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王族の人生(アクセル視点)

 俺の人生は戦いとともにあった。

 産まれると同時に剣を与えられ、物心つく前から武器の扱いを叩き込まれて育った。

 鍛錬の合間に教え込まれる座学も、兵站の計算や軍略など、結局は戦いにつながるものばかりだ。

 西の国々を守るため、惜しまず剣を振り、血を流せ。

 それこそがイースタンの、王族の存在意義なのだから。

 平穏は守られるべきなのだろう。

 無辜の民の命は、尊いと思う。

 しかし、王族の命は?

 産まれた時から研鑽を強いられ、奉仕のために育てられた、自分の命はどうなる。

 ただただ民に奉仕し、身を削り続ける人生の先に、何が残るというのか。

 ある日、父王たちが俺と妹の縁組を決めてきた。

 隣国サウスティの姫君を俺の妻とし、妹イーリスをサウスティの王子にやるのだという。

 話を聞いたときには、すでに両国で協定が結ばれていた。

 何もかもが自分の意志の外で決められる。

 届いた婚約者の肖像画には、ぼんやりとした顔の少女が描かれていた。

 一般的にかわいらしくはあるのだろう。しかし、何の興味もわかなかった。

 俺は、この女を妻と呼び、子を成して育てていくのだろうか。

 ゆくゆくは父のように、戦場で体をもぎ取られ、寝台の上で枯れていくのだろうか。

 そんな人生に何の意味あるというのか。


 エメルに出会ったのは、そんな時だった。

 もううんざりするほど繰り返してきた、アギト国との小競り合いのあと、兵が彼女を連れてきたのだ。

 逃げ遅れた輸送隊の中に、ずいぶんと豪華な装備を身に纏った女性兵がいたから、俺に検分してほしいのだという。

 はたして、彼女はアギト国の王女だった。

 女は城の奥で守るもの、という西側諸国と違い、アギト国では女も時に戦士として育てられる。

 国を支える女戦士となるため、前線で経験を積まされていたらしい。

 俺の前に引き出されたエメルは、即座に命乞いを始めた。


「私は戦士になんかなりたくなかった! 国のために死にたくなんかない、何でもするから、私の命を助けて!」


 衝撃だった。

 王族の責務を否定していい。

 死にたくないと叫んでいい。

 命のために、矜持をかなぐり捨ててもいい。

 そんなことを考える人間がこの世にいたなんて。

 俺は彼女を自分のそばに置くことにした。

 表向きは侍女の立場だが、実態は愛人だ。いや、恋人という気取った呼び方のほうが合っているか。俺は間違いなく、彼女に心を許していたのだから。

 俺の側でさえずる彼女の言葉は、どれもこれも新鮮だった。


「なぜ王の一族に産まれただけで、重荷を背負わなくちゃいけないの」

「誰かの決めた道を歩くなんて、ゴメンよ」

「自分があと何十年も共に生きる相手だもの、伴侶は自分で選ぶわ」

「信じる神が違うくらいで争うなんて、バカみたい」


 彼女の言葉を聞くたび、目が開かれる気持ちだった。

 ああそうだ、俺が求めていたのは『これ』だ。

 俺はずっと『こう』したかったんだ。


「もうくだらない戦いはやめましょう。私なら、本国のお父様に話が通せるわ。イースタンとアギトで和平を結ぶの」

「しかし、西側諸国が黙ってはいないだろう」

「あなたに戦いを強いた国々に気を遣うの?」

「しかし……」

「じゃあ、すべての国を私たちのものにしてしまいましょう」


 そう言って笑った、彼女の唇はひどく赤かった。


「サウスティも、オーシャンティアも、ノーザンランドも……いいえ、それだけじゃない。ファトム教主国もアプラもダウナルも。すべての国を飲み込で、アクセル様が大陸の覇者になるのです。あなたには、そうなるだけの力がある」

「俺に……力が」

「あなたの望みのために、あなたの力を使って」


 エメルの闇色の瞳が俺を見つめる。

 暗くて深くて、すいこまれそうだ。

 数か月後、エメルと綿密に計画を立てた俺は、ついにサウスティの姫との婚約を破棄し、周辺三国に宣戦布告した。


「まずは計画通り……」


 俺は窓の外に視線を向けた。王の寝室であるこの部屋からは、王城全体が見渡せる。

 西と東、城内に造られた塔にはそれぞれ、今回の一件で招いて閉じ込めた人質たちがひとりずつ幽閉されている。

 何をどうしたのか、元婚約者のコレットが庭で目撃されたと報告があったが、これはさほど問題と思わなかった。

 そもそも、この城は深い堀と高い城壁に囲まれた要塞だ。

 部屋から抜け出したところで、城門と外をつなぐ跳ね橋を越えなければ外に出られない。追い詰められ、捕らえられるのは時間の問題だ。

 人質作戦の進行に影響はないだろう。

 彼らを使った交渉がうまくいくとは思っていない。

 これは作戦のごくごく一部だ。

 大切な人間を人質にとられた、その動揺を狙って次の一手を仕掛けるのだ。

 すでに準備は整っている。

 俺が指示を出せば、すぐにでも……。


「う……ああ」


 かすれたうめき声が、俺の思考をさえぎった。

 窓とは反対側、部屋の中央にすえられた豪奢な寝台に、老人がひとり横たわっている。

 俺の父だ。

 元は強くたくましい、いかにもイースタン騎士王の名にふさわしい男だったが、二年前に戦場で片足を失った。

 騎士の衰えは早かった。

 戦場から退いた父はたちまちやせ細り、ベッドに寝着いてしまった。

 国のため、民のためと戦った結果がこれだ。

 これをすばらしい最期と思えというのか。


「失礼します」


 軽いノックの音とともに、黒髪の少女が姿を現した。エメルだ。


「陛下の夕餉をお持ちいたしました」

「ご苦労」


 最近の父は食がすっかり細くなってしまった。エメルが作るコメ粥を食べるのがせいいっぱいだ。近いうちに俺が王位を継承することになるだろう。

 いや、もうすでに王宮は俺が掌握しているようなものか。

 大臣たちも、騎士たちも全員俺の味方だ。


「エメル、もうすぐだ」

「アクセル様……」


 お互いに視線をかわす。

 その瞬間。

 バン! という大きな破裂音が城に響き渡った。


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