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終末世界でさよならを  作者: 紺山ルビ
第一章 〝生き残った忌み子〟
11/15

#11 生き残った忌み子

 バベル。

 それは、かつて二千年前、世界を一変させた事変《神の堕ちた日》の首謀者とされる男の名であり、天国の神と地獄の魔神を相打ちに至らせ、世を『混沌』に陥れた者の一人。

 神の喪失による秩序の維持が無くなった事で失われた命や種は計り知れない。ヒトだけでなく、ありとあらゆる生命が、絶滅の危機に瀕し、そしてその多くは絶滅したのだ。

 さしものゲレグも、その名前だけは知っていた。


「バベル……って」

「その名を聞くのは、何十年ぶりでしょうか」

「吐かせ! たかだか神の門前へ辿り着いただけの愚図が……!!」


 だが、バベルという男は()()()()()

 バベルとは、本来の言葉の形であるバブ=イルが訛り伝えられた異名であり、歴史の研究が進んだ現代においては、初等教育で正しくそれを教わるほどに、当たり前の常識となっていた。

 

 それでも、《酒場》の統領バブ=イルは、その忌み名を訂正する事はない。


「《神の堕ちた日》以来、我らはずっと争い続けてきた。各々が、各々の信ずる神の仇を討つために……!

 貴様のために、一体幾つもの命が枯れ、消えていったか!!

 なればこそ、私は貴様を屠らねばならん!! 我が神の仇を討つ、絶好の機会ゆえな!!」

「──混沌に世開けのあらんことを」


 愛刀の木剣を構え、警句を唱える。

 悪魔の伯爵と、ヒトの王との戦いが幕を開けた。


 攻めるバブ=イル、動かずとも()()()()()()()()()ロナーク。

 見よ、異形の黒き細腕は、バブ=イルが走り出すと同時に繰り出され、数瞬もしないうちにその躯体を貫くだろう。

 だがバブ=イルとて、伊達に二千年を生きていない。贖罪のために、バブ=イルはありとあらゆる事に手を出し、そして極めていった。

 剣術は、バブ=イルが一番最初に極めんとしたものだ。


 ──五〇を遥かに超えるその触手を、五〇を遥かに下回る剣尖で迎え打つ。

 剣術とは何も、剣のみで戦う事を指すのではない。己の躯体を駆使せねば、剣などただの棒に過ぎないのだから。

 少ない動きで、最善の道を彼は往く。

 傷はある。だが痛みへの揺らぎはない。

 これ以上の痛みさえ、二千年も前から受けている。


 その道中、レェザラを気遣うようにバブ=イルは口を開いた。


「レェザラ、きみ、骨を折っているでしょう!」

「……ケッ、何で分かるんだよ」

「千年以上の付き合いですのでね!

 一分でどうにかしてください!」


 その言葉を皮切りに、レェザラは顔を顰め、青くし、その美顔から脂汗が滲んでいく。手で押さえている右の肋の部分こそが、まさしくバブ=イルの言っていた、レェザラが骨折している箇所なのだろう。

 やがて立つのもままならなくなり、木を背にして座り込んだ。


「くぅ……っ」

「レェザラさん!」

「心配すんな……へっ、これくれェどーって事ねーよ。

 オレにとっちゃ、死ぬ事以外は全部かすり傷と同じなんだわ」


 事実その通りだ。

 《樹人族(エルフ)》は、『動物』というよりは『植物』としての性質が強く、《旧人類(オーディナル)》よりも再生・癒合能力に秀でる。

 脳細胞が全滅していない限り、どんな怪我であれ必ず治る。例えそれが、脳の次に大事と言える心臓の欠損であれど。

 だが今は身体を万全に戻すような、そんな儀式が必要だ。


「血潮、息吹、鋼鉄の楔、薄氷の道筋。

 五つの幹、二十一の徒花。

 過ぎ去った安息、残った(くら)荊道(いばらみち)

 我は汝らの眠りを妨げる者。

 我は汝らに死の超越を(もたら)す者。

 汝の運命は、汝が手の上。

 ──〝治癒(ヒーリング)〟」


 千年もの時間を鍛錬に費やしたレェザラは、大抵の呪法なら無詠唱で発動出来る。ただし、この〝治癒(ヒーリング)〟だけは、必ず詠唱を挟むと決めているのだ。


 呪法にしろ祝福にしろ、いかに簡易的とはいえど、奇跡を起こすための全ての行為は即ち『儀式』だ。

 そして儀式には、必ず『贄』となる物が必要になり、その贄をいかに少なくするかが鍵となる。

 だが儀式には『成立しようとする力』が存在する。

 その力は、どのような儀式であれ関係なく作用するのだ。

 『贄』が足りないのなら、別の所から持ってくる他ない。

 たとえそれが、現状を悪化させる結果になるとしてもだ。

 レェザラが開発した〝治癒(ヒーリング)〟は、ヒトの命に関わる呪法。儀式の結果次第では最悪命を落としかねないからこそ、その六節から成る長い詠唱は、レェザラが定めた発動における最低ラインなのだ。


 エーテルが活性化し、レェザラの細胞を刺激する。

 〝治癒(ヒーリング)〟には、細胞への微弱な刺激により活性化を促し治癒能力を向上させるといった、繊細な術式が編み込まれている。加えて脳内物質の強制分泌により、苦痛を和らげる効果もある。

 だが、例えるなら、体の中に住まう虫が、自分の意思とは関係なく激しく蠢いているような感覚は、この呪法を作った本人でさえ慣れるものではない。

 苦痛とは別の意味で顔を歪めるレェザラを見兼ね、ゲレグが側に寄る。しかし、視線はレェザラと別の所を行き来しているのが見ていて分かった。


「……気になるか、ベビーちゃんが」

「……はい」

「だろーな」


 レェザラ・エルフィンは、エルフの中で二番目に長く生きたヒトだ。物心ついた時から、レェザラはバブ=イルと共にあった。

 ゆえに、バブ=イルのルーツのほぼ全てを知っている。何をして、何を見て、何を感じてきたのかの全てを、痛いほどよく知っている。


「──かつて一人の馬鹿な男が、神サマに直談判をしに馬鹿デケェ塔を建てて天国に行った。

 男は、神サマに文句の一つ言って、そんで終わりだった。それだけだったんだ。

 ……神サマは、アイツになんて答えたと思う?」


 男はただ一つ、たった一人の弟の事を聞きたかった。

 男の弟は、幼くしてその生涯を終えている。当時流行っていた、肺の中に水が溜まる病によってだ。

 今では治療法が確立され、薬まで存在するが、かつては不治の病の一つだった。

 弟はそれに幼くして罹り、治療法も無いままに、苦しみながら死んでいった。齢は、まだ十にすら満ちていなかったのに。


 全ての生命は、神の産物。

 ゆえにその運命は、神の手に委ねられている。

 そして生命がその命を終える時、魂は神の下へと還るのだ。

 そう信じられてきた。実際、男もそう信じていた。


 だがどうだ。

 弟は十歳を迎える遥か前に病床に伏せた。


 毎晩眠らずに神に祈った。

 毎日薬草を摘みに行った。

 羊を屠り贄を捧げた。

 打てる手は全て尽くした、その結果がこれだ!!


 はっきり言おう。

 この時から男は、神を心底憎んでいたのだ。


 そしてその執念の結晶こそが、彼の建てた〝塔〟だった。

 やがて男は〝塔〟を登りきり、神の麓へと辿り着いた。


 神に問うた。

 弟は、なぜ幼くして死ななければならなかったのかと。

 その真意を聞きたい、と。


 神は答えた──


「──『暇つぶし』だとよ」

「ッ……!?」

「しかも逆ギレして、アイツに『呪い』を掛けたんだ。

 ……ハッ、笑えるぜ。神サマの正体は、そんなしょうもねェ小物だったってこった」


 レェザラは、そんな神を嘲笑った。

 レェザラも、そんな神が嫌いだった。


「しかもそこを、かつての熾天使……今で言う魔神サマに目をつけられたんだ。

 そんで、まあ色々あって、神サマと魔神サマの一騎打ち、んで相打ち。そん時に、神サマと魔神サマの血を浴びて、アイツは無限と同じエーテルを手に入れた。

 最悪の組み合わせさ。『呪い』も立派な『儀式』だ。『()()()()()()()()()()()()』に、その『呪い』ためのエーテルが有り余ってんだ。負の無限ループがずーーーっと繰り返されるんだよ。

 そんでもって、神サマと魔神サマを殺したのはアイツのせいだって決めつけられて、しかも世界もブッ壊れる始末だ……」


 全ての真実(混沌)は、バブ=イル自身が招いた。

 だが、バブ=イルはその真実から逃げなかった。

 逃げる事が出来なかったから、というのもあるが。


 混沌によって失われた命への償いのために、無限の命を使うと決めたのだ。


「……アイツだって、こんな混沌を望んだわけじゃない。

 実際悪いのは、アイツに不満溜め込ませたクソみてえな神サマと、アイツを利用した魔神だ。少なくともオレはそう思う。

 けど、アイツはそう思わなかったんだろーな。

 だから、《酒場》や《古都ガルガンチュア》とかの、人類の重要な施設や概念……その成立の裏には必ずアイツがいる。

 アイツはな、ずっと責任感じてんだよ。自分のせいで、世界の秩序と理を破壊したんだってな」


 それこそが、バブ=イルが本来の名を名乗らない理由だ。

 《神門》という大層な名は、かつての神から賜ったものであるが、同時にそれをひけらかす事は赦されないと命ぜられた『呪い』でもあった。

 だが、バブ=イルは自らの意思で、与えられたその名を名乗る事を禁じた。


 それこそが、己に課した『全ての怨讐を被る罰』なのだから。


 その過程で、どれほど石を投げられようと。


 その結末で、笑って『さよなら』を言うために。


 バブ=イルは、その剣を取る。


「ゼルちゃん。お前とアイツは似てる。規模は違うけど、境遇は同じなんだ」

「っ……」

「お前がこれからどうしたいかは、まず逃げてから考えろ。

 ……さあ、行け」


 そう伝え、レェザラは再度戦いに身を投じる。

 この間実に一分四〇秒、レェザラはたっぷり休憩したのだった。


 一方で、ゲレグも立ち上がった。

 だが、足を動かせなかった。

 物思いに耽っていた。


 かの統領は、数え切れないほどの命を奪い、それゆえに詰られていた。今は《酒場》の皆々に慕われるほどにまでなったが、そうなる前は、どれほどのヒトから石を投げられたのだろうか。

 どれほどのヒトから、(なじ)られ続けて。

 ……それなのに、なぜ今も戦っていられるのだろう。

 二千年もの間、ずっと戦っていられるのだろう。


 ゲレグは、バブ=イルの事を知りたがっていた。


(……ごめんなさい、お母さん。

 ごめんなさい、皆。

 私は臆病者で、卑怯者で、どうしようもないけれど)


 思い出すのは、ろくでもない思い出ばかり。


 詰られ、殴られ、石を投げられた記憶。


 それでも、捨ててはいけないものがある。


(もう少しだけ、生きてみる事を赦してください)


 ──ゲレグはとうに、己が生き様を決めていた。

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