#4 親が死んでも腹は減る、だから
……暗い。
何も見えない。
目を開けなければ。
……嫌だ。
何も見たくない。
目は潰れて仕舞えばいい。
最後に見てたのは何だっけ。
思い出せない──思い出すな。
暖かかった、お母さん。
優しい笑顔の、お母さん。
私の居場所の、お母さん。
もう動かない、お母さん。
封じ込める思い出は、これだけで十分か。
いや、それだけじゃない。それだけじゃなかった。
私に石を投げつけた、私を忌み子と蔑んだ、
大っ嫌いな仲間達も、一緒に。
みんなみんな、動かない。
赤く染まって、動かない。
蓋をしなければ──見えた。見た。こっちを見た。
視線が合った。合ってしまった。
ぎょろりとした、死んだ魚のような目で、血まみれで、お母さんとみんなが、口にした。
聞きたくない言葉を、口にした。
お前のせいだ
「──────っ!!!」
夢だと分かって、少女はすぐに目を覚ました。
汗でぐっしょりだ。目の奥が痛む。顔を拭おうとしても、腕が重い。少女の目の前を、自身の右腕が遮った。昔からずっと、この筋肉質な体が嫌いだった。
右手の甲の感触。何やら湿っている。誰かが看病をしてくれていたのだろうか。まだほんのりと冷たくて、気持ち良かった。
小鳥の囀りが聞こえる。窓の外で鳴いている。巣が近くにあるのだろうか。腕を立てて、体を起こした。
部屋を見渡すと、まるで展望席のようだ、と少女は思った。集落でも二階建ての家はあるにはあった。だが、ここは広さが段違いだ。集落の家は、『人が寝られればそれでいい』程度の広さしかなかったのだ。
そこまで思考が行き着いて、少女は自身の使命を思い出した。
意識が急速にクリアになる。こんな所で寝ている場合ではなかった。己を叱咤し、怠い体に鞭を打ち立ち上がる。
起き上がった直後に見えた、手すりの着いた階段を降りる。木造のそれは丁寧に磨かれているようで、逆剥けは一切ない。綺麗な手すりだと直感した。
今は何日か。自分は何日眠っていたのか。久々に深く眠れた気がするが、寝過ぎて逆に頭痛がするのは初めてだ。
そう思いながら階段を下っていけば、見えたのは、先ほどの展望席よりも広い部屋。六人まで座れる丸テーブルが五台、カウンター席五席。
そのカウンターの向こうに、美麗な女性が立っていた。名をレェザラという。
「おお。起きたみてーだな」
「っ……」
少女がギリギリ隠れられていない手すりに隠れて様子を伺っていると、話しかけられて身が固まる。少女は極度の人見知りのきらいがあった。
だが少女の様子を意に介さず、レェザラは軽快に笑い飛ばす。ここまで朗らかに笑う人を、少女は生まれて初めて見た。
「はははっ、何も取って食おうなんか思っちゃいねーよ。むしろ、食いてえのはお前だろ?
……ほらよ。とりあえず、粥でも食ってみな」
コト、と差し出されたのは、質素な麦の粥。
作りたてで、湯気が立ち上っている。薬膳料理の類いだろうか、薬草のようなものが所々に混ざっているが、塩の香りが食欲を抑えさせてくれない。
こんな粥でも、普段から碌な食事を口にしていない少女にとっては、十分に贅沢品だった。
渡された散蓮華を奪い取るようにして、粥を一口、口の中に放り込む。
最後に口にものを運んだのはいつだったか。あの時も結局は、そこいらに生えているような雑草やキノコを焼いて食べたような気がする。
この粥は、今まで食べたあらゆる食べ物の中で、一番暖かい。
舌が熱くて、美味しくて、涙が出た。
「美味ェか?」
「うん、うん!」
「へっ。そりゃ、良かったな」
「ハァ。それを作ったのはレェザラ、きみではないでしょうに」
そう口出しをした男が、厨房からエプロンを外してやってくる。
見ると、やたら伸びていた髪の毛がさっぱりしている。髭も剃ったのだろう。昨日見た時よりも、清潔感に溢れていた。
ハッとなり、少女は慌てて外套のフードを被ろうとして──外套そのものが無いことに今気づく。
《獣人族》以外の男性を見たのは初めての事。情操教育なんてものが、野蛮で粗暴なアマゾネスにあるわけがない。
粥の熱さでない要因で、少女の顔が赤くなる。
「アッ、バラすなよベビーちゃん! 今カッコつけてんだから!」
「へべれけの時点できみは格好がつかないんですよ」
「ンだとぉ!? 昨日の腹いせか!? 腹いせなんだな、よーし表出ろコラ!」
まるで夫婦漫才だ。
そう思って、少女はさらに箸ならぬ散蓮華を進める。少し苦い薬草を、奥歯ですり潰して飲み込んだ。
……命は失くなる。それは避けられない。盛者必衰と栄枯盛衰の輪廻の中で、全ての生命は生きている。
だが、生きている限り腹は減る。
親が子に何を思おうが、子が親に何を思おうが。
人が死んでも、腹は減るのだ。
少女は初めて、死なないためにではなく。
生きるために、食べた。
感想レビュー℃℃募集中です!!




