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終末世界でさよならを  作者: 紺山ルビ
第一章 〝生き残った忌み子〟
12/15

#12 切り札

 バブ=イルの剣術は独学で編み出されたものだ。

 彼には師とする者がおらず、その動きには一定性、つまり『型』と呼ぶべきものが無かった。

 謂わゆるところのバブ=イル流剣術の理念とは、ただ『勝つ事』。

 勝利するためならば、逃亡も搦手も容赦無く使い、それを至上の理とする……言ってしまえば、卑怯者の剣だ。


 少なくとも二千年前、その流派を立ち上げた時──否、我流で鍛え始めた時はそうだった。


 やがて友と呼び合える相手と出逢うと、着々とその鋭さを増していくようになる。

 ただの一つの曖昧な『理念』に、少しずつ『理論』が加わっていく。

 師なくして弟子は無いが、弟子なくして師も無い。

 バブ=イルにとって、その相手こそが師同然だったのだ。


 そうして研鑽を重ねる事二千年。

 ただ愚直だったその手には、理が握られていて。

 遂にバブ=イルの剣術は、人界最優の武術の一つとなっていた。


「くぅっ……!」


 ロナークが攻撃に使っていた五〇の触手は、今や二〇も無い程にその数を減らしている。

 地を見ると、そこには、役目を果たせず絶えてしまった触手が斬り飛ばされていた。ざっと四〇以上はあるが、どう見ても、先に繰り出した本数と合っていなかった。

 その理由は、ロナークを支える触()の数が先より減っていることから分かるだろう。

 ロナークの触腕は、その一本一本を自立して動かせるほどの精密さを持っている。腕一本につき一つ脳が備わっているようなものだ。伸縮硬軟自由自在の鞭あるいは槍となる腕が、超高密度かつ超高速で飛んでくる事を考えると、為す術はないように思えてしまうだろう。

 しかしその触手達は、ロナークがここぞと言う時に見せる直情的な性格さえも由来してしまう。

 ゆえに意表を突くようなテクニカルな使い方が出来ておらず、そして愚直に飛んできたその腕を、バブ=イルは着実に一本一本処理して行ったのだ。


「ハァッ……!」


 だがバブ=イルも無疵というワケにも行かないようだった。

 見ると、新調してもらった真紅のローブは既に穴空きさえも目立つようになり、更にはその躯体にさえ風穴が空いている。ロナークが付けた数多の傷跡は痛々しくバブ=イルを蝕んでおり、もはや、己の血液でローブを紅く染めている状態だ。

 その一歩は、脚を軋ませる。

 その一手は、腕を乖離させる。

 先の触手による鞭打の弾幕は、確実に、バブ=イルの『今回の』命を削っていた。

 ……だが、その痛みがいかに常軌を逸していようと、もはやバブ=イルは止まれない。

 自分が奪った命の方が、もっと痛かったはずだから。


 両者が睨み合う。二者間に、呼吸を整える隙は無い。

 レェザラの参戦が無ければ、の話だが。


「よぅ、苦戦してっか、ベビーちゃん!?」

「ワケないでしょう……そっちこそ、随分長い休憩でしたね!」


 互いに軽口を言い合いながらレェザラがバブ=イルに合流し、そしてロナークに相対する。


 〝治癒(ヒーリング)〟の呪法は、悪魔達も使用できる。ロナークともなれば、無詠唱での発動さえも可能だろう。

 だが〝治癒(ヒーリング)〟は、失われた器官丸ごとの修復を想定していない。

 ゆえにロナークには、現時点での失われた魔臓の修復方法がない。

 悪魔にとって、戦闘中に魔臓を潰されるという事は、それだけ自身の力が弱まり、劣勢になるという事に他ならないのだ。

 勝負の天秤は、バブ=イルに傾きかけていた──


「よもや、卑徒如きにコレを使わねばならんとはな……!!」


 ──ロナークに、切り札が無ければ。


「試練の零番、無謀の(がけ)

 焔々の三番、怠惰の(こう)

 炭屑の六番、誘惑の(みずち)

 逆様の九番、灰の雲耀(うんよう)

 祝されぬ我らが十八番(おはこ)の九。

 ──〝隠者の濃霧(ハーミット・ミスト)〟……!!」


 その呪法の正体を、バブ=イルは知っていた。


「拙い……! レェザラ、目を閉じて呼吸を止めなさい!」

「あ? 何んぐっ!?」


 バブ=イルの言葉の真意を測ろうとするレェザラの口を手で塞いだ。


 エーテルの粒子を操り、ロナークは足元に円陣を形成する。長い年月をエーテルへ向き合ってきた者は、こういった芸当さえも可能にするのだ。


 二重の円と、それらに接する四つの数字を内包する円。そして、正方形で繋ぐ環。


 調和したサイクリック・スクエア。


 ロナークが誇る最大の儀式の用意は整った。


 ──爵位を有する悪魔の基準の一つに、『大呪法を唱えられる』というものがある。ガーラのオリジナルである〝全地鳴動(グランド・グラスプ)〟のような、比較的近年に作られたものではない。

 古くから悪魔達にのみ伝わる、()()()二十二番からなる大呪法。

 爵位持ちでも、()()()()()()()十八番までしか唱えられない禁呪。

 その九番目が、この〝隠者の濃霧(ハーミット・ミスト)〟だ。


 ロナークが唱え終わったその瞬間──バブ=イルとレェザラの視界から輪郭が消える。その白に歯向かうように、直ぐに瞳を閉じた。


 世界が、濁った白色に染まっていく。


 上空から見下ろした時、《集落》全体が、まるで煙にも似た濃霧に包まれていた。


 《集落》の中、バブ=イル達の戦闘を遠目で見ていて、その霧を吸った、とあるネズミがいた。

 それは、弱肉強食の生態系では下から数えた方が早かった、なんて事の無い、ただの一つの小さな生命だった。

 そのネズミは、《集落》付近の樹木の中に巣を作っていた。ゆえに激しい戦闘から逃れんと、その巣穴から這い出てきていたのだ。


 ネズミは、不意に現れたその濃霧を吸い──


 そして、二度と息を吹き返さなかった。


 〝隠者の濃霧(ハーミット・ミスト)〟。

 毒性……否、もはや細菌に近いものを発露したエーテルを混ぜ込んだ濃霧。

 視界を奪うだけでなく、霧を吸い込んだ者の命を蝕み、体内へと急速に澄み渡らせ、そして死に至らせる。

 二人はその霧の濃さゆえに、ロナークの姿どころか、互いに互いの居場所さえも見失ってしまった。早々にレェザラの口を押さえていなければ、バブ=イルは確実に彼女をも喪っていただろう。


(早く、〝威風(ブラスト)〟の呪法を……!)


 ……しかし、霧は体内だけでなく、体外でも微弱ながらに効果する。

 ヒトは痛みに耐える訓練をしていても、内臓だけはどうしても鍛えられない。体外だから耐えられているこの微弱な痛みの連続を、例えば肺の中にそれを許容してしまったなら、どうなるか分からない。


 バブ=イルが亡き神にかけられた呪いの名は〝矛盾律(タナトス)〟。

 これは、被呪者の命が終わる時、被呪者の思考に応じて、その効果を発揮する不死の呪い。

 正しくは、不死というより『遡行』の性質を持つ。バブ=イルに髭や髪がボサボサに生えているのはその所為だ。

 死ねない、という意味では不死そのものだ。

 だが〝矛盾律(タナトス)〟は、『被呪者の状態を呪いをかけられた時点まで戻す』という性質を有した『不死』なのだ。

 そして、遡行が効果するのはあくまでも『バブ=イルの性質を有するもの』に限られる。死因となった病気や細菌といったものは、そのまま体に残ったままなのだ。

 死んでも元通りになるバブ=イルでさえも苦しむ事になる。


 そう言う意味で、〝矛盾律(タナトス)〟は〝隠者の濃霧(ハーミット・ミスト)〟と頗る相性が悪い。

 加えてバブ=イルは、〝矛盾律(タナトス)〟以外の呪法や祝福の発動を、凄く苦手としていた。

 それはもう、『円陣を描き、詠唱を行わなければ』、満足に展開できないほどに。


 レェザラに唱えさせるのは、バブ=イルにとって論外の事だ。自分が死ぬのならまだしも、レェザラは死なせられない。

 自分以外のヒトは、死ねばそこで終わりなのだから。

 ……万策尽きたか──


「過ぎる陽、終わる宵!

 追いつかれぬまま追い越していけ!

 ──〝威風(ブラスト)〟!」


 ──と思ったその刹那、バブ=イルは後方に衝撃を受ける。

 吹き荒ぶ旋風は、バブ=イルの周辺にあった死の霧を発散させ、十分な呼吸をレェザラに齎した。

 レェザラが発動してくれたのだろうか、とバブ=イルは一瞬思ったが、先まで彼女は己の手で顔を青くしていた。『殺す気かテメェ』と視線で訴えて来て──と、そこまで分かって、二人はハッとさせられ、後ろを向いた。


「まさか、ゼルちゃん……!?」

「ひう゛ぅ、ゲホっ! ゴボッ!」


 〝威風(ブラスト)〟の呪法で極小の台風を作り出したのは、先ほどレェザラが逃走を促したはずの、ゲレグ・ゼルネレスその人だった。

 肺の中に流入した、霧に混ざる細菌状態となったエーテルが、ゲレグの細胞や組織、果ては気管に至るまでを次々破壊していく。咳とともに、ゲレグは大量に喀血してしまった。


「っ──〝解毒(リベレイト)〟!!」


 レェザラが〝解毒(リベレイト)〟の()()を発動していなければ、ゲレグの命は無かっただろう。

 ゲレグは今、フラフラになりつつも、どうにか意識を保っている状態だ。


「バカな、ゼルネレス! なぜ……!」

「っ……焚べるは心臓、燃やすは魂……!

 一片の使命を手放すな……!!

 ──〝鼓舞奮心(ウォークライ)〟!!」

 

 レェザラの〝解毒(リベレイト)〟は助かったが、バブ=イルの心配は今はいらない。

 そう断じ、ゲレグは忌まわしき〝鼓舞奮心(ウォークライ)〟を、完全詠唱で発動する。

 同胞を殺害する要因となってしまった、忌々しい呪法。だが、現状を打開する方法も、これ以外に無い。


「バカ、逃げろっつったろ!」

「嫌です……!」

「はァ!?」


 レェザラの叱責に返すように、ゲレグも叫ぶ。


「罪の重さも、罰のつらさも、何だって受け入れます!

 もうこれ以上、誰も死なせたくないんです!!」


 空っぽだったはずの心に残っていた、最後の感情を吐露する。

 失ったがゆえに得たものを。

 ──止め処ない怒りを。

 己への、怒りを。


「ぜエッ。あの伯爵は、何でか私の〝剣舞刃轍(グラディウス・ロンド)〟の事を知っていました! 多分、エーテルか呪法のどっちかを探知出来るんだと思います!

 今の〝威風(ブラスト)〟と〝鼓舞奮心(ウォークライ)〟も、きっと探知されてるはず!」

「──!」

「──私が『目』になります……! 次の攻撃、見切って見せます!! 二人は、そこを反撃してください!」

「……!」


 ゲレグが発露した、〝鼓舞奮心(ウォークライ)〟を発動中での『未来視』という切り札。

 フィジカルを資本とするバブ=イルと、搦手の対象を見失ったレェザラに残された、最後の手立て。

 この現状を打破するには、これしか方法がない事は、二人にも分かっていた。


「くそ、それしか無ェか……!」

「……頼みます、ゼルネレス!」

「はいっ!」


 いつ何時でも奇襲に対応出来るよう、三人で背中を合わせる。


 自身の体さえも見えなくなるような濃霧に、一筋の光明が差す。


 それが希望なのか、あるいは絶望なのか。


 どちらにしろ、切り札は切られたのだ。


 果たして──

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次回クライマックスだぜ。

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