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終末世界でさよならを  作者: 紺山ルビ
第一章 〝生き残った忌み子〟
10/15

#10 真実とは、消えない罪の証

 世界の時が止まったような、そんな静寂が数秒続いた。

 思考を放棄したくて、でもそれが出来るほどゲレグは愚かにはなれなくて。

 まさか。そんな、馬鹿な。ありえない……その言葉だけが、頭の中でループしている。

 アマゾネスの生き方は、ゲレグにとって息の詰まるような閉塞感を味わわせていた。それに不満を覚えていた事は認める。

 そしてその生き方を強要してきた、自分を否定する人々を嫌っていたのも。

 けれど、死んで欲しいだなんて思った事はなかった。殺したいほど憎いだなんて、一瞬でも考えた事はないのだ。

 ゲレグが捻り出した言葉は、しかし虫の声のように小さく。


「な、にを……言って……」

「ん? おかしな事を聞くものだ。

 ──これらを屠ったのは、貴公だろう?」


 だがロナークは、嬉しそうに、この地獄をむしろ寿ぐように、そう紡いだ。

 それを否定しようとして、レェザラも少ない語彙をどうにか絞り出した。


「……はっ、下手なハッタリはよしやがれ。ゼルちゃんはテメェらから逃げて来たんだ」

「私は先ほどここに初めて来た。先行調査の下級悪魔(ナイト)も、事を知って直ぐの夜になってから行かせたのでな」

「悪魔の言葉を信用出来っかよ……!」

「はあ。一から説明しないと分からんのか?」


 一丁前にヒトらしく溜め息を吐きながら、ロナークは触手を用いてレェザラとゲレグに諭し始める。


「つまり、入れ違いなのだ。

 これらの死に我々は関与していない。むしろ、本来の目的は貴公らと同じ──『原因不明なまま絶滅したここいらの卑徒(ヒト)の調査』だ。

 そしてその原因は、先ほど分かった」


 ロナークの言葉に嘘はない。淡々と語るその口調から、それが嫌でも分かってしまう。


「ちが……私、確かに……悪魔に……」

「否である。先行させた下級悪魔(ナイト)に、これほどの力は無い」


 レェザラの疑いは、最悪の形で晴れていく。


「じゃあ何でッ、皆、殴られた跡だけじゃなくて切り傷も!?」

「貴公の使用していた呪法〝剣舞刃轍(グラディウス・ロンド)〟によるものだ。そも、いつ死んでも良い最底辺の下級悪魔(ナイト)に、得物なぞ渡すわけがなかろう」


 手足の甲に付いていた擦過傷は、殴打の時に付いたもの。

 全身に付着していた血痕は、その全てが、同胞の殺傷の際に付いた返り血。


「私は……気絶してたのに……っ!」

「正確には発狂していたのだ。〝鼓舞奮心(ウォークライ)〟は、戦士として訓練を積む事で凶暴化を抑える事が出来るようになる。ここにいる卑徒どもであれば、特段気にならんだろうがな。

 貴公が悪魔に襲われたと勘違いしたのは、発狂が終了した瞬間に、下級悪魔(ナイト)と鉢合わせたためだろうな」


 ゲレグが悪魔と邂逅するまでの記憶が薄いのは、〝鼓舞奮心(ウォークライ)〟の副作用による発狂が原因。

 アマゾネスが幼い頃から始める、いついかなる時も平静でいられる訓練……忌まれ嫌われる立場のゲレグだけは、まだ十全で無かったのだろう。


「〝鼓舞奮心(ウォークライ)〟なんか、私一度も使ってません!!」

「〝鼓舞奮心(ウォークライ)〟は、一人が使えば、その者が『味方と認識している者皆に自動的に掛かる』という、そういう術式になっている。その方が都合が良いのでな。

 大方、貴公の親類か誰かが使ったのだろうよ」


 ……アマゾネスは『己一人の力だけを頼りに生きる』事を何より誇りとし、『誰かに頼る行為』を何より恥としている。近年はその思想が強く、『強い女でないならばアマゾネスの資格は無い』とさえ思っていたようだ。

 レェザラには分からないが、何らかの理由でゲレグを襲ったアマゾネス達は、おそらくそれぞれが自分自身だけにに〝鼓舞奮心(ウォークライ)〟を唱えたのだろう。

 そしてゲレグの親類とは、おそらくゲレグの母親。ゲレグの母は、〝鼓舞奮心(ウォークライ)〟を、ゲレグを守ろうとして発動し……意図せずして、ゲレグにもそれが発動したのだ……。


「…………なんで、そんな事知ってるんですか……」

「私達が、そう作ったからだ」


 ……曇天が晴れた時、空に広がっていたのは深淵だった。

 完全に抜けた腰と、粉々に砕けた意思。

 ゲレグの魂に、もはや感情という名の波はない。

 もはや彼女は、ヒトの形をした、空っぽのナニカだ。


 許しを乞うように、頭から傾れ込む。

 罰を耐えるように、両腕を抱える。

 空っぽになった自分からは、吐き出すものなんて微塵もない。

 それが分かっていながらも、ゲレグは許しを乞う事をやめられない。

 誰もお前の罪を赦しはしないのに。


 全ての真実()は、自分が招いた。

 あまつさえ、その()を忘れようとした。

 己を蝕む全て()から、逃げようとした。


 なら、その報いは、()で受けなければ。


「お母さんも、わたしがころしたの……?」


 けれど、ゲレグには、それ程の勇気さえ無い。


 今更、母の死の意義を求めた所で、


 死んだ人が蘇る事なんて無いのに。


 何よりゲレグ自身が、それを分からないはずもないのに……。


「そうだろうな」

「違うッ!」


 だがレェザラは──《酒場》は、ゲレグの贖罪()を否定する。


「良いかゼルちゃん、これだけは言える!!」


 レェザラはこういう時、上手く言語化する方法を知らない。手先以外は不器用な女だ。

 だからこそ、レェザラの言葉は真っ直ぐに、ゲレグの心を貫く。


 空っぽの心だからこそ、その器は大きく響くのだ。


「お前のおかーさんの首の断面は、無理やり千切ったような傷だった!! 剣のような切り傷じゃねえってこった!!

 分かるか!? お前の事を守るために、ずっと体張ってたんだよ、お前のおかーさんはよ!!」


 レェザラは、少し荒療治に出る事にした。

 ゲレグが《集落》で何をしたのかの詳細は知らない。ゆえにこれは、ほぼゲレグの傷を抉る行為。

 だがその傷の記憶には、確かな思いがあったはずだ。

 不確定なソレを信じるしかない。

 それだけが、《酒場》の一員として最大限に出来る事だった。


「傷つけられて、許せなかったんだろ!? 助けたかったんだろ!?

 ならそう信じてやれよ、まずテメェをよ!!!」


 ゲレグが蓋をした記憶。途切れかけの記録。

 ゲレグはソレを否定したかった。

 希望なんて甘い蜜はいらない。

 ただ、絶望の渦中で死にたいのだ。


 けれど、一度、その蓋を開けて仕舞えば。

 悔恨と怨念しかない《集落》の中に、ソレはあった。


 永別する前の、母との最期の会話を。

 『生きて、《酒場》を頼れ』という、母が示した道筋を。

 記憶の蓋を開けて、大して重みもない箱の底に残っていたのは──母を思う気持ちだった。


 微かでしかないけれど、希望は確かにそこにあったのだ。


 染み出した希望は、やがて涙となって吐き出されていく。


 ああ、それだけは否定出来ない。


 そして、これだけは否定出来る。


 大好きだったお母さんを、自分で殺すような真似などするものか、と!!


「──そうだろ、()()()()()()!!!」

「は?」

「え?」


 ──予期せぬヒトの名前を呼ばれ、ロナークとゲレグは一瞬体を強張らせる。それは、そこにいないはずのヒトの声だった。

 だが二人には相違点があったのだ。


「ぐぅっ……!?」


 それは痛覚だった。ロナークはその風船のような頭部に激痛を感じ、自身の五十を超える手を以て必死に振り払う。

 異物感と激痛は抜けない。内臓をいくつかやられた。それも、失ってはいけない臓器──五つもあった魔臓を三つも。

 聞こえてくるのは、低いのに優しさを含んだ聞き心地の良い声。

 そして、もう二度と聞こえないはずだった声……!


 手に握りしめた木剣は、まさしく彼を象徴する得物──!


「いつになく、良い事を云うじゃないですか。レェザラ」

「カカッ! おっせーんだよ髭ダルマ! ベビーちゃんの名が泣くぜ!?」

「……きみにこう言われるから、あまり死にたくないんですがね」


 レェザラが常日頃ベビーちゃんと揶揄うその人、統領が、何事もなく立っていたのだ。

 ……否、彼が死ぬ前の清潔な風貌はどこにもなくなっていた。

 ゲレグが《酒場》に来て直ぐの、色素の薄い髪と髭がやたらと長い時の彼。

 まるで老人かとさえ思えてしまうほどの毛量の統領がそこにいた。


「統領……さん?」

「……ゼルネレス。きみのしてしまった事は、決して赦される事ではありません。

 だからこそ、きみは生きて罪を償い続けなければいけないのです。

 この私と同じように」


 それは、どこか憂いを含んだ目。その目はロナークの方へと向き、敵意──否、殺意を込めた目に切り替わった。


「……そう、か。貴様……その風貌、思い出したぞ……!」


 ──世界には、地域によって、同じ発音でも意味が異なる言葉がある。

 その一例が《混沌戦争》。

 その由来となった男の名。

 神に与えられ、しかし名乗る事を赦されない(あざな)


「天の戸を叩き、神と魔神の死因となった、あまねく卑徒の先導者……!!」


 本来の姿は、《神門》の意味を持つバブ=イル。

 だがそれは、長い長い時を経て、その本当の姿を失った。

 亡き神の、呪いそのものとなってしまったのだ。


 ただ一人『神門』を叩き、世を『混沌』に陥れたそのヒト──


「バベル……!!!」


 ──それは、古き言葉で《混沌》を意味する。

ずっと統領と書いていましたが、彼には名前がありました。

なぜ名乗れないのか。なぜ誰も本来の名を呼ばないのか。

乞うご期待。

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