親心、兄心(ジルベール視点)
「兄上、お呼びですか」
夕食後、呼び出されて執務室を訪れると、すでに兄レイナルドがソファに座って待ち構えていた。そのすぐそばには懐刀の騎士団長、ダリウス卿の姿がある。
「何かまだ、気がかりなことでも?」
この部屋にいるのは、彼らふたりだけだ。近衛をさがらせて始められるのは、秘密の会議と相場が決まっている。
兄は案の定、にやりと笑った。
「男同士、少し腹を割って話したいだけだ」
そして、妹には聞かせられない話らしい。
すすめられたソファに腰を下ろしていると、ドアがノックされる。
「オスカーです。陛下のお召しと聞き、参上しました」
「入れ」
妹の護衛についていた、騎士団長の息子が入室してきた。ついさっきまで職務についていたせいだろう。彼だけまだ旅装のままだった。
彼は『男同士』の範疇のようだ。
「コレットの様子は?」
兄に尋ねられて、オスカーは表情を曇らせる。
「相当に疲れがたまっていたようで、食事もとらずに寝てしまいました。しばらくそっとしておいたほうがよさそうです」
「ディートリヒといったか……妹が連れて来たユキヒョウの従者はどうした?」
「建物の構造を確認するといって、少し席を外したあと、現在は次の間にて待機しています。一応、ヒョウとしての食事は必要らしいので、侍女に命じてゆでた肉を提供させています」
「猛獣なのに、生肉じゃないのか」
ゆで肉、と聞いて兄がきょとんとした顔になる。オスカーは眉をひそめた。
「私たちも猟犬に与えるエサは火を通すでしょう。食中毒の恐れがあるから、と行軍中も生食は避けていたようです。ただ、味覚は人間とは違うようで、塩などの調味料は拒否しています」
ディートリヒの行動は、人間臭いのか動物くさいのか、時々よくわからない。
「ここに来る前に、王族の居室に案内したルカ王子の様子も確認してきました。侍女の運んだ食事を完食し、身を清めたあとは部屋でくつろいでいます。彼については、大きな問題はないと思います」
「ご苦労」
一通り、城に迎えた者たちの様子を聞いた兄は、ふうっと大きくため息をついた。
「明るくふるまっていたが、コレットはやはり無理をしていたんだな」
「そりゃあもう。城に戻ってくるまでずーっと気を張ってましたからね」
こっちもため息が出てしまう。
「白銀の鎧の中から妹がユキヒョウを抱えて転がり出て来たときには、どうしようかと思いましたよ。そのまま兵に向かって聖女だと名乗りをあげるわ、鎧を操作し始めるわ」
「お前の報告書を読んだ時には、前線で集団幻覚でも見たかと思ったんだが」
「全部事実ですよ!」
ただただかわいいだけだと思っていた妹が、なんてことを。
あんなものを見せられたお兄ちゃんの身にもなってほしい。
「元から周りに気を遣うことの多い子でしたが、聖女の天啓を受けてより責任を感じるようになったのでしょう。今のあの子は奉仕精神が加速しています。幼いルカ王子をかばい、獣人をかばい、戦うべき兵さえもかばう。さらにオスカーや従者にもずっと心を砕いて」
あんな引きつった顔の妹は初めて見た。
「自分が無理をしていることさえ気づかずに、ただただ気丈にふるまって……甘やかしてやろうにも、戦場のど真ん中では、兄妹ふたりきりになるのもままならない」
俺は、侍女に整えてもらったばかりの髪をぐしゃりとかきまわす。
「部屋で眠り込んでいる、と聞いて、むしろ私は安心しましたよ。やっと肩の荷をおろすことができたのだとね」
「コレットに必要なのは休息だな。本来なら侵略者を撃退したことを祝って戦勝の宴を開くところだが、一旦とりやめにしよう」
「私もそれがいいと思います。騎士の勝利は称えるべき、と思いますが、催しを開いてしまったら、勝利の立役者としてコレットが否応なく出席させられることになりますからね」
それを聞いて、騎士団長のダリウス卿がうなずく。
「騎士たちのねぎらいは、私のほうで取り計らっておきましょう」
「頼む」
騎士団長に頷き返してから、レイナルド兄上は首をかしげた。
「妹はこれでいいとして、あの従者をどうするかだな」
「あの、ってディートリヒのことですか」
「そうだ」
眉をひそめながら、兄がうなずく。
渋い顔だ。
「女神が遣わした以上、拒否権がないのはわかっているが……それでも国王としては吟味せざるを得ない」
本来、姫君の従者は国王権限で決められる。
コレット自身が希望を出した場合でも、最終決定権を持つのは兄だ。
危機的状況だったから仕方ないのだが、勝手に人事権を飛び越えられるのは、国王としては承服しがたい。
「それもそうですねえ」
コレットのあとをついて歩く、ふわふわの子ユキヒョウを思い返す。
人語を解し主に従う姿はまさしく神の遣いだ。
「俺はいいと思いますよ。優秀で礼儀正しく、かといって堅苦しすぎずユーモアもある。何より、コレットにささげる忠誠心にブレがありません。信頼できる側近をすべて失った妹にとっては必要な存在でしょう」
「なるほど。……ダリウス卿はどう見る」
兄に話をふられて、騎士団長はふうむ、とアゴに手をあてた。
「能力に不足はありません。むしろ、優秀すぎるくらいでしょう」
「お前から見て、優秀が『すぎる』か」
兄が目をあげる。
経験豊富な騎士団長が、ここまで手放しで認めるとは思わなかったんだろう。俺も、彼がこんな評価を下すのは初めて見た。
「私は、彼がワイバーン防衛線構築の指揮をとる姿を、ずっと横で見ていました。建物の修繕に、城壁の改修、素材の調達に新兵器の調整と配備……たった一週間で、砦は完全に作り替えられてしまった。あれほどの頭脳を持った軍師は他に見たことがありません。うちにも一匹ほしいくらいですよ」
「能力に問題はない、か。そして、忠誠心も高いのであれば……」
「お待ちください」
硬い声が、兄の言葉に割って入った。
国王の言葉を遮ってしまった騎士は、頭を下げる。
「突然の御無礼をお許しください。しかし、どうしても一言申し上げたく……」
「オスカー」
「いい、発言を許す」
息子の無礼を咎めかけた騎士団長を止め、兄がその先をうながした。オスカーは青い顔でうなずく。
「みなさまが、ディートリヒを無害と思えるのは、ユキヒョウの姿しか見ていないからです。あれには、別の顔があります」
「そういえば、神官の姿に変身できるとか、なんとかいってたな」
ディートリヒ自身も、『中身は成人男性だ』と主張していた。
ふわふわの可愛い姿がどうしても人間と結びつかず、ぴんときていなかったが。言われてみれば声だって低い男のものだ。
「ただの神官ではありません。絶世の美丈夫の神官です」
「うん?」
何か変な形容詞がはさまったぞ?
「オスカー、こんな時に冗談は……」
「父上、私はふざけてなどおりません。あれの人間の姿は、とんでもない美形です。侍女たちの前に出したら、十人中十人が振り返りますよ。姫君の隣に置いていいタイプじゃない」
「ええ……」
「あいつ自身、コレットを女性として見ているフシがあります。このまま放置して、その身を穢されたらどうします!」
はああ……と騎士団長が苦いため息をもらした。
「お前の初恋は、コレット姫だったからなあ」
「今その話関係あります!?」
いやしかしまあ。
オスカーの言い分も一理ある。
姫君の護衛に既婚者や壮年の騎士が配置されることが多いのは、まあそういう理由だ
戦場でオスカーをコレットの護衛につけたのは、長年の幼馴染で信用していたからだ。これが突然現れた若い男なら許可してない。
「だからって、解任はできないでしょう。なにしろ、コレットの従者にと命じたのは私たちより上の存在、女神なのですから」
「う……」
俺の指摘に、オスカーがひるむ。
この国は創造神とその眷属たる神々をあがめるファトム教の影響下にある。創造神直属の『運命の女神』は崇拝対象だ。
人の子が女神に逆らうことは許されない。
「なら、こうしよう」
ぱん、とレイナルド兄上が手を叩いた。
「コレットを嫁に出す」
「はあ!?」
オスカーが声をあげた。
ほぼ、悲鳴だ。
「ディートリヒを従者にしろとは言われているが、伴侶にしろとは言われてないからな。誰と結婚させようと、我らの自由だ」
「それはそうですが……」
「伴侶があるにもかかわらず、コレットに不埒な想いを抱いて近づくなら、従者失格。排除してもばちは当たらないだろう」
そうか?
そうなのか?
「しかし……コレットは、婚約破棄されて命からがら帰国したばかりです。また、よそにやるなど」
オスカーが震える声で必死に反論する。
「国外に出すとは言ってない。俺としても、妹からもう目を離すつもりはないからな」
「では、どこに……」
兄はにやりと笑った。
「ここに、適任がいるじゃないか」
「兄上」
思わず口をはさんでしまった。
それはちょっと人が悪すぎるんじゃないだろうか。
しかし、王たる兄はわざと俺の意見を無視する。
「国を守る騎士団長の息子で、若き十人隊の隊長。コレットとは同い年で、昔から気心が知れている。……オスカー、お前がコレットと結婚しろ」
「はい?」
「妹に惚れてるんだろう? 許可する、モノにしてこい」
「はいいいい!?」
「兄上!」
今度こそ、無理やり割って入った。
「なんだ、悪い話じゃないだろう」
「ダメだとは言ってませんけどね?」
しかし、結婚はコレットの問題でもある。
「ひとつ、私から条件をつけさせてください」
「俺より強い奴にしか妹はやらんとか、そういうやつか?」
俺は首を振った。
そんな条件は条件にならない。
若手一番の実力派騎士に、王子の細腕で立ちはだかったところで、壁にもならない。
「さきほどオスカーも言っていたでしょう。コレットはアクセル王子との縁談がダメになったところなんです。やっと帰ってきたというのに、即結婚を命じられるなんてかわいそうです」
ぴっと人差し指をたてて、オスカーにつきつける。
「妹と結婚したいなら、まずしっかりプロポーズしなさい。告白して、コレットがいいと言ったら、結婚を認めます。いいね?」
「なるほど、それは妥当な条件だ」
兄は神妙な顔でうなずいた。
レイナルド兄上の妻、サラ妃はさまざまな条件のもとで選ばれた女性だ。その婚姻に政略的な要素が一切ないといえば、嘘になる。
しかし彼らも、結婚の前にはしっかり求婚し、本人から承諾を受けた上で結ばれている。
結婚したいなら言質をとれ、というのは真っ当な主張だ。
「オスカーに命じる。コレットにプロポーズしろ」
「……は、い」
初恋の姫君への告白を命じられた騎士は、真っ赤な顔でぎこちなくうなずいた。
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