赤毛の姉妹
王城から火が出た翌日、夜中に降っていた雨が嘘だったかのように、空は明るく晴れ上がっていた。
城の外に広がる城下町では、いつもように朝市が開かれる。
騒ぎがあっても商売はしなくてはならない。
むしろ、城から人が出てきたぶん、商売時とも言えた。
「おじさん、このパンいくら?」
パンの露店を広げていた店主に、子供がひとり声をかけた。燃えるような赤毛と、若草色の大きな瞳がかわいらしい。子供はふんわりとしたワンピースの上からマントを羽織り、手には大きなカバンをひとつ抱えていた。
「ふたつで銅貨一枚だ」
「じゃあ、ふたつちょうだい!」
「お嬢ちゃんかわいいから、オマケしてやるよ。ほれ、三つもってけ」
「ありがとう!」
子供は銅貨を一枚店主に渡すと、うれしそうにパンを受け取った。
すぐ後ろに立っていた私に、笑顔で振り返る。
「お姉ちゃん、オマケしてもらっちゃった!」
「よかったわね」
ありがとうございます、と私もお礼を言って店主に頭をさげてから、その場を離れた。
「他人には女子にしか見えてないな……よし、国境を超えるまではこのままでいこう」
市場から離れたところで、ルカはいつもの調子でぺろりと舌を出した。
「ルカはそれでいいの……?」
目の前の男の子の言動が信じられなくて、私は絶句してしまう。
スカートだよ?
女の子のフリだよ?
嫌になったりしない?
「だーかーらー、生きるか死ぬかってときに贅沢言わねえって言ったじゃん」
そのセリフは覚えてるけど。
だからってここまで開き直るとは思わなかったんだよ。
「せっかく女顔に産まれてきたんだ、利用できるものはとことん利用するさ」
にや、と笑う顔は女の子のフリをしているのに、妙に男の子っぽい。
「だいたい、『いいのか?』は俺のセリフだっての」
今度は私がルカに確認をとられる番だ。
「コレットこそ、髪をそんなにしてよかったのかよ」
私は、そっと肩口に手をやる。
そこに、長年手入れしてきた豪華なストロベリーブロンドは存在しなかった。肩口で切りそろえた上、ルカと同じ燃えるような赤に染められている。
「似合わない?」
「似合うとか似合わないとかの問題じゃねえって。ただ切っただけじゃなく、色まで変えてんだぞ? ショックとかねえのかよ。女にとって命より大事なモンだろうが」
「心配してくれるのはうれしいんだけど、今の私にそこまでこだわりないからなあ」
それより街中で目立つほうが困る。
ツヤツヤキラキラのストロベリーブロンドは、ヒロインらしくキレイでかわいいけど、とにかく人の目をひくのだ。
追手が目印にするなら、まずこの髪だろう。
現代日本の価値観があるせいだろうか。
金髪が命の危険を冒してまで維持するべきものとは思えなかった。
「私の力が足りないばかりに……このような……」
うなだれながら、ディーが後ろからついてくる。
昨日の脱出劇のドヤ顔から一転、その足取りはいかにも『とぼとぼ』と表現したくなるほど、弱弱しくおぼつかない。
「気にしてないから大丈夫だって」
「しかし……主であるあなたに、髪を切らせてしまうなど……!」
私のイメチェンに一番反対したのがディーだった。
どう考えても、切って色を変えるのが一番コストが低いのに、わざわざ目くらましの奇跡とか、かつらの奇跡とか、よくわからない提案をいくつも出してきて、ねばりにねばりまくったのだ。
ファンタジー世界に光学迷彩を降臨させちゃダメだ。
せっかく貯めた力が、一瞬で消し飛んでしまう。
「今の私にとって、女子が自分で髪を切るなんてあり得ない、って価値観は好都合だわ」
年頃の男の子なのに、平気で女装しているルカと一緒だ。
イースタンの追手が探しているのは『ストロベリーブロンドの少女』と『赤毛の少年』。
「ヒョウ柄の白猫を連れた、赤毛の姉妹なんて絶対探さないでしょ」
この赤毛は、人混みに紛れる意味でも都合がいい。
血縁関係のなさそうな少女と子供が連れ立って歩いているのは不自然だけど、歳の離れた姉妹ならよく見かける組み合わせだ。幸い、ルカも私もやや色合いが違うものの目は緑だ。髪の色さえあわせてしまえば、姉妹を名乗って違和感がない。
「市場で必要なものを買いそろえたら、次は移動のアシね。乗り合い馬車か何か、乗せてもらえるものを探しましょう」
「へえ、姉ちゃんたち馬車を探してんのかい」
ぬう、と大柄な男の影が私たちの前に立ちはだかった。
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