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終末世界でさよならを  作者: 紺山ルビ
プロローグ 〝終わった世界、続く世界〟
2/15

#2 帰都

 《混沌戦争》。

 それは、神の死を受け入れられなかった者達が始めた、未だ戦火の遺る最悪の戦争。

 全ての発端は、とある一人のヒトによるもの。ゆえに天国へと至るほど高い塔の建設を企てた者の名から肖り、《混沌戦争》と名付けられた。


 一月、ヒトが地上で築いた文明や文化のほぼ全ては焦土に帰した。

 一年、地上の生態系がめちゃくちゃになった。

 十年、活性エーテルの汚染により新たな自然の形が生まれた。

 百年、ヒトを導き守る者達の存在により、ヒトは安息の地を手に入れた。

 千年、自然は完全に息を吹き返し、ヒトは新たな生き方を完全に定着させた。


 ──二千年。

 天使と悪魔とヒトは、未だに争いを続けている……。






 雑踏の都は、今日も様々な人種で賑わいを見せている。繁華区域は都内で四箇所あり、男が向かっているのは北東区域城門付近の《酒場》だ。


 男は石造のレンガで敷き詰められた街中をずんずんと歩んでいる。

 その男の顔は、色素の無いもっさりとした頭髪やら髭やらにより、よく分からない。

 身に纏う物は見窄らしく、裾が襤褸(ぼろ)となっていて、ほつれどころか穴あきが多数見受けられる。手入れはあまりしていないようだ。穴から覗ける男の肉体は、まさしく戦士と呼ぶべき無駄のない肉付きであった。

 背に己の体積半分はあろうかと思われるほどの背嚢(はいのう)が、他を圧巻している。そしてそれを背負って尚、他の民草よりも早く街を闊歩していく。

 背嚢から垣間見える柄のようなものは、今回の遠征の戦利品という事なのだろう。


「……ああ、くそ。暑苦しい」


 さて、風貌からは想像がつかぬほどの男の若い声が、ただ誰に聞かせるでもなかったがために、男の耳にのみ木霊する。

 男にとってこの都に帰還するのは、実に一週間ぶりの事。魑魅魍魎の跋扈するこの世界で一週間も生き延びるのは容易なことではない。

 だが、男は生き延びた。それだけの事だ。


 やがて男は、一つの大きな《酒場》へとたどり着いた。

 外から見る《酒場》は、やけに大きく感じる。二階の窓を開け黄昏ている一人の若い青年が、男の姿を遠目で気づいたようだ。一度手を振り、店内に大声で呼びかけた。


「おーい、帰ってきたぞ!!」


 スライドドアを開けると、聞こえるのは男の無事を喜ぶ声──ではなく。


「よお、ベビーちゃん! また死に損なったみてーじゃねーか!」

「……そのあだ名で私を呼ぶのはやめろと、何万回も言ったじゃないですか、レェザラ」


 まるで男の生き死にを何とも思っていないような、不謹慎な声であった。男は肩の荷が降りた思いをしつつ──実際背嚢を降ろしつつ溜め息を吐いた。


 尖った耳のそのヒト。白い八重歯を散見させながら彼女は男を呼ぶ。ベビーちゃんと呼ばれた男にとっては、一番付き合いが長く、そして苦手な女。

 名をレェザラ・エルフィン。

 白磁を思わせる透き通るような白い肌は、今は真っ赤に染まっている。ヒトの寿命に換算すると、まだ十五歳程度にしか生きていないのだから、斯様に若々しいのも納得だ。

 尤も彼女は、今を生きる全てのヒトの中でも、三本の指に入るほどの長命なのだが。


「カカッ! いーじゃねーかよ、オレ達の仲なんだしサ……おろ? また無くなっちまった。おーいガーちゃん──」

「もう呑むのはやめておきなさい。顔真っ赤ですよ。

 全く……何本呑んだんです」

「五本から先は覚えてにゃい」

「相変わらずの酒癖のようで……」


 毎日のように酒を呷るレェザラ。しかし彼女が急性アルコール中毒で死なないのは、彼女の本質が『植物』に由来するからだろう。


 ──《混沌戦争》開戦直後、天使と悪魔陣営が立たされた窮地とは『人員不足』であった。


 天使も悪魔も、食事等のエネルギー補給を必要としない。エネルギーの源であり、大気に漂う物質である《エーテル》があれば、両者はどこででも活動できた。

 だからこそ、無茶な特攻作戦も──倫理的な観点はともかくとして、最初期は有効な手立てではあった。

 しかし、無闇矢鱈に下っ端の連中を消費していくうちに、五年もしない間に()()が底を突きかけてしまったのだ。


 ゆえに両陣営が取った手段は『ヒトと自軍の遺伝子を有した兵士を作る』事であった。当時のヒトは、戦火に巻き込まれていても、虫のように、数だけは多かったのだ。

 ゆえに何とか自陣へと引き入れ、仲間──というより、体の良い肉壁にしようと考えたのだ。


 悪魔陣営は言わずもがな、天使陣営も神に命じられてヒトを守っていたに過ぎない。アリを踏み潰したとて何も思わないように、彼らもまた、忌避感なんてものはまるで無かった。

 むしろ天使陣営はこれを勝機とさえ捉えていた。なぜなら、〝神〟という信頼があったからだ。『神の言葉だ』と囁いて仕舞えば、喜んで火中に身を投げるヒトもいるだろう……と考えた。


 早速両陣営は、味方となるヒトの勧誘と、ヒトそのものの量産に注力する事にし、前者の勧誘は両陣営ともに上手く行った。

 だがヒトの量産はかなり非効率的だったのだ。

 雌雄共に相当な数が必要になるし、何より生まれてから十分な戦力に育つまで最低でも十五年かかる。


 ゆえに、両陣営共に禁忌とされていた『ヒトとの生殖』に思い至った。


 そうして生まれた生命の形こそが──レェザラのようなヒトの亜種、《ネフィリム》なのである。


 レェザラ・エルフィンは《樹人族(エルフ)》のネフィリム。

 ヒトよりも永い時を、森と共に生きるヒトだ。


「いつもお世話になってます、ガーラ」

「ン」


 カウンター席へと座り、ベビーと呼ばれた男は背嚢を下ろしながら、差し出された酒を呷る。乱雑のように置かれた木製のジョッキは、キンキンに冷えていた。

 一口、二口……鼻を抜ける苦みがクセになる。ほんのりとした酩酊感が心地よい。男は酒は強い方ではないが、今更やめられるような代物でもない。

 そも男にとって、冷たいものを飲んだのは久しぶりの事だ。遠征では、氷のような貴重なものは運べないのだから致し方ないのだが、春が終わり夏に移り変わるこの季節は、やはり冷たいものが飲みたいのだ。


 《酒場》のマスターの名は、ガーラ・ゴルドン。

 堀の深い顔、褐色の肌、そして尖った耳。着用している白シャツと黒ベストは、彼の筋肉の前にはち切れんばかり。風貌から威厳をたっぷりに放つ……が、彼の体躯のせいで今一つ。赤い瞳と蝶ネクタイがトレードマークだ。

 彼もまた《ネフィリム》の一人だが、少々込み入った事情がある。そこはまた、別の機会に語るとしよう。


「ふー、生き返ります」

「ン」

「最近はどうですか? 繁盛していますか?」

「ウン」

「はは。それは良い事です」

「……ン」

「ああ、やはりレェザラは入り浸っていたのですね。申し訳ない」

「ちょー、毎日いたわけじゃないんだぞぉー」

「ンン」

「任務以外ではほぼ毎日ですか……レェザラ、きみがいくらエルフとはいえ、流石にこの量をほぼ毎日は呑みすぎでしょう。死にますよ」

(らい)丈夫、オレこーごーせー(・・・・・・)できっからよー、ぜーんぶおしっ──」

「ああ、ああ! はぁ、呂律も回らなくなってきましたね。これは、今日も相当呑んでるな」


 はあ、とまた一つ溜息を吐いて、男はレェザラに呆れた。


 ──クネウム歴最古の多種族都市、《古都ガルガンチュア》は、《ギガスの霊峰》の麓に位置している。

 《混沌戦争》によって生み出されたとあるネフィリムが、今にも滅びんとしていたヒト達を護らんがために、一つの山を()()()()()()建国した……という伝説が残っている。

 ゆえにヒトは《巨人族(ギガンテス)》に並々ならぬ恩があるのだ。

 

 《ガルガンチュア》を建てたネフィリムの名は《ギガス》。

 その名を冠し、彼らの子孫は自らを《巨人族(ギガンテス)》と名乗った。

 《ギガスの霊峰》は、彼の偉業を称え名付けられた神山であり、《巨人族(ギガンテス)》の故郷なのだ。


 《ガルガンチュア》の周囲は、ギガスの子らによる警備体制が敷かれている。およそヒトと《巨人族(ギガンテス)》の協和誓約がなくとも、彼らはこの安息の地を守ってくれていただろう。

 ヒトと《巨人族》の相利共生と統治、更に巨人族(ギガンテス)以外のネフィリム達の来訪により、《ガルガンチュア》は繁栄と進化を続けながら、約一九〇〇年も間、その歴史と平穏を保ってきた。

 領土は約十万平方メートル。民の人数は凡そ五.六万人。その過半数がネフィリムだ。

 民の内およそ二万人が農業や水産や酪農、七千人が戦士業、五千人が鉄工業及び鉱員、二千人が手工業、一万人が奉仕業を営んでいる。

 それが《古都ガルガンチュア》の全容で──


「やはりここは、落ち着きますね」


 今となっては、男が帰っても許される唯一の場所だ。

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