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終末世界でさよならを  作者: 紺山ルビ
第一章 〝生き残った忌み子〟
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#5 もう言えないおはよう

 楽しい食事が終われば、次は楽しくない時間がやってくるのが世の常。丸テーブルに席を移して、まず口を開いたのは一番背の高い男だった。


「……さて、食事も終わったところで、自己紹介といきましょう。

 私は……そうですね、皆は私を統領だとか大将だとか、そう呼んでいます。好きに呼んでください」

「オレはベビーちゃんって呼んでるけどな!」

「……出来れば、彼女とは別の名で呼んでくれるとありがたい」

「そんで、オレはレェザラ・エルフィン。《樹人族(エルフ)》のネフィリムだ。

 んで、この『なんかちいさくて顔が怖い』のが、ガーラ・ゴルドンっつーんだ」

「ン」

「ま、色々あってあまり喋れねえ。そこんとこヨロシクな」

「はい……」


 知らない人を──それもほとんど初めて見る男性を前に、少女は肩を強張らせる。


「私は、ゲレグ。ゲレグ・ゼルネレスです。……ゼルネレスと呼んでください」

「ええ。よろしくお願いします、ゼルネレス」

「名前なげーからお前ゼルちゃんな!」

「ええっいきなり!?」

「ウーン……」

「ヒトの尊ぶべき名前を長いと言えるその性根を叩き直してやりたいですね」

「あああっ、いやそんな、私は全然! むしろあだ名とか……なんか、嬉しいです」

「な?」

「結果論でしょうが」

「ウンウン」


 だが彼らは、少女ゲレグの緊張感を和らげるべく冗談を混ぜてくれていた。実際、ゲレグの気も和らいでいた。


「それで、ゼルネレス。あなたはなぜ、この《酒場》に?」


 だからこそ、統領と呼ばれた男の一言に、言葉を一瞬詰まらせる。


 話を聞いて欲しい。そして受け入れてほしい。助けて欲しい。


 けれど、彼らは本当に受け入れてくれるだろうか。


「……ここについたのは、本当にたまたまなんです。

 《ガルガンチュア》のことは、お母さんからよく聞かされてて、いざという時は《酒場》を頼れ……って」


 母に守られるばかりで、おめおめ逃げてしまうような、腰抜けの己を。


「……アマゾネスは……《アマゾンの集落》は、悪魔に襲われました。

 私は何も出来なくて、気絶してて……それで…………!

 お母さんはっ、私を庇って……!!」


 脳裏に焼きついて離れない。


 気絶から回復して見た最初の光景は──地獄絵図そのものだった。


 青かった木々も地も赤に染まっていて、


 集落の建物は軒並み潰れていた。


 そこにヒトが住んでいたという痕跡さえも残らないほど、


 跡形もなく、命と呼ぶべきものは切り裂かれた。


 掌を見た。べっとりと血が付いていた。


 手の感触が気色悪かった。もう何も見たくなかった。


 目を瞑ろうとして下を見た。手の感触から逃れようとした。


 そこでようやく分かった。




 ──持っていたのは、母親の頭だった。


 


「……私、これから、どうすれば良いですか……」


 生きる目標はない。

 大好きなお母さんは目の前で死んだ。

 自分にあるのは、忌み子と罵られる要因となった、呪法に関する初歩的な知識だけ。


 このヒト達を頼った所で、結局自分には何も残らない。

 自分を助けた所で、このヒト達には何の得もない。

 到底受け入れてもらえるとは思えなかった。そう考えてしまった時、ゲレグは急激に自分の頭と心がが冷え切っていくのを感じた。


「……さぞ辛かった事でしょう。きみの心情は、私には察して余りある。

 ……良く、生き延びてくれました」


 だが、統領は受け入れた。こんな自分に与えてくれる無償の優しさに、胸が痛くて、それでいて暖かくて、どうしようもないほどに、とめどなく涙が溢れていく。

 もしも父親がこのヒトだったなら。

 もしも自分がこのヒトの子どもだったなら。

 ゲレグは、そう思ってしまいたかった。


 けれどもう、これ以上は不要だった。これ以上優しくされたら、あまりの罪悪感に、心を掻きむしってしまいたくなりそうだから。

 止めて欲しかった。そんな大層なものを受け取れる資格なんて持ってはいない。少なくともゲレグはそう思っていた。

 けれど統領は、否、レェザラもガーラも、止めてはくれない。


「私からきみに、提案があります」

「提案、ですか……?」

「ええ。亡くなった集落の方々を、埋葬するのです。きみのお母様もね。

 ただ、きみにはとても辛い事だと思います。これ以上は、きみの心が持ちません。きみは無理して同行する必要はない。

 アマゾネスの埋葬が終わって、ゴタゴタが片付いたら──」




「私達と共に生きてみませんか?」




 ……救われたいから、ヒトはヒトを頼る。

 救われたいと思った時点で、ヒトには救われる資格がある。そうであって良いはずなのだ。

 だから今日も、彼らは手を差し伸べる。

 そういう世界の方が、素敵だと思うから。


 ゲレグはその手を取って、泣くまいと思って、それでも嗚咽を止められなかった……。


 ──さあ、救って欲しいと頼られたのなら、《酒場》がすべき事は一つ。


「では、早速《酒場》のメンバーを──」

「もう集まってんぜェ、統領サマ?」

「ウンウン」


 統領が召集をかけようとして、親指で出入り口のスライドドアを指すレェザラ。

 見ると、雪崩れ込むように、ゲレグが昨日おぼろげながらに記憶しているヒト達が入ってきた。

 内訳は《旧人類(オーディナル)》が多いが、中にはドワーフも見受けられる。ざっと四、五十人はいるだろうか。《酒場》のキャパシティには驚かされるばかりだ。


「盗み聞きとは、皆さん感心しませんね。

 まあ、今回は咎めません。

 さて、皆さん──」

「行きましょうや、統領!」

「こういう時こそ、おれ達の出番でしょ!」

「さあさ、格好付けなよ大将!」


 そう言われて、統領はガタイの良いドワーフの女性からローブを貰う。ボロボロになって色褪せていた外套は、本来の紅蓮を取り戻していた。

 統領は必ず、大きな遠征の前に意思を問う事にしている。《ガルガンチュア》の外を一歩踏み出せば、直ぐに危険と隣り合わせになるからだ。

 命を賭ける覚悟はあるか、それを問うべく。

 ……だが、問う前に答えが来るのがお決まりだ。


「もはや、聞くまでもありませんね。

 ……ありがとうございます」


 真紅のローブを翻し、皆に直る。

 握った拳で、皆を鼓舞して。


 ──《酒場》は何も、年中無休でいつでも開いているわけではない。

 交代するシステムがあるとはいえ、ネフィリムであるマスターだってヒトなのだ。仕事に疲れる日もあるだろうし、何より飲み食いする場所なら《酒場》以外にもある。

 一つの店が閉まっていたところで、他の店が開いていたのなら、そこに行けばいいだけの話だ。


 だが《酒場》の閉店日は、他の飲み屋などの閉店と理由の重みが違う。

 《酒場》閉店の日とは、『ヒトが存亡の危機に陥る可能性がある』時。

 今回は、『アマゾネスの原因不明の大量死』こそがその主たる理由だ。


「各々方、武器を持たれよ!!

 此度の遠征先は《アマゾンの集落》です!!」

「「「ウォオオオオオオオ!!!」」」


 ──本来の《酒場》の役割は、人外達からヒトを守る精鋭達の自警団なのだ。


 この日ゲレグは間違いなく、彼女の人生において、最高の味方を手に入れた。

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