第8話
桜の視点
ゾンビ襲撃から3日目の夕方。
町の外れを探索し、疲れ果てた私たち――桜、皐月、早希先生――は、埃まみれのSUVで自宅へ戻った。
夕陽が、荒廃した町並みを血のように赤く染める。ひび割れたアスファルトにゾンビの死体が転がり、倒れた電柱が道を塞ぐ。焼け焦げた商店街の看板が、風に揺れて軋む音が響く。
町は静かすぎる。ゾンビの気配は薄く、まるで何かが息を潜めているようだ。
今日の探索は、何も成果があるとは言えなかった。両親の手がかりも、街の脱出口も見つからなかった。廃墟のコンビニで食料品を補給し、ガソリンスタンドで給油しただけ。
成果といえるのは、封鎖されている範囲が自分たちが住んでいる街のみにしか及んでいないこと…ポジティブに考えればその程度の範囲で感染を抑え込んでいる可能性があること。
ー街の外にも感染者がいる可能性もあるが…ー
私の指先は、発火能力の熱を帯び、くすぶる。
両親は生きている――父さんのメモがそう教えてくれた。「警察署は危険、建物が半壊、黒い肌の大男、凶暴、我、街の外への脱出口を探す。」その文字を、何度も読み返した。
でも、どこにいる? 装甲車に乗った彼らは、無事なのか? 不安が、炎のように心を焦がす。
後部座席で、皐月が私の手を握る。彼女の青ざめた顔、汗で濡れた前髪。念動力の負担が、彼女の体を蝕んでいる。私は彼女の手を強く握り返し、囁いた。
「皐月、今日はダメだったけど、明日、絶対に手がかりを見つけるよ」
彼女は弱々しく微笑み、頷いた。
「うん、桜。あなたがいるから、私、諦めない」
その言葉に、胸が熱くなる。皐月の存在が、私を強くする。彼女の繊細な笑顔が、どんな危機でも私の炎を燃やし続ける。
早希先生が、運転席から振り返った。彼女の眼鏡の奥の目は、疲れていながらも、教師らしい決意に満ちている。
「二人とも、よく頑張ったわ。今日は休んで、明日また頑張りましょう。ご両親、絶対に会えるわよ」
先生の声に、私は頷いた。
彼女の覚悟が、私たちを支えてくれる。でも、胸の奥で、ざわめきが消えない。黒い大男――警察署を破壊し、瓦礫の下から這い出した怪物――が、どこかで私たちを追っているかもしれない。私の指先が熱くなり、炎がくすぶる。
皐月の視点
SUVが自宅の前に停まる。夕陽が、庭の荒れた花壇を赤く染め、窓ガラスに積もった埃が不気味に光る。私は桜の手を握り、胸の鼓動を抑えた。この家は、両親との思い出が詰まった場所。父さんのメモを見つけた希望が、ここにある。
でも、なぜか、不安が胸を締め付ける。まるで、何かが私たちを待ち構えているような予感。
早希先生が、父さんの猟銃を手に周囲を警戒した。
「ゾンビの気配はないわ。二人とも、気をつけて入って」
私たちは頷き、玄関へ向かう。だが、ドアが半開きになっている。蝶番が歪み、ドアノブが砕けている。私は桜と顔を見合わせ、恐怖が背筋を走る。
「桜…誰か、入った…?」
私の声は震えていた。桜が私の肩を抱き、力強く言った。
「皐月、落ち着いて。私たち、調べるよ。先生、銃、構えててください」
先生は頷き、銃を構えた。彼女の冷静さが、私を少しだけ落ち着かせてくれる。
居間に入ると、息を呑んだ。テーブルはひっくり返り、ソファは引き裂かれ、カーテンは千切れている。父さんのメモは、床に落ち、血のような汚れが付いている。
キッチンの食器は割れ、冷蔵庫のドアは開け放たれている。私は桜の手を強く握り、震えた。
「桜…これ、ゾンビじゃないよね…?」
私の声は、ほとんど泣きそうだった。桜の目も、恐怖で揺れていた。彼女は深呼吸し、静かに言った。
「うん…ゾンビは、こんな風に荒らさない。生存者…? でも…」
早希先生が、玄関のドアを調べ、静かに言った。
「玄関、頑丈な鉄製よ。重機でもない限り、こんな風に壊せない。でも、破壊の跡が…小さい。食料も、ほとんど減ってないわ」
その言葉に、私の心臓が凍りついた。桜が、震える声で呟いた。
「黒い大男…あいつが、ここに来たんだ…」
その名前が、空気を重くした。あの大男が、この家に侵入した。
私の家を、両親の思い出を、踏みにじった。恐怖が、胸を締め付ける。私は桜の手を握り、念動力を感じた。空気が震え、床の破片がわずかに浮く。
「桜…あいつ、私たちの家を…!」
私の声は、怒りと恐怖で震えていた。桜は私の手を強く握り返し、目を燃やした。
「皐月、落ち着いて。あいつがここに来たなら、まだ近くにいるかもしれない。私たち、逃げなきゃ」
早希の視点
居間の惨状を見ながら、私は教師としての責任に押し潰されそうだった。
桜と皐月の家――彼女たちの心の拠り所――が、こんな目に遭うなんて。黒い大男がここに来た。
彼の目的は、彼女たちだ。警察署での戦いで、桜の発火能力と皐月の念動力に傷つけられた彼が、復讐を求めて追ってきたのだ。
私の手が、猟銃を握る力で震える。彼女たちを、こんな危険に晒したくない。
「二人とも…ここは、もう安全じゃない。すぐに物資を集めて、別の拠点を探すわ」
私の声は、冷静を装っていたが、内心は恐怖で震えていた。彼女たちの超能力は強い。
でも、彼女たちはまだ中学生だ。黒い大男のような怪物に、どこまで立ち向かえるのか。
私の心は、教師としての責任と、彼女たちを守りたいという願いで引き裂かれていた。
桜が、静かに言った。
「先生、物資、急いで集めます。両親に、メモも残したい」
皐月が、頷いた。
「うん。父さんと母さんに、私たちが生きてるって伝えなきゃ」
二人の強さに、私は胸が熱くなった。彼女たちは、ただの中学生じゃない。超能力を持ち、どんな危機にも立ち向かう戦士だ。私は頷き、銃を握りしめた。
「わかった。10分で準備するわ。ゾンビや大男が来たら、私が対処する。急いで!」
私たちは、急いで動いた。桜と皐月は、キッチンから缶詰と水を、クローゼットから着替えをバックパックに詰める。
私は、父さんの猟銃の弾薬を補充し、ナイフを腰に差した。
桜が、テーブルに新しいメモを残す。「父さん、母さん、私たち生きてる。街の外で会おう。桜と皐月。」
その文字に、彼女たちの希望が込められている。私は、彼女たちを信じる。
教師として、彼女たちを守る。
桜の視点
物資を詰め終え、私たちは玄関へ向かった。夕陽が、町を血のように染める。家の前は、静かすぎる。ゾンビの気配はない。でも、胸の奥で、ざわめきが消えない。まるで、死神が私たちを待ち構えているような予感。私は皐月の手を握り、彼女の目を見つめた。
「皐月、準備できてる?」
彼女は頷き、念動力を感じさせた。空気が震え、彼女の目が燃える。
「うん、桜。あなたと一緒なら、怖くない」
私は微笑み、先生を見た。彼女は銃を構え、力強く言った。
「行くわよ。車に乗ったら、すぐに発進する」
玄関のドアを開け、SUVへ向かう。だが、その瞬間、息を呑んだ。車の前に、黒い大男が立っていた。2メートル以上の巨体、墨汁のような肌、赤く光る目。彼は、まるで待ち構えていたかのように、私たちを見つめる。
私は皐月の手を強く握り、恐怖で体が固まった。
「桜…あいつ…!」
皐月の声は、震えていた。彼女の念動力が、空気を震わせる。私の指先が熱くなり、炎がくすぶる。だが、恐怖が、私たちを縛る。
あの大男は、警察署でさえ倒せなかった。私たち、勝てるの…?
早希先生が、銃を構え、叫んだ。
「二人とも、車に! 私が撃つ!」
だが、大男は意に介さず、ゆっくりと歩を進める。彼の足音が、地面を震わせる。ドン、ドン。
まるで、死の宣告のようだ。私は皐月の手を握り、炎を呼び起こそうとした。だが、恐怖が、私の力を抑える。
皐月の念動力も、震える空気の中で弱々しい。
大男が、拳を振り上げた。巨大な拳が、夕陽を背に黒く輝く。
その瞬間、時間が止まった気がした。
彼の拳が、私たちを叩き潰す――そう思ったその時、隣の家の屋根から、影が飛び降りた。大柄な男だった。
動きやすそうなジャージ、短い髪、鋭い目。
彼は、まるで雷のように大男の頭部に跳び蹴りを叩き込み、コンクリートに叩きつけた。
轟音が響き、地面が揺れる。
大男は、膝をつき、動かなくなった。
 




