2色目
お母さん。どこにいるの。
夕焼けに染まる公園で、必死にお母さんを探す。
お母さんはかくれんぼが上手だった。
一度だって見つけられたことはないもの。
『あなたが19の誕生日を向かえて、それでもまだお母さんとの約束を守れていたら…。そしたら、お母さんに会いに来なさい。全部教えてあげる』
ガバッと、身体を起こした。
キョロキョロと辺りを見回し、声の主を探す。
誰もいない船室。見慣れない部屋。
「また夢…」
いつも見るお母さんの夢。
夕暮れの公園で、いつもと違う様子のお母さんに「そろそろ暗くなるから帰ろう」と、幼い私が手を伸ばす。
伸ばした先には青い立派な龍がいて、こちらを見下ろしていた。
そしてあの言葉を言い残し、お母さんは空に昇っていった。
あれからもう13年。正直顔ももう思い出せないが、あの言葉、あの声だけは毎日のように夢で見る。忘れないでいられるたった一つのお母さんとの思い出。
そんなことをぼんやりと考えていたら、淡い水色の粒が首元のチョーカーから舞い始めた。
今日を逃したら次はいつか分からない、とその光に身を任せれば、瞬く間に部屋中が光で溢れる。
部屋だけでは満足できなくなり、ついには窓を開け、黒い世界へ飛び出す。
器用に尻尾で窓を閉めれば、水色はいつの間にか黒い世界に溶けてしまいそうなほど深い青へ。
青く変わった光は、彼女の胸元に埋め込まれた宝石へ吸い込まれていく。
光が収まったそこには
鈍く輝く《青い大蛇》の姿があった。
『涼しくて気持ちいい…』
言葉にならない低く小さな唸り声。
10数年ぶりの身体につい油断して声を出してしまい、少し慌てて船から離れる。
ある程度ゆっくりと身体をならせば、黒い世界の泳ぎ方なんて簡単。
気持ちよく泳いでいると、前回最後に泳いだ時に聞いた唄が頭の名かで流れる。口ずさもうとしたが、この身体では上手く音が出せず、うねり声を上げるばかり。
その間に船にだいぶ距離を開けられてしまった。
ぐっ、と身体に力を入れれば。小さくなって見えなくなりそうだった船がもう目の前に迫ってきた。
その先に目をやると、自ら発光してるわけでもないのに、遠い遠い太陽のわずかな光を反射して、あわくチラチラと輝く星。お母さんの故郷。唯一の手がかり。
その星の名を『輝氷の星』と言う。
ゴォォオオオオオ…。
聞きなれない音で目が覚める。
着陸に向けて、エンジンを噴かしてる音だろうか。
予定時間にはまだはやいはずだ。なんの音だろう?
ラウンジに行ってニムに聞いてみるか。
ラウンジに行くと、他の乗客も集まっているようで、少ない席がほとんど埋まっている。
そこにはやはり、せっせこ動く黒エプロンニムの姿。
今日も今日とて笑顔で走り回っている。
あれでこそニムだな。等と、訳のわからない事をうんうんと思いながら、いつもの席へ。
席に着くと、すぐに気がついたニムがいつものを運んできてくれた。
「はい、ルヴィーさん、いつもの!」
ことんと置かれるのは、湯気のたつ白い飲み物。
その横には、がくの部分が大きく膨らんだ、半透明の黄色い花が置かれている。
花を見て、俺は驚きを隠せなかった。
ガタッ、と椅子を揺らして立ち上がり、ニムの方を見る。
ニムはにっこりとこちらを向き、『今日でしばらくお別れなので、特別です!』と、口元に人差し指を当てながらウィンクされた。
白い液体の方は『ミルク』だ。今はどの星でも畜産が確立されているため安くなったが、10年前までは100mで1万ファルでも安い方だった。
あの頃はプルトルのばばあに駄々こねて、買ってくれなきゃ仕事しない!って言って買って貰ったなぁ…。
隣の花は、今でも希少な『蜜花』。
この花は、普通の花よりも甘い蜜をたくさん作り、蜜の中に種子を作る。そしてその蜜を糧に、水のない場所で育っていく、まれな植物。
水が多すぎると蜜を作らず枯れてしまい、かといって無さすぎると普通に枯れてしまうので、育てるのが難しい植物、『育成難度4』に指定されている。
土星に花畑があるって聞いて、めちゃくちゃ取りに行ったなぁ…。
本人は知らないが、数年前に、蜜花が格安で市場に出回ったことがある。
それまで、高すぎて手を出せなかった者達が、軒並み蜜花に魅了され、今では色んな星で研究が進んでいて、少し安くなってきている。
「この船で蜜花が出てくるとは思わなかった…。」
と、誰にでもなく呟くと、そうっと蜜花を取り上げ、ホットミルクに流し込む。
白と半透明の黄色が、ゆっくりと混ざっていく。
静かにそれを眺めていると、至近距離から声をかけられた。
「お、おはようございます!もうすぐ到着ですね…!わ、私、その、他の星は始めてでして!どんなところなんでしょう…?」
おどおどキョロキョロとしながら、それでもワクワクを隠しきれず、興奮気味に近寄ってくるリイサ。
青い髪の毛と青い瞳、色白の肌だけ見れば普通に綺麗なのだが、表情が全てを台無しにしている。
おまけに、今日は髪の毛がボッサボサだ。
「ふっ…」
思わず少し息を吐けば、目の前の青い彼女は、なぜ笑われてるのかわからない、と言わんばかりに口を尖らせている。
あまりにも芸術的な爆発っぷりに加え、その表情こそ、実験に失敗して拗ねてるようにしか見えず、さらに俺のツボを刺激する。
「ははっ…あはっ……はっ…」
喉が枯れているのであんまり声は出ないが、久しぶりに腹を抱えて笑った。
周りからの視線が痛いが、そんなことより目の前の実験に失敗したバ科学者の方が面白くて止まらない。
ふぅ、とため息をついて落ち着いた頃には、ホットミルクからの湯気は無くなっていた。
「こ、この頭は…。今朝、お風呂を借りた時に備え付けのシャンプーを使ったらこんなことに…」
うぅ、とあからさまに凹むリイサから事情を聞かされている間に、ニムが暖め直した蜜花ミルクを俺に手渡してくれる。
熱いのが苦手な俺のために、冷まさなくても飲める、けど温くない絶妙な暖かさ。
「あ、そういえばルヴィさん、今朝マスターから通信がありまして。『その依頼、こちらに来てからもう一人合流するから、着いたらすぐ顔を出せ』ですって。」
もう一人…?依頼内容はリイサの母を探すだけでは…?
怪訝に思いながらも「承諾した」と伝えれば、ニムはまた他の客に笑顔を振り撒きにいった。
これは…ゆっくりできるのは今日までか…?
とため息をつきながらちらっと横を見れば、当のリイサは真剣な面持ち。
だが、それさえもが失敗した実験の原因を悩んでいるようでまた、ルヴィの腹が苦しくなる。
その日のラウンジは、ルヴィの笑い声と、ルヴィも笑うんだという話題でもちきりだった。
ーその頃□□□□ー
《さぁみなさん、今日が約束の日です。ちゃんと母様へのプレゼントはできましたか~?》
《はーい!》《できたよー!》《母様ー!》
《みんないい子達ね~!さ、順番に並んで頂戴》
一列に並んだ子ども達はみな、手に1つづつ小さな立方体を携え、今か今かと待ち望む。
《今日は私からよ!母様に、お花っていうのを見せてあげたくて作ってみたの!》
《あらありがとうシィ。あなたはいつも母に綺麗なものを見せてくれるわね》
《次はおれ!これはね、これとこれをこうやって…》
子から母への発表会。みな、母を想っての事。
11人まで見せ終わり、母が最後の一人を呼ぶ。が姿は見えない。
また遅刻?と子ども達の間から声が上がるが、母は微動だにしない。
《あの子はもう…中に入るのは禁忌だと…あれほどいったのに…》
ため息と共に子ども達にその子の部屋へ向かわせれば案の定、部屋の中心に小さな球体が転がっているだけだった。