奪還
「勝手に物を持ち出すとか、やっていいのかなあ……」
ベランダから建物の中に入り、人の目を避けながら、私たちは移動していた。目的地は、装備や食料が収められている倉庫だ。
私の隣で、ルカが呆れのため息をつく。
「そもそも、あいつらが先に俺たちから持ち物を奪って、閉じ込めたんだろ。ちょっとくらい取り返したって、問題ねえよ」
「理屈ではわかってるんだけどね」
そもそも、この孤立無援の状況では、盗みでもしなければ物資が手に入らない。現実的な提案なのは、理解している。ちょっと悪い気がしてるだけだ。
「この城の物資に手をつけることに罪悪感があるのなら、コレット様ご自身の財を取り返してはいかがでしょうか?」
「私自身の、財?」
そんなものあったっけ?
「コレット様は、サウスティの王女にございます。輿入れにあたり、その身分にふさわしい持参金と花嫁道具を、レイナルド国王が用意したはずです」
そういえば、私とアクセルの結婚は、姫君と王子の政略結婚だ。
嫁ぎ先で私が困らないよう、レイナルドお兄様が私自身の財産を持たせてくれたんだった。
私はコレット自身の記憶を思い返す。
……そうだ。
大事な末娘の輿入れだからと、馬車二台分にもなる持参品が用意されていた。その中には、金銭だけでなく、お気に入りの衣装や宝飾品も含まれていた。
人質になったあの日に、全部取り上げられたけど。
「私のものを取り返すのなら、問題ないわね。ディー、どこに保管されているか、わかる?」
「こちらです」
子ユキヒョウは、太いしっぽをゆらめかせながら、進行方向を変えた。
私たちはそのあとにおとなしくついていく。
「この先の建物です。今は見張りがいるので、周囲をうかがって侵入ルートを検討しましょう」
「お願い、ディー」
人目につかないよう、私たちは植え込みの中に身を隠す。
こういうとき、女子供、赤ちゃんユキヒョウの小柄な体は便利だ。
「……裏の窓から入れなくもありませんが、見張りの行動パターンを少し観察してからのほうがよさそうですね」
「わかった。侵入ルートの選択はディーにまかせる」
「できるだけ、危険のないやつな!」
「かしこまりました」
分析のためだろう、ディーは倉庫の周囲を食い入るように見つめる。それを見ながら、ルカは膝を抱えた。
「女神の力を借りて脱出、っていっても簡単にはいかねえのな」
「神様にもいろいろ事情があるみたいだから」
正直なところ、私も自分の行動と奇跡の力の関係はよくわかってない。
ルカは大仰に肩をすくめる。
「どうせ力を貸すなら、結婚式の前にしてくれっての」
「どういう意味?」
「だって、俺やコレットが国を出る前に女神が現れてれば、こんな脱出劇は必要なかっただろ。戦争のことだって、そもそもあんたが嫁入りしてなかったら、人質を使った強硬策は取れてなかったわけだし」
「それはそれで何か理由が……」
説明しようと口を開いた私は、女神の姿を見て言葉を切った。
彼女は『愕然』を絵に描いたような表情をしてる。
「どうしたんだよ」
「……女神が、その発想はなかった、って顔で固まってる」
「考えてなかったのかよ!」
ルカがつっこみたくなる気持ちはわかる。
この女神、悪い神様じゃないんだろうけど、配慮がことごとく一歩足りてないんだよね。
最初に自己紹介された時に、『世界をうまく運ぶ才能がなく、何をどうやっても世界が滅ぶ』と言っていたのは、謙遜でも何でもなく事実なんだろう。残念なことに。
悪意がないぶん、下手な邪神よりタチが悪い。
「えええええと、申し訳ありません。この世界はすでに紫苑さんという因子を取り込んでしまったので、女神の私の力を持ってしても、時間遡行の奇跡まではちょっと……」
「……そーですか」
彼女ができないっていうなら、本当にできないんだろうなあ。
結局、この状況からどうにか事態を打開しなくちゃいけないわけだ。
「コレットさんに負担をかけてしまう分、めいっぱい祝福を与えますから……!」
「だからって、自己判断で勝手に奇跡を起こさないでくださいよ」
倉庫のほうをうかがってるとばかり思っていたディーが口をはさんだ。
「味方の軽挙妄動ほど迷惑なものはありません。事前にきっちり吟味させていただきますからね」
「うううう……誰も味方してくれない……女神なのに……」
そういうことは、まともな奇跡を起こしてから言ってほしい。
ディーを派遣してくれたのはうれしいけど、そもそも、ディーを顕現する力も足りてなくてユキヒョウになっちゃったからなあ。
「コレット様、誰か来ます」
そのディーがぴんと耳をたてた。
彼の視線を追うと、倉庫の反対側、城の母屋のほうから女性が数名歩いてくるのが見えた。
シンプルだけど仕立てのいい服を着た彼女たちは、城の侍女のようだった。彼女たちは倉庫の前までくると、姿勢よく並ぶ。
二言三言話すと、門番はすっと彼女たちに道をあけた。
ルカがこてんと首をかしげる。
「何か取りにきたみてえだな」
「彼女たちが出ていくまで、待ちましょう」
「……?」
「コレット様?」
私はディーに返事ができなかった。
だって、それはあり得ない光景だったから。
「どうして私の侍女があそこにいるの?」
倉庫に入った女性のひとりは、私が母国から連れてきた侍女だった。
「コレットの侍女? ってことは、国からつれてきた側近か」
「ええ。彼女たちのひとり、亜麻色の髪をした侍女……テレサは私の筆頭侍女よ」
私はサウスティ王国のお姫様だ。
友好国とはいえ他国に、ひとりで輿入れしてくるわけがない。私は護衛騎士と侍女を何人も引き連れて、イースタン国に入った。
彼らのほとんどは結婚式終了と同時に帰国する。
しかし、テレサだけはそのままイースタンに残る予定だった。
「彼女は私が異国に嫁いだあとも、仕え続けてくれるはずだったの」
「一生モノの側近、というわけですね」
「でも、それにしちゃあ行動がおかしくねえか? なんでイースタンの侍女たちと一緒に、こんなところで働いてるんだ」
「そこがわからないのよね……」
コレットにとって、テレサは年の離れた姉のような存在だ。テレサもまた私に一生を捧げると誓約していた。
私が何もかも奪われて監禁された、となったらどんな手を使ってでも助けに来そうなものなのに。
「そーゆー忠誠心の高い部下は邪魔にしかなんねえから、主人を捕まえると同時に殺すよな、普通。それか、早々に城から追い出すか」
ルカの冷静な分析がつらい。
間違ってない分だけ、余計に。
「俺の側仕えは、身代金要求の手紙を持たされて、母国に帰されたって聞いたから……コレットの側近も同じなのかと思ってたんだけど」
「テレサは事情が違うようね。どうなってるのかしら」
二人と一匹と一柱で首をかしげていると、また倉庫の扉が開いた。
侍女たちはそれぞれに、箱を手に持って出てくる。そのデザインには見覚えがあった。
「なんだあれ?」
「アクセサリーケースね。全部、私がサウスティから持ってきたものだわ」
優美な装飾が施された箱の中には、それ以上に優美なネックレスや腕輪などが入っているはずだ。どうして、そんなものを持ち出すのだろうか。
驚いている間に、侍女たちはしずしずと母屋に戻っていく。
「ディー」
私は従者の名前を呼ぶ。
「彼女を追うのですね、わかりました」
子ユキヒョウは身を翻す。
「先導します、ついてきてください」
私たちは慎重に侍女たちの後を追った。





