裏事情
「まず一番の問題は、食糧だよな。荒地の多いイースタンは自前の畑だけじゃ、国民全員を食わせてやれねえ」
「だからこそ、イースタン王は婚姻で南部穀倉地帯のサウスティと結びつきを強めようとしてたんだものね」
私の嫁入りは、食糧問題に直結している。
「それも、アギト国が関係しているかもしれません」
イーリスが首をかしげた。
「最近、中流層以下を中心に、アギト国産のコメと……ダイズ、だったかしら。そんな名前の食べ物が出回ってるようなのです。王宮でも、使用人向けの食事に使われていると聞きました」
「コメ……ダイズ……? 聞いたことのねえ食べ物だな」
ルカが赤毛をゆらして、考え込む。
コメとダイズって、米と大豆?
日本人のソウルフードのひとつだけど、異世界に同じものがあるんだろうか。
ディーに目を向けると、子ユキヒョウはその丸い頭をこくこくと上下させた。同じものっぽい。
私は前世の社会科で習った知識を思い返す。
「ええと、米は穀物の一種で、大豆は豆の一種よ。どっちも栄養価が高くて、メニューアレンジがしやすいの。特に、米は面積あたりの生産力が高い上に、連作障害がおきにくかったはず」
「連作障害が……って、毎年同じ畑に植えても、平気なのか?」
「それなりに栄養を与えてあげる必要はあるけど、麦みたいに何年も土地を休める必要はないわ。むしろ、土地を湿地帯に改造する必要があるから、毎年同じ場所に植えたほうがいいんじゃなかったかな……」
「さすが、豊穣の国サウスティの姫君ですわね。博識でいらっしゃる」
知識の元ネタは、前世の現代日本なんだけどね。
「私は少し口にあわなくて、あまり食べていないのですが、使用人たちの口ぶりでは、悪くない味だとか」
「異民族のメシなのに?」
ルカが目を丸くする。聞いたこともない食べ物を、イースタンの民が受け入れているのが信じられなかったらしい。
「イースタンは敵対国とはいえ、アギトと関わりが深いですからね。戦利品として相手の食糧を持ち帰る騎士たちや商人の間では、よく知った食材だったようです」
「そこそこおいしい食料が、アギト国から運び込まれているのなら、当面の食糧問題は解決しますね」
「他国に討って出る体力はある……っていってもやっぱおかしいだろ。メシが食えてても、戦力が足りねえ」
「イースタンが敵に回したのは、一国じゃないもんねえ」
「どの国も精強な騎士団を有しています。一国相手でも、戦いになるかどうか」
サウスティには豊かな穀倉地帯が、オーシャンティアは海の恵みが、ノーザンランドには深い森と鉱山資源がある。
良い土地は、欲しい土地。
どの国も建国以来、その利権を狙って幾度となく争いあってきている。
国を維持するために武力を備えるのは、当然の話だ。
「この状況で、反対派がいないのも妙です」
イーリスは唇を噛む。
「小娘の私でもわかる、負け戦です。大臣も、騎士団長も、何よりお父様が、なぜお兄様をお止めにならないのか。それが一番不可解ですわ……」
そういえば、そうだった。
アクセルはこの国の王子だが、まだ『王の子』の立場だ。
その権力は国王に劣る。
こんな好き勝手していたら、当然父親に咎められるはずだ。
周りの年かさの家臣だって止めるはず。
「……」
考え込んでいたら、ディーがたしっと前脚を私の膝の上に載せてきた。
なぜここでじゃれつきポーズ、なでられたいのか。
……ではなくて、何が伝えたいんだろうか。
「さっきの、侍女さんのことを思い出してほしいそうですよ」
運命の女神が、私にだけ聞こえる声でささやく。
さっきの侍女というと、テレサのことだろうか。
そういえば、彼女の様子は尋常ではなかった。
「もしかしたら……関係者は全員洗脳されてるのかも」
「洗脳ですか?」
イーリスがぱっと顔をあげる。
「ここにくる前に、サウスティから連れてきた侍女に会ったんです。十年以上仕えてくれてたベテランなのに、なぜかアギト国の姫エメルに従っていました。話しかけたら、尋常じゃない様子で叫ばれてしまって」
「それで、衛兵が騒いでいたんですね」
「あれは普通じゃありませんでした。何か悪い魔法をかけられて、操られているとしか思えない」
「だとしたら……きっとその魔法の主は、エメルですわ」
イーリスは暗い顔でため息をついた。
話に出てくる国の数が増えてきたので、地図を作製しました。
あわせてお楽しみください。





