帰れない理由
「兄様? どうして帰れないの」
私は思わず声をあげてしまった。
王家直属の騎士団に保護してもらえたんだから、すぐに戻れると思ってたのに!
「ワイバーンのせいだね」
おっとりとした表情をくずさずに、兄様は断言する。
「伝説にしか存在しないはずの、空を飛ぶドラゴン。現状、対抗できるのはあの巨大な鎧だけだ」
そこで兄様は私を見る。
「どうせ、アレはコレットたち以外には動かせないんだろう?」
「そうだけど……」
「君と鎧を王都に送って、その間にまたワイバーンに襲われたら、今度こそ騎士たちは全滅してしまうだろう。騎士たちの命を預かる大将として、君に帰っていいよとは言えない」
ジルベール兄様の言うことはもっともだ。あの巨大な化け物が倒せるのは私たちだけ。
全滅するとわかっている兵たちを残して、自分だけ安全な王城には戻れない。
騎士たちを襲ったワイバーンは、劣勢と見るや退却していった。全滅していない以上、まだ戦力として残されていると考えるべきだろう。
彼らの脅威が去るまで、私たちはこの場で釘付けだ。
せっかく帰れると思ったのに、これでは振出しに戻ったようなものである。
「対抗策があれば、いいのですね」
ディーの低い声が割って入った。
「何かあるんだ?」
「ワイバーンは弓矢特効なのです」
「弱点属性あるの?」
それ何てシミュレーションゲーム。
クス、とディーはヒゲをそよがせて笑う。
「ワイバーンは空を飛ぶ生き物です。ですから、自分の上から何かが降ってくることを非常に嫌います。弓矢の雨や、投石器などの効果が高いでしょう」
騎士団長のダリウス卿が眉をあげた。
「だが、やつらの体は固い鱗に覆われている。少々の矢ははじいていたぞ」
「そうですね……もう少し貫通力の高い武器も用意しましょうか。コレット様、タブレットを貸してください」
「はいどうぞ」
タブレットを渡すと、ディーはちょいちょい、と肉球で操作し始めた。
液晶を操作するためのただの仕草だってわかってるけど、にゃんこがタブレットにイタズラしてるみたいで、めちゃくちゃかわいい。
兄様たちもそう思ったらしく、テント内の空気がほっとなごんだ。
子ユキヒョウ、かわいすぎる。
「こちらをご覧ください」
たし、とタブレットに触れると画面が切り替わり、どこかで見たようなデザインの武器が表示された。
それを見たダリウス卿が首をかしげた。
「これは……ボウガンか?」
「知っているのか」
ジルベール兄様が、そちらに顔を向ける。忠実な騎士団長は深くうなずいた。
「北の、ノーザンランド国の兵が狩猟に遣うのを見たことがあります。中央に矢をセットし、弦を引き絞ったあと、引き金を引いて矢を発射します。こんなに複雑な形のものは、初めて見ますが……」
ディーが丸い頭をこくんと上下させる。
「ダリウス卿のお見立て通り、こちらはボウガンと呼ばれる射出武器です。弦の部分に歯車とハンドルを加えることにより、通常のボウガンより高い貫通力を実現しています」
「高いって……どれくらい?」
今まで武器に触れてこなかった私には、その凄さがいまいちわからない。
ディーはかわいらしく首をかしげた。
「そうですね、鎧を着ている騎士の胴に穴をあけるくらいには強力ですよ」
「やばい武器じゃない!」
「ドラゴンの鱗は鉄鎧より硬いので」
ディーは悪びれもせず、耳をぴこぴこと揺らしている。
「ドラゴンといえど、翼を射抜いて撃ち落とせば、あとは地上を歩く獣と変わりません。槍で囲んで討ち取ればいい」
ディーはさらに画面を切り替えた。
今度は人の背丈ほどある、大きな兵器が表示された。
「この際ですから、バリスタも作りましょう」
「あ……これ!」
画面を見て、ルカが声をあげた。
ディーがひょいと目をあげる。
「おや、オーシャンティアにはもうありましたか」
「虎の子の秘密兵器だぞ、それ……」
「なにをする武器なんだ、それは?」
二人だけの会話をしているディーとルカに、ジルベール兄様が口をはさむ。ルカはしかめっつらになった。
「槍や杭を飛ばす兵器だよ。人間がこれを食らったら、体が吹っ飛ぶ」
「うわ……」
「本来は城攻めに使われる武器ですね。個人を倒すというよりは、兵の集団や城の防衛設備を攻撃するためのものです」
「そして、ドラゴンを仕留めるのにも有効、ということか」
「はい」
ジルベール兄様の問いに、ディーはまたうなずく。ダリウス卿が難しい顔でため息をついた。
「女神の使徒殿の紹介する武器が強力なのはわかりました。ですが、これらを前線に配備するのは難しいのではないでしょうか?」
「どうして?」
ドラゴン退治には強力な武器が必要だ。
ディーの提案は、ありがたいと思うんだけど。
ダリウス卿は、眉間に皺を寄せて画面に映し出された武器を見る。
「機構が複雑すぎます。この場に集まった工作兵だけでこんなものが作れるとは……正直……近隣から職人を集めても、そういくつもは作れないでしょう」
言われてみれば、確かにボウガンもバリスタも、部品が多くて複雑だ。まだ全くない、とは言わないけど、この世界の技術で精密な歯車を作るのは、かなり難しかったはずだ。
「問題ありません」
しかし、ディーはヒゲをそよがせてにやりと笑う。
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