末の妹(ジルベール視点)
「兄上、いきなり呼び出しとは、何ごとでしょうか?」
俺は侍従に引っ張られるようにして、兄の部屋を訪ねた。
家族の部屋といっても、ただの居室じゃない。この城で一番大きく立派な執務室、サウスティ国王が仕事をするための場所だ。
なぜなら、俺の五つ上の兄レイナルドは、サウスティの王だからだ。
俺の立場もサウスティ王国のプリンス、王弟殿下である。
部屋に入ると、デスクに座る兄を中心に、騎士団長や大臣など、王国の首脳陣がずらりと並んでいた。彼らは皆、一様に暗い顔で黙りこくっている。
なんだ。
何が起きた?
うちの家族は、つい先日、末っ子のコレットが隣国イースタンに嫁いだところだ。俺自身もイースタンの姫君を城に迎えいれていて、三日後には挙式をあげて結婚する予定だ。
慶事が重なったサウスティは、国全体がお祝いムードだった。
ここに並ぶ大臣たちも、うれしそうな顔で挙式の段取りを話し合っていたのに。
「ジルベール、よく来た」
兄の声は低い。
これは、過去に一度だけ聞いたことがある。
兄が心底怒り狂っている時のものだ。
温厚な兄に、何が?
いや、国に何が起きた。
ややあって、兄は用件を切り出した。
「お前と、イースタンの姫君イーリスの婚礼は中止だ」
「なぜ?」
俺の疑問に答えず、兄は羊皮紙を一枚デスクの上に広げた。
見慣れない書式だ。
「イースタンからの、宣戦布告書だ」
「宣戦……っ! 彼らは、戦を起こす気なんですか」
「もう起きている」
すぐそばにひかえていた騎士団長が重々しく口を開いた。
「本日未明に、国境付近のザナ砦が襲撃され、イースタン兵に占拠されました。彼らは国境線を変えようと、今も着々と兵を動かしているようです」
「な……」
一瞬、言葉が出なかった。
戦争を宣言したどころか、もうすでに襲ってきた後だとは。
「イースタン王は何を考えているんです。あちらには、コレットを嫁に出したところでしょう! あの子は……」
「コレットは、人質になった」
兄は無表情のまま、ぐしゃりと羊皮紙を握りつぶした。
「妹の命が大切ならば、無条件でイースタンに降伏せよ、と」
「要求がむちゃくちゃです。そんなの応じられるわけがない」
家族は大切だが、それ以前に自分たちは王族だ。
妹かわいさに国を明け渡すなど、あってはならない。
「その通りだ。だが……妹を見殺しにするつもりもない。一旦交渉の場を設けて、時間をひきのばす。その間に工作員を何名か送り込み、救出を試みようと思う」
「……それがギリギリのラインでしょうね」
文官のひとりが、前に進み出る。
「すでに選定はすませております。サイラスとオズワルドがよろしいかと」
知らない名前だ。工作員として優秀なぶん、今まで表舞台に出てこなかったのだろう。
俺は軽く手をあげて、兄に進言する。
「彼らにオスカーを同行させてください」
「うちの息子を、ですか?」
兄より先に、騎士団長が反応した。彼はオスカーの父親だ、驚くのは当然だろう。兄も軽く眉を上げる。
「理由は?」
「コレットのためです」
「……ふむ」
妹のため、と聞いて兄は首をかしげる。
「孤立無援の敵国のまっただ中で、見知らぬ男たちに迎えに来られても、敵か味方か、判断がつかないでしょう」
コレットには王族としてのふるまいが教え込まれている。信用できない者においそれと従ったりはしないはずだ。
「その点、騎士団長殿の息子であるオスカーなら、幼いころから家族同然の交流がある。コレットにとって、確実に信用できる相手です」
「しかし……息子はまだ十代です。潜入のような難しい任務にあたるには、若すぎる」
「その十代の若さで、十人隊の隊長になった優秀な騎士でしょう。戦闘力に問題はありません」
それに、若さにも利点はある。
「騎士になったばかりの彼は、王城の重鎮とは違い、まだ他国に顔を知られてません。潜入先で警戒される可能性が非常に低い」
「しかし、未熟者を派遣したせいで、コレット様に何かあっては」
「……わかった。オスカーを救出隊にいれよう」
騎士団長の迷いを断ち切るように、王の決断がくだった。
執務室に沈黙が降りる。
「貴殿の息子には、危険な任務となるが」
「……息子は既に王国に剣を捧げた、一人前の騎士です。命を捧げる覚悟はできているでしょう。特に、コレット様に対しては」
騎士団長は重々しく息をつくと、身を翻した。
「急ぎ、準備させます」
「頼む」
俺たち兄弟は、騎士団長の後ろ姿を見送る。
「コレットのことは、一旦、救出隊にまかせよう」
「そうですね……無事でいてくれるといいですが」
俺は祈るような気持ちで、そうつぶやいた。





