はじめの1色
今日で何日目だったか。
チラッと窓の外を見ながら、出発からの日数を数える。
まぁ、外を見たところで、遠くの星々が微かに輝く、暗い暗い真っ黒な世界しか広がってないんだけど。
窓の外は、どこまでも広がる宇宙空間。
俺たちが乗っているのは、最新の宇宙船。
たしか、どこかの星のなんとかって生物の糞を燃料に動いてるとなかんとか。
糞を使うなんて、ちょっと臭そうだなとかも思ったりした。
でもおかげで、1カ月はかかる移動が1週間ですむんだから、全然我慢できる。
ま、退屈ではあるけど、寝るのには困らないし…。
なにより、いくら寝てても怒られないのが最高…!
たまに起きては窓の外を眺め、資料を読みながら寝落ちし、口うるさい知り合いが呼びに来れば食事を取る。
これが宇宙船での移動中じゃなければ、ただのニート、自堕落すぎる生活。
俺にとっては幸せな生活。だが、この生活も楽なものではない。
宇宙船での星間移動は、恐怖の対象だ。
確立されてない技術で動く、鉄の塊。壊れたら最後、絶対に助からない。さらには、自分達の知らない技術、習慣、所によっては言葉まで。そりゃ、怖がられるに決まってる。
それに、最近は『位置固定瞬間移動』が、コストは高いができるようになったことで、戦争を始めようとしている星もあるとか無いとか…。
こんな噂話でさえ畏怖する人も多い。
そのため、星間移動する者も少なからず嫌われる。
生まれた星で一生を暮らす、外に出るなんて…。当たり前の感覚だし、当たり前の生き方だと思う。
だからこそ移動者は忌み嫌われ恐れられ、星に着くと仕事だけを完遂し、観光などせずすぐ帰路につく。
それでも、一部の物好き、または必要に刈られてどうしても。何かしらの理由で星から出て活動する人がいる。
俗に言う『星々を渡るもの』だ。
基本はみな、必要に刈られて星から出る。
稼ぎ、その星の事情、はたまた人間関係か。
みな、望んで『星々を渡るもの』にはならない。
あたりまえだ。星から星まで、隣だとしても、行くには数週間かかる。
その間に窓から見えるのは、闇。闇。闇。
どこまでもどこまでも続くそれは、人によっては恐怖を感じることだろう。
だが、この小さな主人公は違う。
むしろ、心が落ち着くとさえ感じ、自分もこの暗黒の世界に帰りたいと考えてしまうほど。
この真っ黒な暗闇が好きだった。
「はーい、ルヴィーさん起きてくださいーー!!夕御飯の時間ですよー!!」
いつものモーニングコール。
カランカラン、といつも起こしに来る時に常備している、通称『ルヴィさん専用目覚まし』こと、少し大きめなハンドベルを携えた、口うるさい知り合いが、鍵をかけたはずのドアから、パリィン…という音と共に入ってくる。
「そのドア…鍵かけたんだけど…?」
久しぶりの発声に、少し掠れる俺の声。
鍵が壊されたことに驚き、声を出したら、その声にさらに驚く。自分でもたまにしか聞かないせいか、こんな声だったか?と。
頭に"?"を浮かべながら、ドアの方を見れば、その様子にうるさい知り合いも驚いたのか、目を見開いてこっちを見てくる。
「あらま、声掠れちゃってますね。夕飯のお供に喉に良いもの探しときますね!」
大音量ハンドベルと共にどたばたと来たその知り合いは、俺が起きたことを確認し、またもやどたばたと部屋を出ていく。
出てすぐ、はっ、と思い出したようにこちらに顔だけだ出してきて、ニコッといつもの笑顔で言ってくる。
「あ、二度寝しないでくださいね!?ラウンジで待ってますから!返事はー!?」
返事をするのがめんどくさくて、軽くうなずく。
これでもこの知り合いには伝わるだろうと。
ドアの方を見れば、またニコッと笑ってその知り合いはカランカランと走り去る。
せめて、ベルはしまってから走れよ…。
あわただしい知り合いが、うるさく去っていったところで、やっと身体を起こす。
足を下ろそうとするが、床を見て躊躇った。
最近、寝る前に依頼資料を読んでいたせいで、束ねてあった筈の資料たちがバラバラと。
その下には、片付けるのが面倒で放り投げた服たち。
流石に…資料の上は歩けないな…。
服だけならふんずけて歩いていくのだが…。
と、資料だけ片付けるため、ブレスレットのしてある右腕を少し持ち上げる。
「直して」
呟くその声はやはり枯れていて、自分の声とは思えない声だった。
それでも声に従い、資料は一つにまとまる。
これで、寝る前の状態に元通りだ。
少し資料を読みたいところだが、遅くなるとまたあの知り合いが部屋に凸ってくるので、大人しくラウンジへの支度をする。
流石に寝巻きから外用の服に着替え、深呼吸をし、いつものバンダナを巻く。とたんに気持ちが引き締まり、いつもの澄ました伏せ目の俺が出来上がる。
よし。今日も完璧な顔だ。
ゆっくり準備しすぎたのか、そろそろ夕食の時間が終る頃。
今日は流石になにか食べたいと、焦って少し早足になる。
「おっそぉおおいい!!」
ラウンジの入り口を抜けるか抜けないかというところで、先にあのうるさい知り合いの声がする。
足音も消してるのにどうやってわかるのだろうか…?
匂い…?それとも…発信器…??
などといらない思考を回してる間にも、いつもの特等席には俺用の食事が知り合いの手によって運ばれていく。
「そうだそうだー!俺たちのニムちゃんを困らせるやつぁ~、スパノヴァだって許さねぇぜぇ~??」
「そうだそうだー!」
「だー!…うっ……ぷ…」
カウンター席から聞こえてくるのは、うるさい知り合いことニムのファンたちの声と嗚咽。
相当酔っているのだろうか、普段なら怖がって声すらかけてこない俺に絡んできている。
「こらー!私のルヴィたんになんてこと言うの!あとそこの貴方!飲みすぎです!」
俺用の食事を運びながら、酔っぱらいの相手をするニム。
ニムは、子どもの頃からの付き合いのせいで、気が抜けるとすぐ俺のことをルヴィたんと呼んでくる。
他の人なら殴り飛ばすところだが、ニムには小さい子から呼ばれすぎてもう諦めている。
そもそも、俺のことをルヴィって名前で呼ぶやつの自体が珍しいしな。
そんなことを考えてる間にも、ニムは酔っぱらいたちを捌きながら俺の食事を運びきる。
4人掛けのそこそこ大きな机が、料理で埋め尽くされていた。
いや…流石に多くないか…?俺一人だぞ…?
と思っていたのだが、ニムがキョロキョロと辺りを探している。俺一人じゃないのだろうか?
俺と飯が食べたいやつなんて珍しいやつもいるもんだなと、食べ始めるのを待ってみる。
「あ、いた!ほらー、そんなところでモジモジしてないで!こっちおいでよー!リイサー?」
いつも俺の座る席から、一番遠い席の机の向こう、リイサと声をかけられた、水色の髪の人物。
頭半分しか見えてないため、性別は不確かだが、あれで男だったら情けないやつだと、チラッとだけ見て思う。
「だいじょーぶです!ルヴィーさんは取って食ったりしません!人間食べるほどヤバいやつではないですって!」
…なんか、無性に失礼な言葉が聞こえた気がする。
それを聞いて少し安心したのかしてないのか、恐る恐る、といった様子でこちらを覗いてくる。
バッサリと真っ直ぐ切り落とした前髪、大きく垂れた目は、メガネの奥でうるうると涙を湛えていた。
あわあわ、という表現が似合いそうなくらいパクパクと動く口。首には水色の宝石のようなものがついたチョーカー。
全体的に空か海を想像させる見た目だな…。
ニムに手を引かれ、やっとのことで立ち上がれば、服も白ベースに水色の、風か波かの模様という徹底ぶり。
引かれてきたのは俺の席の対面。
向き合って食べるつもりか…?この俺と…?
でもこの食事の量は、確実に俺の分だけじゃない。
俺は低燃費な身体で、動いた分しか食べない。
だからこそこの宇宙船生活では、2日に1回のペースでしか食事を取らなかった。
「ルヴィーさん、ご紹介しますね!」
と、いつの間にか黒いエプロンを取り、いつもの受付嬢の姿に。
この優秀な受付嬢は、船に乗れば料理人、降りれば依頼の仲介人。一般の小さな依頼から、星間情勢を変えかねない依頼まで。どんな依頼でも、確実に適任者へ仲介し依頼を達成させてしまう、天才受付嬢だ。
「こちら、今回の依頼人のリイサ。実は私のとおーい親戚らしくて!今回はそのご縁もあっての仲介です!」
と、紹介されたリイサ本人は、ビクッと肩を揺らし、目をそらしながら、声を振り絞る。
「ご、ご紹介に預かりましたリイサです…。今回の依頼、引き受けてくれてありがとうございます…!」
「…よろしく。」
と言いながらニムの方をジロリの睨めば、別に聞こえないしいいじゃーん、と口を尖らせてプイッとそっぽを向かれた。
そんな俺とニムの攻防など露知らず、申し訳なさと恐怖とで今にも泣き出しそうなリイサが、また口を開く。まだ言いたいことがあるらしい。
「そのっ、スパノヴァ様が今は本星にいないって聞いて…依頼は無理かなって思ってたんですが…ニムさんがおばさんに掛け合ってくれたみたいで、同じ船に乗せて貰う事ができて…!本当に嬉しく思います!」
おどおどと緊張か恐怖か、半べそで震えながら、でも嬉しそうに一生懸命伝えてくる。それだけ大事な事なのだろう。
あー、だから帰りの船に乗ってすぐニムに資料を手渡されたのか。納得。
資料の最初の方の、依頼人とは既に合流済み、共に行動せよ。ってのも理解できた。
前の任務の為に立ち寄っていた『地球』という星。
その星での任務が終り、帰路に就くためこの宇宙船に乗ったのだが、乗船受付の時に、ニムから新しく、ババア押しの依頼を言い渡された。
その時に一緒に渡された資料が、先程部屋に散らかってた資料。
中身は概ね、今回の依頼内容と報酬、期間と注意事項。
内容と注意事項の欄が理解できず、この6日間、ずっと読んでは寝落ちしてを繰り返していた。
「とりあえず、スパノヴァって呼ぶな。ニムの親戚ってことは、ババアの親戚だろう」
ババアの親戚なら、コードネームで呼ばれたい。ババアの周りは色々と危ないから、安易に情報を抜かれるようなことになりかねない。
「えっ、えっと、その…すみません、他の呼び方を知らなくて…お名前でお呼びするのはおそれ多いですし…なにか呼んでもいいお名前を教えて貰えませんか…?」
『z*』、基本はジースターと呼ばれる、ババア周辺で使ってるコードネームだ。このコードネームは、有名ではあるが、コードネームだけ有名で、中の人物は割れてない一番大事なコードネーム。ただし、これには訳がある。
「依頼の為にも必要になる。契約を交わすことになるがいいか?」
これだけ言えば大抵の人は伝わる。
リイサは少し戸惑いながら、依頼のためとうなずいた。
契約とはその名の通り、だが俺の契約は他とは違う。
普通の契約は、破った相手に罰を与えるものだ。
これを悪用し、奴隷制度を強いている星もあると聞く。
『z*』の契約は、相手が同意した場合、ジースターと発音すると、俺が『z*』だと知らない人には、契約で指定した名前に聞こえる、と言う少し変わったもの。
これのお陰でジースターと呼ばれてもバレることはない。ただし、文字までは変換できないため、数年前の事件の時に、コードネームだけが流出してしまった。
一応、チラッと酔っぱらいたちの方を見れば、もう既に皆それぞれの部屋に片付けられた後らしく、彼らが空けた大量のグラスだけが並んでいた。
ニムはずっとリイサのサポートをしているので、きっとオーナーの采配だろう。ありがたい。
「ちょっとこっちに手出せ」
ブレスレットをしてる右手を、リイサの手に触れない程度に重ね、左手で円を書く。
今回はババア周辺で使ってるのでと、ベルと思い描く。
すると上を向けていた掌に、水のような透明な液体が涌き出てくる。
『契約の液体』
そう呼んでいるこの液体は、お互いの血を少量混ぜ合わせ、お互いが半分ずつ飲む事で、体内に契約印をする、俺独自の契約媒体。基本的な契約媒体は、紙や烙印等。
外に印がでない分安全ではあるが、互いの血を飲むという行為の為、z*の契約でしか使わない、最重要契約用の媒体だ。
少し怖がりながらも、依頼のためと呟きながら、小指を切り、血を混ぜるリイサ。
それを見て俺も血を混ぜ、赤黒い液体を半分ずつ、さっきまでビールと言う、今回着陸していた星の名産品が入っていたコップに入れる。
「…?味はしないんですね、よかった…」
とすごく嫌そうな顔でちびちび飲んでいたリイサが呟く。
味がないとわかり、ゴクゴクと全部のみ干すと、試しに、と俺に呼び掛ける。
「これからよろしくお願いします。ジースターさん」
ん、と軽く会釈をすれば、ふにゃりと笑うリイサ。
少し緊張がほぐれたのか、ぐきゅぅぅぅと腹の虫の声がする。好きに食べればいいのに、俺が食べるのを待っている様だ。口元に涎もたれてる。
「好きに食えよ」
いいんですか!と言わんばかりにガバッと顔を上げキラキラとこちらを見てくる。
一つ頷いてやれば、たちまち机の上の食事に食らいつく。
俺の分まで食われかねん…。と危機感を募らせた俺も食事を始める。
皿や机まで食べてしまいそうな勢いに押され、いつもの半分で食事の手は止まる。
リイサに、これも食べていい、と伝えて席を立った。
オーナーが、美味しくなかったかしら?と、少し残念そうにしているので、声をかけてから部屋に帰ろう。
これから向かうは俺の本星、プルートー。
ラウンジの天井付近に付いているモニターには、残りの飛行時間は19時間と書いてある。
着いてからの予定は、前回の任務の報告と、リイサの依頼の詳細把握。後は、少しばかりの休暇申請。
これから忙しくなる予感がしてならない俺は、おかわりを始めた胃袋ブラックホールを冷ややかな目で見ながら、オーナーに美味しかったと伝え、部屋に戻る。
オーナーに声をかけた時、ニムからこれ預かったわ、と言って出されたのは、これも今回着陸していた星の名産『赤いハナミツ』だった。