不審人物との遭遇
「少し散歩に行かない?」
昼間より幾分涼しい風は、高揚した気分を鎮めるのに丁度良かった。
ただ、一歩前を歩くヒロの背中からは怒りのようなものを感じた。
孤児院はだいぶ後ろに遠ざかり、黒い木々の葉陰に隠れて姿は見えなくなっていた。
辺りには光もなく、天に架かる細い月と星々が僅かな光源だった。
「だいぶ離れてない?」
「だいぶ離れたんだよ。聞かれたく無いからね」
いつもとヒロの様子が違うように見えるのは僕の気の所為では無いと思う。
「僕に、怒ってるのか?」
「……ユウト、にではないよ」
温厚なヒロの苛立ちが手に取るように見えた。
──どう見ても、僕に怒ってるようにしか見えないんだけど。
思い当たる原因は……一つしかない。
「こーんばんわー」
「!?」
不意に高めの合成音声が聞こえた──が姿は見えない。
そして、その声の主と思われる人影が上から降ってきた。
黒っぽい外套のフードを頭から被り、衣擦れの音と共に目の前に現れたその人影は僕らよりも幾分か小さかった。
「妖しいものじゃないですよー」
「……。」
「……。」
怪しいこと、この上ないんだけど。
「警戒しなくても大丈夫ですよー?」
「……誰?」
これで警戒しない人間がいるだろうか?
「……ヒロさんの知り合いで、そうですねー通りすがりの小娘3号と呼んで貰えばいいですよ?」
「……。」
「……。」
「……自分で小娘3号って言うのかお主」
何か良く分からない声も聞こえる。
「……ヒロの知り合い?」
恐る恐るヒロに問いかける。
余り知り合いであって欲しくはないんだけど……。
「……不本意だけど、多分知り合い……」
「そこ、不本意って言わない!」
項垂れつつ額を押さえるヒロと、不審人物といつの間にかその足元に現れた白い毛玉らしきもの。どういう接点があるのだろうか?
「警告に来ましたよ?敷地内から出てきてくれて助かりますー」
「どう見ても不審の塊に警告されても、信用できるかは別問題じゃないの?」
「確かにそうですねー」
雑音が所々入り、少々イントネーションもおかしい合成音声で『小娘3号』と名乗る不審者は、僕が何を言っても同じ調子だった。
ヒロは、頭を抱えたまま先程から喋ろうとしない。
「何処からどう見ても不審者ですからねー」
「……自覚あるなら何とかならないの?その格好」
フードを目深に被り、顔も見えない……否、見せない相手。
何を信用すれば良いのか?
「目に見えるものが信用できるものとは限りませんよー?」
「今、目の前にあるものが既に……」
生産性の無い会話と言うのが正にこう言うものなんだなと思う。
話をするだけ……無駄だとしか思えない。
「余り関り合いにはなりたくなかったんですがねー懇願されたのを放置って寝覚め悪いんですよー」
不審者の呟きは小声過ぎて、耳に拾うことはできなかった。
「……えっ?」
「……ハンターと迷宮と、それに係わるものを過度に信用しないことですよ。本音を言えば迷宮に足を踏み入れない方があなたの為ですね」
「おい小娘」
「まぁ……何を言っても選択するのはあなたですが。永劫の闇に繋がれるかを選ぶのは自己責任としか言えませんよ……そうですよねジャック?」
問い掛けられたヒロは声を発しない。
ヒロの顔に浮かぶ表情は苦悶か悔恨か、或いは両方か。
「お喋りのしすぎも後で怒られそうなので、この辺りで消えておきますよ。……一応警告だけはしておきました」
雑音が酷くなる。
一瞬、風が強く辺りを叩きつける──砂が舞い、辺りの視界が遮られる。風が通り抜けた後、それは跡形もなく消えた。
「何だったんだ、あれ……」
小娘1号と2号は別のシリーズに出ております。
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