#3 風来坊の女
「さて、ガーラ。よろしくお願いします」
「ン…………」
輩達の会話を肴に酒を嗜み、気付けば日が暮れようとしていた。
北東地区の《酒場》のマスター、ガーラ・ゴルドンは、ただの《酒場》の経営者というわけではない。
むしろ彼抜きでは、《酒場》の本領を発揮する事は出来ない。それほど、超重要な人物なのだ。
男の指示に従い、ガーラは酒場のフロアに躍り出る。
見ると、中央部には何やら汚れのようにも見える石灰が撒かれているのが分かる。所々が擦り切れており、見るヒトによっては……というか誰しもが「掃除しろ」とさえ思うだろう。
だがこれは、これからガーラが行う行為──儀式には欠かせないものになる。
それが分かっている《酒場》のメンバーは、先程まで馬鹿騒ぎしていたのにも関わらず、刹那の内に気を張り詰めた。
掠れて消えている部分を、チョークで書き足していく。ガーラはまず、小さな円の中に三つの文字を書いた。
それらはラド、シゲル、マンのルーン文字。失われた古代文字を駆使して円を書けば、文字同士の調和をもたらす。
二重の円と、それらに接するルーンの円。完全な正三角形で繋げれば──ようやく術式が完成する。
本来、ガーラほどの《呪法》の適性があれば、このような円陣がなくとも、呪文さえ唱えれば発動出来る。
ここでいう《呪法》の適正とは、魔臓の質に関係がある。
《呪法》の発動に、術士らは体内の魔臓に溜め込んだエーテルに完全に依存する事になる。つまり魔臓のエーテル許容量や、そもそも魔臓の数が多ければ多いほど、高度な術式でも発動が可能になるという事だ。
ガーラが体内に有する魔臓の数は『三つ』。
悪魔達が体内に有する最低限の数だが、これだけあれば、ヒトが発動出来る呪法の大抵を、ノーリスクで発動出来る。
円陣も、掌印も、果ては呪文の詠唱すらも、彼には必要ない……はずだった。
……幼少の頃、喉を潰されていなければ。
だからこそ、ガーラは『呪文の詠唱』以外の全てを駆使して、呪法発動に全力を尽くす。
それこそが──否、それだけが、彼に与えられた生きる意味なのだから。
「……ンンッ!」
エーテルを大量に含んだ掌で地を突く。気合いの一声は、本来ならば最後の仕上げのためのもの。言の葉を紡げない彼の代わりに唱えよう。
──〝全地鳴動〟。
人類の中でも、彼にしか扱えない大呪法。
大陸全土にエーテルを渡らせ、肌感覚で、地上にあるありとあらゆる情報を得るというもの。
これはガーラが《獣人族》と《鉄人族》の血を受け継いでいるからこそ成せる、反則というべき荒技だ。
ゴブリンは野生的な気配察知能力に、ドワーフは土地勘や地質、鉱物の知識に秀でる種族。
お察しの通り、ガーラは、ドワーフとゴブリンのハーフネフィリムだ。
ゴブリンは、生物学上では雄の個体しか生まれない、歪な生命体。だがそれと引き換えに、子孫を残す能力に関しては、ネフィリムどころか人類の中でもずば抜けて高い。
ゴブリンの繁殖率は脅威の九十五パーセントで、個体数は《旧人族》に次いで多い。
本来なら《女人族》と共存関係にあるのだが、かといって、他種族の雌個体と繁殖が出来ないというわけではない。
それを利用されて生まれたのが、ガーラ・ゴルドンという男なのだ。
「うお……いつ見ても凄えな、マスターの呪法」
「これが週一で使えんのもマジやべえよな」
比較的新人の《酒場》の面々は、ガーラの奇跡にも等しい呪法に驚く。
──《酒場》には決して欠かせない人材、ガーラ・ゴルドン。
しかし……ガーラ・ゴルドンは、人外達に望まれて生まれた生物ではなかった。理由は単純、ガーラよりも優れた子が生まれたからだ。
加えて、祖先であるゴブリンにもドワーフにも忌まれる始末。
……彼の味方は、《酒場》の面々しかいない。
だから、彼の生きる意味なのだ。
彼に居場所を提供してくれる、《酒場》の仲間を助ける事が。
だが今は、多くを語るまい。
「……ン、ンン!?」
「どうしたのです、ガーラ?」
溜め込んでいたエーテルが尽き、呪法が終了する……のだが、男はガーラの反応に違和感を抱いた。
ガーラの潰れた喉では、己の意思を伝えることは難しい。文字に起こせば良かろうが、移民の多い《ガルガンチュア》の住民の識字率は高くない。あいにくガーラは、高い方の一人だ。
だが男とレェザラには、ガーラが幼い頃からの付き合いがある。母音と撥音しか発生できないガーラの貴重な通訳係だ。
曰く、コツを掴めばほんの少しの機微で分かるのだそうな。
さて、男が聞き取ったガーラの言葉は、吉報というにはあまりにも程遠いものだった。
「──《女人族》が絶滅した、ですって……!?」
「マジっすか!?」
「バカ言え、あのおっかねえ女郎どもがそう簡単に死ぬタマかよ!」
「ンン、ンン!」
「統領、何て言ってます?!」
「……完全に絶滅したわけではない、まだ気配を感じ取れる、と……すみません、早とちりしました」
「はぁ──っ! ったく、びっくりさせやがって」
ここまで驚くのも無理はない。彼女らは、人類の中でも有数の武力を持つのだから。
《女人族》。
文字通り、雌の個体しか生まれないヒト。容姿だけで言えば、《旧人族》に最も近いネフィリムだ。
日焼けしたような褐色の肌と癖っ毛、かつ女性にしては全体的に筋肉質なのが特徴で、成人した時と婚姻した時に顔に刺青を入れる風習がある。
そして全てのネフィリムやヒトが無手でサバイバル対決を行った時、最後に笑う人種だとも言われている。
その要因の一つとして、彼女らがタフネスと免疫力に優れる事が挙げられる。
そもそもの肉体的な強度も高いのに、毒抜きをしていない毒蛇だろうが毒キノコだろうが、焼けば大抵イケるとかほざきやがる、病気という言葉が頭からすっぽ抜けているやべー奴らである。
そんなタフネスに溢れる彼女らが、絶滅の危機。
《酒場》の面々に激震が走るというものだ。
「ですがこれは、行かねばならないでしょう」
「おいおい、ベビーちゃんよぉ。お前帰って来たばかりだろ? 良い加減死ぬぜ? 過労で。死に急ぐ必要もねーだろ」
「まだ生き残りがいるやもしれません。一人でも彼女達がいるのなら、まだ《女人族》には希望があります」
「ッカア〜〜〜こンのバカちんがよォ!!
そおゆー考えなしなトコがお前の悪いクセだって、何ベン言や分かんだよ!!」
レェザラの売り言葉、その後の男の買い言葉。
《酒場》の皆は一律にこう思っただろう。
『ああ、また始まった……』と。
「……ではきみは、彼女らを見殺しにするつもりですか」
「だが考えてみろ、ここんとこ人外陣営が、妙にきなくせえ動きをしてる理由を。
……罠なんじゃねえのか。オレたちを誘き出すためのよ」
「けれど、見殺しにしていい道理もありません。たとえきみが行かずとも、私は行きます」
「テンメェ……ソレ、オレの事ナメて言ってんのか?」
交差する冷え切った視線と、煮沸する血液。
統領と呼ばれた男とレェザラの喧嘩は、北東《酒場》の風物詩だ。
《酒場》の面々は、もはや慣れっこ。なんなら彼らの勝敗で賭け事さえも始められる……が、大抵先に折れるのはレェザラの方だ。
だが今回は事が事。
自らの文明以外を排斥したがる性格のアマゾネス達の調査は、ほぼ確実に人命に関わる。
加えて調査するであろう対象は『アマゾネスが絶滅の危機にある原因』だ。
「お前どっちに賭ける?」
「勝負つかねえよ」
「そりゃそうか」
「だけど今日は──」
確実にこの喧嘩は長引くだろう──そう思った矢先の事だった。
《酒場》のドアが、バンッ、と勢いよく開かれたのは。
「はっ……はっ…………!」
見よ、そこに立つ少女の姿を。
赤いシミが付着した衣類。ボロボロの外套。紐の千切れた草履。外套が陰になっていて顔は分からない。身長は一五〇センチほどだろうか。激しく上半身が上下している。酸素を求めている証拠だ。ずっと走っていたのだろう。それも死に物狂いで。
やがて口を開いたかと思うと……
「た………………け、て…………」
「お、おい!?」
……ガサガサの声でそれだけを言い残し、少女はパタリと倒れた。
それを見て真っ先に駆け付けたのは、男と喧嘩中のレェザラだった。彼女は《酒場》の面子でも、トップクラスの医術と治療術を持つ。酔っ払いの介抱も、怪我人の看護も、レェザラの十八番なのだ。
次いで男が、そしてガーラが駆け付けた。やがて釣られるように、面々がぞろぞろと集まってくる。
「おっえ、鉄臭え……血がこびりついてる」
それは誰が口にした言葉だったか。それだけで、少女の容体は、ほぼ分かったような気がした。
──その対象が、《旧人族》であれば。
「レェザラ、この少女に手当を! ガーラは水を持ってきてください! 清潔な布も! 皆はベッドを!」
「おい、見ろベビーちゃん」
「何ですレェザラ! こんな時、に……」
日焼けしたような褐色の肌、癖の強い髪、そして──筋肉質の女。
「待ってください、まさか、この娘は……!?」
顔に刺青が無い事から、彼女は、結納どころか成人すらもしていない──
「──《女人族》だ」
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