手がかり(オスカー視点)
「だから、知らねえって! あんたもわかんねえ奴だな!」
怒鳴る男の声に気づいて、俺は足を止めた。
見ると、屋台の店主が客に声をあげている。客は汚れた旅装で腰に剣をさげている。どうやら、流れの傭兵らしかった。
「あんたが探してるのは、赤毛の男の子だろう! 俺が見たのは赤毛の女の子だよ!」
赤毛、と聞いて思わず振り返る。
「オスカー?」
街中で商人に擬態しているサイラスが、主人然とした様子で俺を振り返る。俺も、護衛の下働きらしく、下出に答えた。
「あちらの屋台で、気になることがありまして」
「ふむ……?」
少し先を歩いていたオズワルドも立ち止まる。俺たちは、建物の陰に身を隠すと三人そろって屋台から聞こえてくる声に聞き耳をたてた。
「王城が出した手配書の件は知ってるさ。このあたりで、赤毛が珍しいのもな。だけど、性別が違うだろう。ルカ王子とやらは、男の子だったはずだ」
「……しかし」
「それに、女の子は家族と一緒だった。そっくり同じ、赤い髪の女とその旦那らしい男を連れてた。手配書の中身と全然違うだろ」
「チッ、無駄骨か」
傭兵らしい男は、つまらなさそうな顔で、屋台から離れていった。
「あ、おい! ひとに物をたずねたんだったら、買い物ぐらいしていけ!」
店主は怒鳴るが、屋台を置いて男を追いかけるわけにもいかない。しぶしぶ、彼は店番の仕事に戻った。
サイラスは俺たちを連れて屋台の前に移動すると、ゆったりとした口調で店主に声をかけた。
「災難でしたね、おかしなお客さんに絡まれて」
「金も払わねえ奴は、客じゃねえよ」
「ふふ、確かに。そちらの炊き込みご飯を十人分、包んでいただけますか」
サイラスが料理に目を向ける。
どうやらここは、店頭で総菜を作って客ごとに小分け販売する屋台のようだった。食事のメインはコメと野菜を大鍋で炊いた総菜飯。その脇で串焼き肉も焼いている。
注文を受けた店主は、木の皮で作った皿に野菜とコメを豪快に盛りつけはじめた。
「あいよ、ずいぶん景気がいいね」
「うちには育ちざかりがいますので」
そう言って、サイラスが俺を振り返る。店主は俺の大柄な体躯を見てにやっと笑った。
「こりゃあ、ずいぶん食べそうな兄ちゃんだ」
騎士としてそれなりに量は食べるほうだし、若いのも認めるが、育ち盛りとまで言われるほど幼いつもりはないんだが。
しかしこの場で反論するわけにはいかない。
店主は人の好さそうな笑みを浮かべながら、料理を包む。
「ウチの名物料理だ、たっぷり食べてくれ。赤毛の嬢ちゃんはあれるぎ? がどうとか言って串焼きしか買ってかなかったが」
「さきほどの客にたずねられていた子ですね。お姉さんと一緒だったとか」
「ああ。ふたりとも燃えるような赤毛だったよ」
「姉妹してそんなに目立つ容姿をしていたら、手配書のことがなくても、誰かよからぬ者に目をつけられそうですな」
サイラスの言葉に、店主がくすくす笑う。
「あ~そりゃ大丈夫だろ。おっかねえ兄ちゃんが一緒だったから」
「おっかない?」
物騒な単語が出てきて、サイラスの顔が少し緊張する。
その姉妹は、危険な男と一緒だったのだろうか。
「見事な銀髪をした兄ちゃんだけど、キレイな顔をしてるのに、っつうかキレイな顔だからか余計にこっちを睨む顔が怖くてな。そんなのが後ろからぴったりついてきてたから、ほとんど誰も声をかけてなかったよ」
キレイだから怖い?
店主の言葉がよくわからない。
キレイなものを恐ろしく感じることなどあるんだろうか。
「あれは多分、女神の神殿の神官か何かだな。マントを羽織っちゃいたが、下に着てたローブは、神官たちがよく着てるやつだ」
「神官が、女連れで旅を?」
「最近よくあるんだよ、神官が家族ごと国外に逃げ出すって話が。アギトの神に改宗した王子が女神の神殿を潰すんじゃないかって疑ってるらしいが」
「……国外に? 女性や子供を連れて、そんなに遠くまで行けるものなのでしょうか」
「西の農村部までなら、乗り合い馬車がいくつかあるからなあ。隊商の馬車に乗せてもらうって手もあるし。行けないこともないんじゃないか」
「そうなんですか……」
「はい、十人分包んだぜ」
考え込む様子のサイラスの前に、店主が料理の包みを置く。
主人役の代わりに、下働きの俺が包みを受け取った。サイラスは懐から金を出して、店主の差し出した手に落とす。金額は相場の五割増しだ。
「あ、おい」
「これは年寄りの世間話に付き合ってくださったお礼です。ありがとうございました」
釣りを出そうとした店主に笑いかけ、俺たちを連れたサイラスは屋台から離れた。
人混みから十分距離を取ってから、お互いに顔を見合わせる。
「さっきの話、どう思われました?」
「微妙なところですねえ」
クソゲー悪役令嬢短編集①、2024年7月26日発売!
活動報告に詳細アップしておりますので、ぜひチェックよろしくお願いします!





