国境戦線異状あり
「オスカー、あれはなに?」
翌日、国境を目指す馬車の中から幼馴染にたずねた。オスカーは峠の先へと琥珀の目を向ける。そこには高さ十メートルはあろうかという、巨大な石像が建っていた。山頂の岩を直接掘って作ったようだ。
「あれは創造神の像だ」
「うえ~……」
創造神と聞いて、なぜか運命の女神が嫌そうな顔になった。
同じ派閥の神様じゃなかったっけ?
「仕事中にわざわざ上司の顔なんか見たくありませんよ」
むしろ仕事中だから上司の顔を見ることになるのでは。
神様の事情はよくわからない。
「何十年か前に、サウスティとイースタンの交易路の安全を願って、両国が協力して建てたらしい」
「平和の象徴ってやつかな?」
「はっ、今じゃ笑い話にもならねえな」
ルカがシニカルな笑いを浮かべる。
イースタンからの一方的な婚約破棄からの宣戦布告だもんね。サウスティとイースタン平和なんて言葉は、この何日かの間で完全に消し飛んでしまっている。
「峠を越えれば、下に関所が見えるはずです。あそこまで行けば……」
ごとん、と音を立てて馬車が坂道を登りきる。私たちはその先を見下ろして、全員で言葉を失った。
「ええ……?」
「嘘だろ?」
そこには、関所を背にしてにらみ合う兵士の群れがあった。
「どういうこと? 関所側に並んでるのは、サウスティの兵よね?」
オスカーにたずねると、彼も大きくうなずく。
「ああ。兵装に見覚えがある。あれは父上の部隊とガラン伯爵の部隊……近衛の一団もいるな」
「手前はイースタンの兵ですね。正規軍と傭兵に加えて、あちらも近衛騎士団が加わっているようです」
国境でサウスティとイースタンの兵がにらみ合い。
もしかしなくてもまずい状況である。
「ただ、すぐに戦闘が始まるわけではなさそうですよ」
ディーがアイスブルーの瞳で国境前を見つめる。
彼の目には何が映っているんだろうか。
「両陣営の間で、テーブルとイスを用意している兵がいます。交渉の準備ではないでしょうか」
「レイナルド陛下は、コレット救出の時間稼ぎのために一度交渉の席につくとおっしゃっていた。もしかしたら、そのための場かもしれない」
私は運命の女神を振り返る。
「サウスティの陣営に、誰がいるかわかる?」
「そうですね……まずコレットさんのお兄さんのジルベール殿下。オスカーさんのお父さんの騎士団長さんと、ガラン伯爵もいらっしゃいますよ」
「お兄様もいるの?」
「コレット?」
「ジルベールお兄様があそこにいるみたい。オスカーのお父様とガラン伯爵も」
「王弟自らあんなとこまで来てんのかよ?!」
ルカが思わず声をあげる。
「いくら妹姫のためとはいえ、危険すぎですよ、殿下……」
「さすがにレイナルド兄様までは来てないよね?」
私に詰め寄られ、女神はこくこくと頭を上下させた。
「レイナルド国王と、その奥様は王城に残ってますね。万一のことを考えて、王族を分散させているのでしょう」
「逆に、イースタン側は誰が来てるんだろう? ジルベール兄様が来るとなったら、イースタン王かアクセルが来るはずだけど」
「そこはわかりませんね……邪神の関係者と私の力は相性が悪いので」
女神はイースタンの王城に残されたイーリスのことは生死くらいしかわからないと言っていた。私たちを追ってきたエメルの動向についても一切把握していなかったし、本当に見通せないんだろう。
「しかし……妙な布陣ですな」
サイラスが国境前に並ぶ兵を見て、眉をひそめた。
「何がおかしいの? ジルベール兄様の陣に異常があるとか」
老兵は首を振る。
「いいえ、殿下の陣に問題はありません。堅実な布陣といっていいでしょう。おかしいのはイースタンです」
「敵側が……?」
オスカーもじっとイースタンの兵を睨む。
「数が少なすぎる。交渉が目的で、戦闘をする意志がないとしても、相手が兵を率いているんだから、相応の兵で出迎えるべきだろう。あの程度では、ひとたびジルベール様が号令をかければ、あっという間に全滅させられるぞ」
「そんなに差があるんだ?」
兵を率いたことのない私には、全然違いがわからない。
でも、サイラスもオズワルドも、ディーも否定しないってことはそうなんだろう。
ディーが静かに情報を付け加える。
「そもそも、今のイースタンに大規模侵攻は不可能なはずです」
「なぜそう思う?」
「王城に蓄えられていた軍糧が全部焼失しているからです」
「そういえば、城を出てくるときに焼いたんだっけ」
「……王城の火事は、コレットたちが原因か」
オスカーたちの顔が別の意味で青くなる。
「よ、陽動のためにしかたなくだよ! 被害が大きくなりすぎないよう、調整もしたし! そうだよね、ディー」
「ええ。人的被害は最小限に抑えました」
その分、戦争に必要な資材は景気よく燃やしたけど。
サイラスが何度か目の諦めのため息をついた。
「……とはいえ、敵が少数なのは好都合です。見張りの目をぬすんで、サウスティ軍に近づきましょう」
「私がお兄様たちに合流したら、交渉とか必要なくなるもんね」
私たちは一旦馬車から降りる。
今までお世話になった荷馬車だけど、こんな大きなものに乗って近づいたら、すぐに発見されてしまうだろう。
「荷物は最低限でいい。念のため、ルカ王子はまだ女子の格好をしていてください。俺が先導するので……」
てきぱきと指示を出していたオスカーの姿が、急に暗くなった。
空から降り注いでいた日光が遮られたのだ。
雲が出てきたにしては急すぎる。不思議に思って、空を見上げたら、異様なシルエットが空を舞っていた。
「なに……あれ?」
それはトカゲのような姿をしていた。
しかし、トカゲにコウモリのような翼はついてなかったはずだ。
だいいち体長数メートルの巨大ワニサイズのトカゲが空を飛ぶなんてありえない。
「ワイバーン……?」
老兵が呆然と、伝説にしか登場しない生き物の名前を呼んだ。
クソゲー悪役令嬢短編集①、2024年7月26日発売!
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