表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末世界でさよならを  作者: 紺山ルビ
第一章 〝生き残った忌み子〟
8/15

#8 使者か、死者か

 《アマゾンの集落》には、外部の人間は基本的に入れない。アマゾネス達の厳戒な警備体制が敷かれている事、《ガルガンチュア》付近では見られない特異な植生に加え、一番の難敵は『霧』だ。

 《集落》は、《ギガスの霊峰》と《大鉱山》との狭間にある。《霊峰》の北西には活火山があり、これらの山脈地帯を《ソラエ山脈》と呼んでいる。

 盆地ということもあり、《集落》は日陰になりやすく、濃霧が毎日のようにかかっている。もはや霧が無い日の方が珍しいほどだ。

 土地勘の無い者が入れば、二度と戻って来れない迷いの樹海。そこを根城にするのが、《アマゾンの集落》なのだ。


「いやー全く()()が無ェな!!!」

「……何か寒くないですか?」

「いい加減シバきますよ」

「ウゥーン……」

「ぅひん……」


 だが、本日の《集落》付近は霧が無い。

 ……それを口にしただけなのに、皆から罵倒される始末。レェザラはちょっと泣きそうだった。


 さて、《集落》に至るには山を登らなければならないのだが、《酒場》は調査の名目での自然破壊を善しとしていない。ウォールブリッヂの巨体と長足を活かせるのは、樹海に入る目前というところまでだ。

 ウォールブリッヂが手に持っていた鳥籠──《酒場》をゆっくりと置く。ずずん、という揺らぎの後、酒場は正常に着陸したようだ。


「お疲れ様でした、ウォールブリッヂ」

「なんのなんの、これくらいお手のもんすよ。

 さーて……肩を組もう、明日を謳おう。

 先見えぬ闇を共に歩もう。

 ──〝収縮(ビカム・オーディナル)〟」


 統領が礼を言い、ウォールブリッヂは文字通り縮こまった。ウォールブリッヂは比較的最近《酒場》に入って来た者だ。無詠唱での呪法発動は、熟練でないと難しい。

 そして、何と言ってもやはり、オーディナル大だとウォールブリッヂは小さい方だということが分かる。何せ下手したらゲレグよりも背が低いかもしれないのだ。


「おそらく、凄惨な場面を目にするでしょう。最悪の場合、悪魔との戦闘も考慮してください。ガーラ、口を覆う布を」

「ン」


 さて、いよいよ本来の目的である調査の時間がやって来た。

 普段は《酒場》の壁内に仕舞っている各々の得物が、その全貌を現す。両端の二つの壁は、プッシュオープン式の扉になっており、その中にウェポンスタンドが設置されているのだ。

 剣、棍、槍、盾……あらゆる武具を取り出して、戦士達の準備がほとんど整う。ガーラはその呪法ゆえに、基本的に調査には行かせてもらえない。なので今回も留守番をする事になる。

 残っているのはあと一人……生き残った少女・ゲレグだ。

 統領はゲレグの心情を(おもんばか)り、一つの提案をする。


「ゼルネレス、きみにはつらい光景になるでしょう。ここでガーラと……」

「いえ、行きます」


 だが、ゲレグはその提案を跳ね除けて、決意のように、口元を布で覆う。ただ一人だけ己の味方をしてくれた、母親の事を思いながら。


「お母さん…………」


 弔おう。たとえどのように命が壊れていても。

 それが、生き残ってしまった者の義務、その最たるものだから。


 -▼-


 樹海の中は、やけに蒸し暑かった。常に何らかの虫の羽音が耳を横切り鬱陶しい。草木が擦れる音は、もう一生分聞いた。

 歩みを進めるたび、帰りたいという思いは増していく。帰って冷たい水を浴び、度の強い酒を呷りたい。そう願ってやまなかった。


 戦士達は、もはや獣道ですらない山道を進んでいる。かれこれ二〇分は歩いたという所で、木造の柵を見つけた。拒馬という戦争用に考案された木槍の柵だ。

 かなり堅牢に作られており、それが長く、二重、三重に連なっているのだ。どうしたものかと統領達が手をこまねいていると、前に出たのは何とゲレグだった。

 何をする気だ、と問おうとして──それは、呪文の詠唱によって遮られる。


「欲するは刃、求むるは熱。

 罪断つ(くろがね)、歪な十字。

 惑うな迷うな、五つの目と手。

 研がれた誇りで敵を討て。

 ──〝剣舞刃轍(グラディウス・ロンド)〟」


 ゲレグの体内から放出されたエーテルが、空中で剣の形を成した。その数はなんと五本。剣達は舞うように、目の前の拒馬を叩き切っていく。

 〝剣舞刃轍(グラディウス・ロンド)〟は、剣の数を増やせば増やすほど、その扱いも難しくなる呪法だ。

 一本の剣につき、一本の腕をもって操るところを、一気に五本。背中から不可視の腕が伸びて、それらを振るうのを想像してみてほしい。想像だけでも、かなり難しいはずだ。

 しかしゲレグは、何の気無しにやってのけて見せたのだ。それだけで、紛う事なく天才と言える才能だ。

 やがて一分と経たずにそれらが粉々になると、統領含め、《酒場》の皆達は驚愕の声を上げた。


「凄い……きみの歳でこれほどの呪法を使えるとは」

「え、へへ……皆からは、使って良いのは〝鼓舞奮心(ウォークライ)〟だけだって、怒られたんですけど……」


 ……この時、ゲレグは自覚無く嘘をついた。

 怒られた、どころの話ではない。むしろ、それだけで済んでいたら、どれほど良かった事か。

 ……一概に言えないからこそ、ゲレグは記憶に蓋をしたがるのだ。

 隠すように、ゲレグは呪法を終了した。


 この拒馬は、アマゾネスの最初の砦だ。一番《集落》に近い山の山頂ともいえる。つまり、《集落》まであと半分という所まで着いたのだ。


 そこから歩く事さらに十五分。一番最初に異変に気付いたのはレェザラだった。森と共に生きるエルフのレェザラは、自然の違和感を決して逃さない。

 飽きるほど嗅いだ鉄の匂い。


「……血の匂いだ」

「……っ」

「……ゼルネレス、本当に良いのですね」

「……はい。行きます」


 ──この決断を、ゲレグは生涯後悔する事になる。

 

 《集落》の文明レベルは、《ガルガンチュア》と比べるべくもなく低い。

 木で造られた『雨風を凌げればそれでいい』と言わんばかりの木造建築が──血の雨を凌げずに、破壊されていた。

 口布を外して、ゲレグは呼吸を失う。

 正直、少しだけ期待していたのだ。僅かな生き残りはいないか、出来れば母親は生きていないか。悪い夢でも見ていたのではないか……と。

 そんな一縷の淡い希望を、ゲレグは抱いていたのだ。


 それが今、粉々に砕け散った。


 ──山だった。それは、腐った肉の山だった。


 褐色で、筋肉質で、顔に刺青が入った女達の、蝿の集る肉の山。


 老いも若いも、婦人も赤子も、関係無い。


 切断されたような、綺麗な断面さえ見受けられる。


 もはや五体満足で死ねている方が珍しい。


 まさしく、死屍累々というべき地獄絵図だった。


 供養しようとして、近寄ろうとして、ゲレグは何かを蹴飛ばした。


 覚えがあった。


 見たくなかった。


 目を逸らせなかった。


 ……見てしまった。



 首から下を千切られている、ヒトの頭。



 見間違えるはずもない。




 それは、ゲレグの母親の頭だった。




「惨い……」

「う゛ッ、ううう゛……え゛ぇ……!!」


 あまりにも凄惨な現場に、ゲレグは胃の中のものを全て吐き出した。

 それらを受け容れるには、彼女の心はまだ幼く。

 だが目の前に広がっているそれらは、残酷にも、彼女に現実を突きつけるのだ。

 彼女の一番近くにいたレェザラの介抱も、何の気休めにもなりはしないほどに。


「……もう、無理すんな」

「いえ゛っ……やります……! やらな゛い゛と……!」


 ……なぜこうまでして、ゲレグは供養を急くのか。

 ゲレグには、言葉に出来ぬ罪悪感があったのだ。

 生き残った事ではなく……どちらかといえば、死ねなかった事によって。


「少し、骨が折れそうですね……」


 さしもの歴戦の戦士達でさえ、この地獄絵図には息を呑んだ。それは、戦士達を束ねる統領であってもだ。

 だが、頭が正常に機能しなければ、末端は動かないし動けない。一度深く息を吐いて、戦士達に指示をする。


 ……おそらくこの先も、惨状が広がっている。早急に遺体の供養をせねば、いつまで経っても死者達は報われないし、病の温床になりかねない。

 ゲレグは幼いながらも、その事をよく知っていた。

 ゆえに立ち上がり、一歩ずつ歩もうとしたのだ。


「先に行きます。皆さんは、彼女を護りつつ着いてきてください」

「では、貴公から死ね」


 ──先導していた統領の、胸部を抉られるところを見るまでは。

 肉の音が木霊した。血の音が耳に残っていた。

 ヒトが、命を奪われる音だ。


殿(しんがり)が自ら先頭を歩くとは、愚かな事だ」

「ごばっ……ぎ、ざまっ……!」


 突如として現れた影は、抉り取った統領の心臓をそのまま抜き取り、握り潰す。失った所から滝のように溢れ出す血液が、統領の倒れる体に潰され……統領は、ぴくりとも動かなくなった。

 一瞬の出来事だった。あまりにも唐突すぎて、精鋭の戦士達ですら、何が起きているのか理解するのに、一秒以上の時間を要した。



 ()()()()()

 目の前で。統領が。



 心臓を握り潰したその手は、ヒトの手と呼ぶには、あまりにも艶かしく、そしてウネウネとして気色が悪かった。

 しかも、ただの手腕ではない。関節どころか骨すら無い痩せこけたヒトの手腕を、三、四本束ねたような形をしている。『腕そのもの』が筋肉と言わんばかりの構造だ。細々とした指先はとても鋭利で、まるでピックのよう。

 声の出所を探した。腕の根本を探した。

 探した事を、一瞬悔いた。


 ──そこにいたのは、得体の知れない化物だった。


 伸びていた四本ほどの手腕は、ただの一部に過ぎなかった。頭だけの体を支える、何十……いや、百はあろうか、漆黒の手と足の群れがあった。

 手足の群れは、一際大きい肉塊に全て繋がっていた。一点に繋がっているのではなく、いや集中している所も確かにあるが、所々産毛のように生えているところもある。

 頭部というべき肉塊は向こう側が見えるほど透明で、中に入っていたのは一つの脳と五つの臓器。それらは、まるでフラスコの中に入っているだけのような印象を受ける。少なくとも、臓器特有の生々しさ、生気は感ぜられない。

 肉塊からは、脳から伸びている一本の触角が伸びている。おそらくそれは視神経だろうか。よく見ると、触角は先端が二股に別れ、それぞれが独立した動きを伴っている。

 直視すればするほど、精神がすり減って行く。

 こんなものを、ゲレグは同じ生き物とは呼びたくなかった。

 やがて戦士達を一瞥したかと思うと、一本の触手を()()()()()、徐に自己紹介を始めるではないか。


「初めまして、卑徒(ヒト)の諸君。私の名はロナーク。爵位は伯爵だ」


 気味の悪い事に、百本はある触手を器用に使い一礼をこなした。彼奴はロナークと、更には伯爵とさえ名乗った。

 つまり、下級悪魔(ナイト)などよりもずっと格上の存在だということだ。


 ヒトの『ヒ』にアクセントが着いた物言いは、人外達独特の……ヒトを見下した呼び方。


 ゲレグには()()()()()()()()。だが察したのだ。そう思わざるを得なかったのだ。


「では、さよならだ」


 こいつが、皆をめちゃくちゃにしたのだ、と。

感想レビュー℃℃募集中です!!

他の呪法や詠唱も出していきたい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ