少年王子
泣いている子供を心配して訪れた部屋にいたのは、元気な少年だった。
やや癖のある髪は燃えるような赤毛。元は高級品っぽい少年向けの服を、ぐしゃっと雑に着崩している。
あれ?
おかしいな?
聞いてるこっちの胸が痛くなるような、悲痛な声が聞こえてきてたはずなんだけど。
もしかして、部屋を間違えた?
「ディー?」
「間違いありません。先ほどの声の主です。声紋パターンを比較してみせましょうか?」
「だったらどうして」
「あなたの同情を引いたアレは、演技だったのでしょう」
ウソ泣き、というやつである。
全然気が付かなかったよ!
「あんたたち……誰だ?」
声に気が付いて、少年がぱっと振り向いた。若草色の明るい緑の瞳が、私たちの姿を認めて目を丸くする。
「私はコレット・サウスティよ。上のフロアに閉じ込められてた」
「あ……! アクセル王子に婚約破棄されてた王女の!」
「こん……」
婚約破棄は事実でも、その属性で覚えられるのはちょっと嫌だな。
インパクトが大きかったのは認めるけど。
「王女様がなんでここに? あんたも、人質にされてたよな?」
「ただ捕まってるわけにもいかないから、脱出しようとしてたの。そうしたら、あなたの泣き声が聞こえてきて……心配になって、見に来たんだけど」
少年はそこで初めて、自分が素で話していることに気が付いたらしい。はっとした顔をした次の瞬間、あわれっぽい上目遣いになる。
「そうなんだよ……ひとりで心細くって……」
うわあ、美少年の涙目の破壊力ヤバい。さっきまでの元気な姿を見てても、ちょっとかわいそうになってくるんだけど。
「くだらない演技はやめなさい」
低い声とともに、子ユキヒョウがビシっとルカ少年の脛にねこぱんちをくらわせた。
「いてぇっ! 猫がしゃべった?」
「猫ではありません、ユキヒョウです。……幼体であることは認めますが」
「いや問題そこじゃねえだろ! え? 王女様って使い魔が操れるレベルの魔女なわけ?」
「ディーがしゃべれるのは、私の力じゃないんだけど。えーと、どう説明したらいいのかな」
そもそも、ディーが普通の子猫じゃないって、彼にばらしていいんだろうか。
「ルカ王子を本気で助けるのであれば、最低でもサウスティ本国まで連れていく必要があります。長期にわたって、私の正体を隠すのは不可能と判断し、あらかじめ明かすことを選択しました」
「それもそっか」
「だから、あんたたちどうなってんだよ」
ディーはすっと手足を揃えると、お澄ましポーズになった。
「コレット様は運命の女神より、世界を善き運命へと導く天啓を授かったのです。私は聖女となったコレット様のために造られた、女神の使徒ディートリヒ。ルカ王子、あなたはコレット様のひとり目の救済対象になります」
「運命の女神……マジで……?」
ルカは大きな緑の瞳をさらに見開いた。
そうか、転生とかゲームとか、ややこしい用語を抜いてイイカンジ風にまとめるとそういうことになるのか。そこだけ聞くと、すごい聖女っぽいな、私。
「そこに運命の女神本人もいるよ」
私は相変わらずパーカーデニム姿の女神に視線を向ける。神々しいほうの姿はともかく、こっちの姿を見たらありがたみが減ったりしないだろうか。
「うん? 誰もいないけど。コレットは何が見えてんの?」
「え」
何がと言われても、パーカーデニムのお姉さんなのだけど。
しかしルカが嘘をついているようには見えない。
それを聞いて運命の女神はへらりと笑った。
「私は縁をよりどころにする、運命の神ですからねえ。関わりが深いコレットさんやディーはともかく、一般人には視認できませんよ。長年女神に祈りを捧げてきた敬虔な高位神官で、やっと声が聞こえるくらいでしょうか」
「そういうとこだけ、ちゃんと神様っぽいんだ」
「ちゃんともなにも、存在が神なんですよ、私は!」
庶民感マシマシのパーカー姿で胸をはられても。
「なあ……本当にあそこに何かいんの」
まだ信じられないのか、ルカ少年は子ユキヒョウに耳打ちをする。ディーは面倒そうにため息をついた。
「お疑いであれば、信じなくても結構。遠慮なくここで見捨てていけますので」
「それはやめてくれよ! ここに置いてかれたら、マジで死ぬんだから」
「どうして?」
「そりゃ、俺が第三王子だからだよ」
ますますどうしてなんだろう?
話に出てくる国の数が増えてきたので、地図を作製しました。
あわせてお楽しみください。





