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終末世界でさよならを  作者: 紺山ルビ
第一章 〝生き残った忌み子〟
14/15

#14 貉

 幼くして、ゲレグ・ゼルネレスは世の不平等に諦観していた。

 外へ出れば石と罵声の雨が降り、母から呪法を学ぶのにも人目を憚らねばならない。異端を厭うアマゾネスの小根をこそ、ゲレグは厭うていた。

 大昔のご先祖さまがどうたらの話なんて、耳にタコが出来るほど聞かされたし、それについては可哀想とは思った。だが、その話から得られる教訓を重視し過ぎるのはどうかとも思っていた。

 古臭いだけで意義は無く、それはもはや盲信の対象と化していた──少なくともゲレグはそう思っていたからだ。


 アマゾネスの一番古い祖先であるアマゾンは、天使達によって生み出されたネフィリムだった。

 神の御姿を模倣し創られた生命をヒトと呼ぶのだが、そう言う意味ではアマゾンは形だけは神に近く、天使達に大層気に入られ、それはそれは()()()()()()扱われた。

 まず手始めに痛覚の耐性及び修復力の検証が行われた。魔臓の有無及び呪法使用の得手不得手の確認も行われたが、彼女は魔臓が小さく、〝鼓舞奮心(ウォークライ)〟程度の簡単な呪法しか使えなかった。

 生殖に適した体にまで成長すると、続いては繁殖能力の検査だ。オーディナルだけでなく、彼女とは別のネフィリムを交配させる実験も計画されていたが、度重なる実験で精神状態が不安定だったため、この件は見送られた。

 暫定的に食料としての価値があるかどうかを確認されそうになり、そこをゴブリンの祖先であるガフに救われ、そして二人は恋に落ちる。

 ガフもまた、悪魔陣営によって創られた存在であり、その境遇はアマゾンと合致するところが多く。

 傷の舐め合いで始まった関係は、いつしか結びを紡いでいた……それが、古くから伝わるアマゾネスとゴブリンの起源だ。


 だがアマゾンが天使達に受けた傷は深く、ガフの存在があっても癒せなかった。晩年は精神の病を患い、妄執と幻覚の中、苦しんで息絶えたという。

 それなのに、アマゾンの子孫達は、彼女の死を悼む暇も与えられなかった。

 なぜなら《神の堕ちた日》以降の暦であるクネウム歴一〇〇年までは、《混沌戦争》の戦火の影響が顕著に現れた人類史最悪の時代であり、そしてアマゾンの死因はそれに起因するものだったからだ。

 当時の自然界は戦火の影響で常に絶滅の危機にあり、更に大量のエーテルの活性化による汚染で、生態系が乱れに乱れ、生物は大飢饉に見舞われた。

 失墜した天国と浮上した地獄付近の土地は、戦争から二〇〇〇年経った今でも草一本も生えないほどだと言えば、その熾烈さが分かるだろう。

 そしてその大飢饉は、ヒトにとっても例外ではなく。

 ゆえにアマゾンは、飢餓で死んだ。

 アマゾン以外のアマゾネスも、大量に。


 生き残った者達は、アマゾンの血を存続させるための手段として、『強き』を重点に置くようになる。

 何事にも強くあれ。力こそがアマゾネスの生きる道だと、やがて信仰するようになる。

 そこに、教訓を見出そうとする。


 だが──力の信仰は、年を越すごとに、その意義を見失っていく。


 かつてのアマゾネスも、研鑽に際し選り好みをするような事はなかった。エーテルに始まる呪法や祝福の研究も、日進月歩に励んでいた。

 しかし、アマゾンの死因となったエーテルと、それに連なる技術を厭う者が現れる。エーテルを嫌悪し、それを使う者共を悪とし、穢れとする者達が。

 なまじそのヒトには立場があり、そして賛同者も多かったために、アマゾンが使っていた〝鼓舞奮心(ウォークライ)〟だけを除き、それまでのエーテルの研究は葬られる事となる。


 それを皮切りに、アマゾネスはどんどん排他的になっていく。

 呪法や祝福を、自らの肉体のみで耐えるべきと幼くから鍛錬を積ませ、エーテルの研究に興味を持ちはじめる者共を、その考えを改めさせるまで痛めつける。

 痛みがなくては覚えない。覚えないのなら痛めつけるしかない。ゲレグも、痛みを知る者の一人だった。

 クネウム歴五〇〇年頃になれば、完全に他文化を受け入れなくなり、他種族を排斥し、あまつさえゴブリンも年に一度だけしか会えないようにした。

 異端者は存在してはならない──そう言わんばかりに、徹底して魔女狩りが行なわれる。


 そうしていくうちに、遂には──自らの種族さえも追放するようになっていた。


 年に一度、ゴブリンと合同での成人及び婚礼の儀が行われる。お見合いを兼ねた親善試合のようなものだ。

 ゴブリンとアマゾネスで試合を行い、勝者は敗者の生殺与奪を得るのだ。……とはいってもそれは、()()()()()()()()()然程物騒なものではない。

 成人したアマゾネスは、左頬に刺青を彫り、親善試合に勝利すると両頬に彫って貰える。その者は強者として尊敬されるが、敗者は右頬を彫って貰えず、まさしく奴隷のごとく粗雑に扱われる事になる。

 酷い負け方をした時は《集落》からも追い出され、二度と帰れない。

 一歩でも足を踏み入れようものなら、命を刈り取られる事を覚悟せねばならない。

 これまでどれだけのヒトが、その所為で故郷を追われたか……それでも古株達は、殺されていない事はまだ温情だと言わんばかりだった。


 ゲレグ・ゼルネレスは、そんな環境の隅っこで、ひっそり生まれた。


 母はアマゾネスにしては寛容で、そして外の世界に精通していた。若気の至りで、一度だけ《ガルガンチュア》に行ったことがあったゆえだろう。

 帰った時、頭部が変形するほどの拳骨を貰ったと語った。

 母はいつも、《集落》の外の文化を嬉々としてゲレグに話した。母は《集落》随一の天才だったが、《集落》から出たために村八分になった事を考えると、変人気質の方が強いのかもしれない。

 だが格闘術や植物の知識に長けただけでなく、ゴブリンが使う呪法を一目見ただけで模倣出来たし、一度使った呪法は無詠唱で発動出来るほどには天才だった。

 結局それらをひけらかす事は無かったが、ゲレグにだけは使って見せ、ゲレグがそれらを発現すれば、母は大いに喜んだ。ゲレグもまた、母から褒められる事を嬉しがり、呪法の習得に精を出した。

 〝鼓舞奮心(ウォークライ)〟の訓練がつらくて泣きついた時も、異端の子ゆえに石を投げられた時も、母の言葉を思い出して耐えていた。

 つらい事だらけの日常でも、母と共にいる時だけは、ゲレグは幸せだったのだ。


 しかしある時、ゲレグの堪忍袋の緒が切れた。

 徒党を組んだ同年代のいじめっ子達に、もう何百回目かも分からない嗜虐趣味の吐口にされた時、次いで母親の事を侮辱されたのだ。

 ゲレグは争いを好まず、何をされてもやり返さなかったが、大好きな人を侮辱されて黙っていられるほど非人情でもない。

 引っ掻き、髪を引き千切り、噛み合う。

 これだけならよくある子どもの喧嘩で済んだかもしれない。


 だが相手が、そしてゲレグは立場が頗る悪かった。

 要点は三つだ。まず一つ目に、ゲレグは異端児の子どもという忌まれ蔑まれる立場にあった事。

 二つ目は、いじめっ子達が途方も無く狡賢く、大人や老人達を言いくるめようとした事。

 三つ目、そしてそのいじめっ子達を利用して殺害した後、全ての所業をゲレグに擦り付け、異端者を追放しようと目論む者がいた事……これが一番大きい。

 純潔に力を追い求めない異端のアマゾネスが、純粋な子どもを殺害したとなれば、ゼルネレス一家への不満は一気に膨らみ──そして、破裂した。


 半日と経たず広まった噂に、《集落》の人間全員が決起し──その決起を、ゲレグの母は読んでいた。そして、己の運命を悟った。


 ──良いか、ゲレグ。《古都ガルガンチュア》を目指して逃げろ。


 ──そして、《酒場》を頼るんだ。


 ──《酒場》はきっと、お前の事を助けてくれる。


 託すように、諦めるように、母は娘へそう伝えた。


 母は娘を導き、娘は母を追いかける。

 だが逃走劇は始まらない。

 《集落》の外に出る直前になって、二人は捉えられた。


 母は、近年のアマゾネスにしては珍しく、婚礼の儀でゴブリンに勝利していた者の一人だったし、何より他のアマゾネスにはない多種多様な呪法というアドバンテージがあった。

 それでも、一人対集落の人間全員という圧倒的不利に、母は大敗を喫した。

 一秒の時間稼ぎにすらならなかった。

 実力は、計画された物量を前に押し負けたのだ。


 二人して押さえつけられた時、母の最期の瞬間。


 何を言っていたっけなあ。


 それだけが思い出せない。


 ただ、その後の事は思い出せた。


 喉を掻き切られて、首を毟り取られて、


 頭の中で何かが切れて。


 母から教わった、〝剣舞刃轍(グラディウス・ロンド)〟で──


 何もかもをぶち壊して、


 そうして、《集落》は滅びた。

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