#15 光へ
ロナーク伯爵との戦闘は勝利にて終了した。
失った物は多く、勝者の姿は見窄らしい。
それでも、最後に立っていたのはヒトだけだった。
レェザラはボロボロどころかグサグサのまま、〝樹蔓〟を器用に使い地へ降りる。更に器用な事に、根を在ったであろう下へと戻して……そこまで行って完全に彼女のスイッチが切れた。
途端に仰向けに倒れこむレェザラ。顔が青ざめているところから察するに、血液だけでなく魔臓内のエーテルも枯渇しているのだろう。浅い呼吸を繰り返し、言葉未満の声を上げる。
体に数箇所風穴が空いていてギリギリ生きていられているレェザラの虫のような生命力を、ゲレグは率直に気色悪がった。ぴくぴく痙攣しているのもあって、気色悪さが加算されていく。
「ゼヒ……ハヒ……ヤバヒ、モフムリ」
「……ひっくり返った虫みたいなんですけど、これ」
「これでもれっきとしたヒトですよ」
「コレヘッ、マジ……オエッ、シヌゥッフ……」
「こんなんでもですか……?」
「こんなんでもです」
「……私レェザラさんとの付き合い考えないといけないかもしれない」
「私は常々考えてますよ」
比較的軽症なバブ=イルとゲレグは、レェザラに辛辣な言葉を投げかける。レェザラなら何言っても良いと思っているのだろう。
「さて……《酒場》の皆々を呼び戻さねばなりませんね」
だが、和やかな空気はここまでだ。
《酒場》は悪魔討伐のために遠征をしていたわけではない。
最後の仕事が残っている事を、戦闘の中にいて忘れられた事を、ゲレグはそこで思い出したのだ。
肩にレェザラを担いで歩むバブ=イルの後ろを、ゲレグは歩んだ。
-▼-
遠方への連絡手段が無いために、バブ=イル達はわざわざ《酒場》の下へと戻らねばならなかったが、《集落》から脱出する道中で全メンバーと再会した。
彼らがレェザラの指示で撤退してから時間はそこまで経っていない。せいぜいが十分ほどだったが、共に撤退の指示を受けていたはずのゲレグの不明に気付いたのは七分前だった。
ゲレグの無事を案じていたが、ロナークの〝隠者の濃霧〟の影響もあって安易に《集落》に近寄れず、その解除と同時に進軍し──そうして両者は鉢合わせたのだった。
探す手間が省けたとバブ=イル達は思ったが、メンバー達はそうは思わない。自身の不注意と実力不足ゆえに、重い負担を掛けさせてしまった事を悔いていたのだ。
だがバブ=イルは、それを敢えて許容する。その実力不足から得た悔しさを糧にして欲しいという、同僚としての密かな判断だった。
レェザラとゲレグの治療を数人に任せ、バブ=イルは残った人員を率いて戻った。
──アマゾネスの遺体の処理は、想像以上に時間を要した。遺体の処理の方法は知ってはいても、彼らの多くはさほど経験していないのに加え、篝火台を組み立てるのにも苦戦した。
そしてゲレグも自身のトラウマを刺激する行為だと分かっていたが、必死に耐えて同胞達を抱え、火に焚べる手伝いをした。
《古都ガルガンチュア》での葬式の際は土葬が主流なのだが、アマゾネス達は火葬が主流だそうで、感染症の容疑が不明な以上、そういう意味でも都合が良かった。
日が落ち、夜が更けて、ようやく葬送の用意が完了する。
虫の音色さえも聞こえるような、明かりの一つさえもない、静まり返った夜。
そこに火を焚べる役目は、バブ=イルが請け負った。
エーテルに頼らない火は、いつ見ても赤く熱く。
篝火台の燃料に、バブ=イルは松明を添え入れる。
脂を塗らずとも、よく燃えた。
同胞だったものが燃えていく。
己を嫌った年増も、己を叩いた同い年も、己を蔑んだ老婆も、己を愛した母も、皆燃えていく。
誰言われるまでもなく、両の掌を組んだ。
あるべき場所への回帰を、ただ祈った。
行き場のない魂に憐憫を込めて、ただ祈った。
その最中、ゲレグはふと思った。
「アマゾネスは、もう終わりなんでしょうか」
誰に訊かせるでもない独り言は、しかし、すぐ隣にいたバブ=イルだけは聞いていた。
「……正直、私は《集落》に対し、『滅ぶべくして滅んだ』とさえ思います。それは、きみが受けた仕打ちからしても明らかです。
温故知新を捨てた者に、未来など無かった……その滅びにはそれ以上の意味はありません」
優しい声音で厳しい言葉を紡ぐ。
このヒトが戦士達の統領たる理由を、垣間見えた気がする。その厳しい言葉こそが、罪悪感を刺激する罰になると、ゲレグは思った。
「だが、きみが滅びを免れた事には、それ以上の意味がある」
その一言で、ゲレグはバブ=イルに勢いよく振り向く。
憂いを帯びた、まるで郷愁の目でこちらへ微笑む。
「ゲレグ。きみの過ちは、きみの中で永遠に燻るでしょう。
だからこそ、きみはきみ自身に向き合わねばなりません」
そう。身の上を話せば、許してくれる人はいるだろう。事故だったと慰めてくれるだろう。
だが、心優しき罪人は、そんなものを欲さない。
それは、己の罪から遠ざかる事だから。
罰の重みを忘れる行為だから。
だから──
「私がきみを赦しません。
──せめて、きちんと生きてから死になさい」
その厳しい言葉が、何よりの救いだった。
今後一生、ゲレグは噛み締めて生きるのだろう。
罪の重さと共に、その言葉を思い出すのだろう。
その言葉こそが、ゲレグにとっての最適な呪詛だった。
聡いゲレグは、その事が良く分かっていた。
だから、もう大丈夫だと思った。
「……私、ゲレグって名前が嫌だったんです」
「ほう。なぜです?」
「だって、音がきちゃないじゃないですか。『ゲ』と『グ』って、厳つくて仕方ない。どうせだったら、花や宝石から肖った名前とかが良かったですよ」
「それは……はは。なんとも可愛らしい理由ですね」
バブ=イルの口角に笑みが戻る。思春期の彼女には、相応しい話題だ。これ以上の説教はいらないとさえ思えるほどに、ゲレグは持ち前の性格を取り戻していた。
「でも、これで良いんだって、これが良いんだって、今分かりました」
「……そうですね」
ゲレグにはもはや、母がなぜ己を『ゲレグ』と名付けたのか、その意図は分からない。
聞こうにも、その人はもう死んでしまった。
けれど、推察だけはできる。
──この世界の初まりには、言葉があった。
言葉は神と共にあり、言葉とは即ち神であった。
ゆえに全ての言葉には、須く意味がある。
ゲレグとは、アマゾネス達の言葉で『光』を意味した。
母はきっと、アマゾネスの『新たな光』を思ったのだ。
「ゲレグ。きみはきみの思うままに、光の道を歩みなさい」
「──はい。」
ゲレグは、己の光を信じる事にした。
母からの最初の贈り物を、今だけは大切にしまっておこう。
ゲレグの光へ向かう旅は、今この時から始まった。
(さようなら、お母さん)
だから祈ろう。さよならを言おう。
旅立つ前に、交わせなかった最期の言葉を……。
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