだ。


「ありがとう、先生。こんな美味しいご飯、久しぶりです」


スープの温かさが、体の芯まで染みる。皐月の目も、わずかに輝きを取り戻す。私は彼女の手を握り、囁いた。


「皐月、ちゃんと食べて。明日、父さんと母さんを探すんだから」


彼女は頷き、小さく笑った。


「うん、桜。あなたがいるから、私、頑張れる」


食事を終え、私たちはソファに凭れた。先生が毛布を渡してくれた。


「二人とも、今日はゆっくり寝なさい。私も、隣の部屋で休むわ。何かあったら、すぐ呼んで」


その言葉に、私は胸が温かくなった。先生は、私たちを守ってくれる。

黒い大男の赤い目が脳裏にちらつくが、今は、休息が必要だ。私は皐月の肩に頭を預け、目を閉じた。彼女の温もりが、私の心を落ち着かせる。


皐月の視点

翌朝、窓から差し込む朝日が、リビングを柔らかく照らす。埃が舞う光の筋が、コンクリートの床に落ちる。

私はソファで目を覚まし、桜の手が私の手を握っているのに気づいた。

彼女の寝顔は、穏やかで、力強い。

発火能力の負担で熱を持っていた彼女の指先も、今は落ち着いている。私はそっと彼女の髪を撫で、微笑んだ。桜がいるから、私はどんな恐怖にも立ち向かえる。

一晩の休息で、念動力の疲労が抜けた。体が軽く、頭がクリアだ。

私は立ち上がり、窓の外を見た。朝の町は、霧に包まれ、ゾンビの死体が道端に転がる。

遠くで、低い咆哮が響く。黒い大男か、別の脅威か。

胸の奥で、ざわめきが消えない。でも、今、私たちは安全だ。

早希先生のマンションは、コンクリートの要塞だ。

先生が、リビングに入ってきた。

彼女はカジュアルなシャツとジーンズ姿で、眼鏡をかけ直しながら微笑んだ。


「おはよう、二人とも。顔色、ずいぶん良くなったわね。超能力の疲れ、取れた?」


その声に、私は頷いた。


「はい、先生。体、軽いです。桜も、きっと元気になってます」


桜が目を覚まし、眠そうに笑った。


「うん、皐月。久しぶりに、ちゃんと寝れた気がする」


私たちは、夏服のセーラー服に着替えた。

白いセーラー服、同色の膝丈スカート、白いスクールソックス。

ゾンビ襲撃の中でも、制服は私たちの決意の象徴だ。両親と会うまで、気を引き締めるための儀式。

先生が、私たちをじっと見つめた。彼女の目に、どこか不思議な光がある。私は少しドキッとした。


「先生…? どうしたんですか?」


私の声に、先生は小さく笑い、言った。


「二人とも…もしかして、バストが成長したんじゃない?」


桜の視点

先生の言葉に、私は一瞬、頭が真っ白になった。顔がカッと熱くなり、頬が燃える。

皐月も、同じように真っ赤になって、目を伏せた。

私は慌てて腕を胸の前で組み、声を絞り出した。


「せ、先生! 急に何!?」


皐月も、恥ずかしそうに呟いた。


「う、うう…そんな、急に言わないでください…」


私たちは無言で頷き、顔を赤らめたまま目を合わせられなかった。確かに、最近、制服が少しきつくなった気がしていた。でも、ゾンビ襲撃や黒い大男の恐怖で、そんな変化に気づく余裕なんてなかった。

先生は、くすくす笑いながら手を振った。


「ごめん、ごめん! でも、ほら、女の子の変化って、ちゃんと見てあげないとね。二人とも、普段は地味な格好で隠してるけど、顔立ちはふんわりしてて、めっちゃ可愛いんだから」


その言葉に、私はさらに顔が熱くなった。皐月も、髪をいじりながら、恥ずかしそうに微笑んだ。

先生の目は、まるで姉貴分のような優しさで、私たちを見つめていた。

私は、ふと、自分の姿を思い出した。超能力を隠すため、いつも地味な服を選んでいた。皐月も同じだ。

発火能力も念動力も、普通の生活では秘密だった。

学校では、目立たないように、笑顔を抑えて、友達とも距離を置いた。

そんな自分が、嫌いじゃなかったけど、どこか寂しかった。皐月と二人、姉妹の絆だけで十分だと思っていた。

でも、先生の言葉は、胸の奥に小さな火を灯した。


「二人とも、ちょっと考えてみて」


先生が、突然、真剣な声で言った。私はハッとして、彼女を見た。


「このゾンビ騒動を乗り切って、街から脱出できたら…私の知り合いの喫茶店で、アルバイトしてみない?」


皐月の視点

先生の言葉に、私は目を丸くした。

喫茶店? アルバイト? ゾンビが町を襲い、黒い大男が追ってくるこの状況で、そんな未来を想像するのは、まるで夢のようだった。桜も、驚いた顔で先生を見た。


「先生…喫茶店って…今、そんな話…?」


桜の声に、先生は微笑んだ。


「うん、今だからよ。二人とも、こんな危機の中でも、ちゃんと生きてる。超能力を使って、戦って、逃げてきた。それって、すごいことよ。ゾンビ騒動が終わったら、普通の生活が待ってる。その時に、二人には、もっと自分を好きになってほしいの」


その言葉に、私は胸が熱くなった。普通の生活。喫茶店で働く自分。制服じゃなく、かわいいエプロンを着て、お客さんに笑顔でコーヒーを出す。

そんな未来、想像したこともなかった。

超能力を隠し、目立たないように生きてきた私たちに、そんな明るい未来が待ってるなんて。


「先生…でも、私たち、喫茶店なんて…できるかな…?」


私の声は、震えていた。桜が、私の手を握り、力強く言った。


「皐月、できるよ。私たち、ゾンビにも黒い大男にも負けなかったんだ。喫茶店くらい、絶対にやれる」


その言葉に、私は微笑んだ。桜の強さが、私を前に進ませる。

先生が、優しく続けた。


「私の知り合いの喫茶店、落ち着いた雰囲気で、女の子が働きやすいの。二人なら、絶対に人気者よ。地味な格好じゃなくて、もっと自分を出してもいいんじゃない? ふんわり可愛い二人なら、お客さんも癒されるわ」


その軽い口調に、私たちは笑った。私は桜と顔を見合わせ、頷いた。


「先生…その話、乗りたいです。ゾンビ騒動、絶対に乗り切ります!」


桜も、目を輝かせて言った。


「うん、喫茶店、やってみたい! 父さんと母さんにも、働いてる姿、見せたい!」


早希の視点

リビングで、桜と皐月が笑い合っている。二人の白いセーラー服が、朝日に輝く。

彼女たちの顔色は、休息で良くなり、超能力の疲れも癒えたようだ。

私は、教師として、彼女たちの変化に気づいた。バストの成長という、ちょっとした女の子の変化。

でも、それ以上に、彼女たちの内面の強さに、胸が熱くなる。

超能力を隠し、目立たないように生きてきた二人。

ゾンビ襲撃の中で、彼女たちは戦士になった。発火能力と念動力で、黒い大男に立ち向かった。

そんな彼女たちに、普通の生活の希望を与えたい。

喫茶店のアルバイトは、ただの思いつきじゃない。彼女たちが、自分を好きになり、未来を信じるきっかけになってほしい。


「二人とも、約束よ。ゾンビ騒動を乗り切ったら、喫茶店で働く。それまで、絶対に諦めないで」


私の声に、桜が力強く頷いた。


「はい、先生! 約束です。父さんと母さんも、絶対に見つける!」


皐月も、目を潤ませながら言った。


「うん、先生。私たち、変わりたい。喫茶店、絶対にやってみる!」


私は微笑み、窓の外を見た。朝霧に包まれた町。

ゾンビのうめき声、遠くの咆哮。黒い大男は、まだどこかで私たちを追っているかもしれない。氷川拳志は、勝てたのか? だが、今、彼女たちの笑顔がある。このコンクリートの要塞で、希望がある。

私は、彼女たちを守る。両親との再会を叶える。それが、私の務めだ。


桜の視点

朝日が、リビングを照らす。私は皐月の手を握り、彼女の目を見つめた。白いセーラー服が、まるで新しい自分を象徴しているようだ。ゾンビ騒動を乗り切り、喫茶店で働く。

そんな未来が、胸に灯る。黒い大男の赤い目が、脳裏にちらつく。でも、今、私たちには希望がある。


「皐月、喫茶店、どんな感じかな? エプロン、似合うかな?」


私の声に、皐月がくすくす笑った。


「桜、絶対似合うよ! 私、コーヒー淹れるの、練習しなきゃ!」


私たちは笑い合った。早希先生が、キッチンからコーヒーの香りを運んできた。


「二人とも、朝ごはんよ。コーヒー、練習がてら飲んでみる?」


その軽口に、私たちは笑った。

窓の外で、霧が晴れ、町が姿を現す。ゾンビの死体、焼け焦げたビル、遠くの咆哮。でも、私たちには、桜と皐月の絆、早希先生の覚悟、喫茶店の未来がある。

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