#6 人類の切り札
「そういやゼルちゃん、お前どうやって《酒場》来たんだ?」
「えっ、走って来ました」
「は、走ったァ!? 《集落》からか!? 何日かかったんだよ……!?」
「えーと多分、一日も掛かってないと思います。逃げ始めたのが夜で、ここに着いたのが夕方くらいでしたよね」
ゲレグの言っていることは本当だ。ゲレグはずっとずっと走り続けて、やっとの思いで《ガルガンチュア》にたどり着いたのだ。
成人したアマゾネスでも、一日中ずっと走り続ける事は難しい。
この時レェザラは、分泌した大量のアドレナリンだかエンドルフィンだかが、ゲレグの体に何かをもたらしたのだろうか……と、テキトーに考えていた。
実のところ、アマゾネスについて判明している事はあまり少ないのだ。鎖国している状態だったのが大きいのだが。
「うへえ、アマゾネスのタフネス半端ねー……ベビーちゃんイケる?」
「さすがに私も無理ですね……。
《集落》には、甘く見積もっても休憩込みの歩きでは三日以上はかかりますし」
この世界には、かつての馬はもう存在しない。居るのは『かつて馬だったナニカ』だ。
気象難の八本足だったり、二足歩行だったり、そもそも二足すらない霊体だったり、馬のくせに頭が牛のようだったり、純潔でなければ乗れなかったり、逆に不貞でないと乗れなかったり、ヒトを馬鹿にする事が生きがいだったり……と、まともな馬はほとんどいない。
ちなみにこれらの馬の中で牛頭の馬──牛頭馬胴が一番まともで温厚だが、持久力に欠けるため、何ならヒトが歩いた方が速い。挙句食用の家畜にされる始末だが、保存食としての価値が高く、重宝されている。
冷凍殺菌していないと最悪死ぬが、そうまでして食べたがるほど、肝の刺身が美味いのだとか。
「これは負けていられませんよ、ウォールブリッヂ」
「はっはー! まかせて下さいよ!」
さて、そう言いいながらすたこらさっさと外へ走っていく一人の青年。
文字通り頭ひとつ抜けて身長が低いのが、一目見て分かった。一六〇センチもないくらいだろうか。
──この《酒場》には移動手段がある。ガーラが《酒場》を建造した時のコンセプトは、文字通り『持って回れる拠点』だ。
その移動には、何より《巨人族》の協力を必要とした。
「霧散せよ、回帰せよ、あるべき姿へ戻り来よ──〝解放〟〝収縮〟」
唱える呪文にエーテルが呼応する。発動した呪法は〝解放〟。呪法や祝福のために発動したエーテルを霧散させる、応用性の高い呪法。
さて、〝収縮〟は、ギガンテス達が《ガルガンチュア》に移住する際、必須になる呪法だ。ギガンテスの身長をオーディナル大に縮めさせる、ただそれだけのための呪法。
だが彼を見よ。〝収縮〟を解除した彼の身長は、みるみるうちにあらゆる建物を超えてしまった。一六〇ない身長が、今では十メートルになっている。
彼の名はウォールブリッヂ・ギガスフェア。
今を生きるギガンテスの、明朗な若人だ。
さて、ウォールブリッヂが元の身長に戻ったら、あとは彼の仕事だ。
よく観察すると、《酒場》の上部には、二つの取っ手が取り付けられている事が分かる。
まるで、人が持ち運びできる──『鳥籠』のように。
ずずずず……と重い音を立てて、ゲレグは内臓が浮かび上がるような感覚を覚えた。
窓の外を見ると、先ほどまで見えていたはずの一階からの景色が、二階、三階ほどの高さに急変していく。
やがて人肌が見えると、開いていた窓いっぱいに、ウォールブリッヂの黒色の瞳が映った。
「うわあっ!? さ、《酒場》が──浮いた!?」
「おお、ウォールブリッヂ、少し背が伸びましたか?」
「……!! 分かりますか統領!!」
「ええ。少し前は確か、八メートルでしたっけね」
「個人情報!! けど気付いてくれて嬉しーっす!!」
「でっ、でっかあっ!?」
「ギガンテスでも、ブーちゃんは小せえ方だぞー。ゼルちゃんが《ギガスの霊峰》行ったら腰抜かすかもな」
「そのあだ名止めろっつってんだろレェザラぶちのめすぞこの貧乳ババア!!」
「レェザラ『さん』だっつってんだろがブッ飛ばすぞこのミジンコギガス!!」
「こっ、声も大きい……!」
ウォールブリッヂの年齢は十五歳で、身長は十メートル。だが彼と同年代のギガンテスの平均身長はおおよそ三十七メートル程度。
ギガンテスの中でも彼は、小柄な部類に入る。だからなのか、彼は自身の低身長をコンプレックスにしているきらいがあるのだ。
「でも、信じられないです! こんなに大きな《酒場》が、持ちあがっちゃうなんて……!」
「《酒場》の正式名称は『正式改良済運搬式移動要塞兼戦闘拠点試作一号棟』。
まあ長いので、建造のコンセプトだった『持って回る』という言葉の頭文字を取り、《酒場》と呼んでいます」
「ちなみにこれ考えたのも造ったのもガーちゃんな」
「ガーラさんすごっ!?」
「フン!」
「おかげで遠征に困ることはなくなりましたね。ありがたい事です」
「《酒場》が出来たのって四百か五百年くらい前だったっけ? 結構長生きしてんなァ、ガーちゃんも」
「フフン!」
エルフは長命で寿命知らずである事は有名な話だが、ゴブリンもエルフに次いで長命な種族。千歳を超えてなお元気に生きているゴブリンもいるほどだ。
ハーフネフィリムとはいえ、ガーラも既に五百歳を超えている。ゴブリンの基準では中年の部類だ。
「すごい……《ガルガンチュア》っていろんなものがあるんですね!」
そもそも《ガルガンチュア》にあるからくりのほとんどが、ガーラ考案と主導のもと造られている。彼のおかげで、この五百年で《ガルガンチュア》の民の生活の質が爆発的に向上したのだ。
ガーラはゴブリンとドワーフに忌まれているが、彼らを含み《ガルガンチュア》に住まう者に、ガーラを否定する者は誰一人いない。
間違いなく、国宝と呼ぶべき者の一人だ。
「ウォールブリッヂ、《集落》までどれほどかかりそうですか?」
「そうすねー……ざっと三時間くらいかな」
「さんじかん!?」
あまりの早さにゲレグは驚きを隠せなかった。
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