いい日
三題噺もどき―ひゃくじゅうよん。
お題:心臓・電話越しの声・図書館
「―!?」
突然鳴り響いたスマホの着信音で飛び起きた。
勢いあまって手元にあったスマホを床に落としてしまった。
それはそのまま、足の甲に落下していった。
「いっ―!!!」
思わず声が漏れる。
ついさっきの驚きのせいで、心臓の音がより一層強くなった気がする。
飛び起きた瞬間は心臓が止まるのかと思ったが、元気に動いているようで何よりだ。
そのままの勢いで、脳みそに十分な血液を送り続けてくれ。
「――」
いまだに痛む足をさすりながら、現状把握に努める。
普段寝起きはあまりよくないのだが、スマホと心臓とこの痛みのせいで、頭はいままでにないくらいにスムーズに覚醒した。
うん、素晴らしい。
いつもこれくらい目覚めがいいといいのに。
―無理だけど。
「……、」
どうやらリビングのソファに座ったまま寝こけてしまったようだ。
首が痛い…ついでに足も。
全身バキバキである。
グッ―と、腕をあげ、伸びをする。
ついでに窓の外を見やると、清々しいまでの青空。
太陽の光が部屋の中にまで入って、攻撃しようとしているのかと思うぐらいに、燦々とその光を惜しみなく降らしていた。
「……、」
外が明るい―ということはさほど遅い時間でもないのだろう。
長時間しっかりとした睡眠をとったというよりは、目を閉じていたら意識を飛ばしてしまった、という感じかもしれない。
怖いので時間は確認しない。
「……、」
さて、自分がなぜ”飛び起きる”なんて最悪な起こされ方をしたのか。
こんな気持ちのよろしくない目覚めをくださったものには、いたく感謝をするべきだろう。
断られても、して差し上げよう。
―絶対許さん。
「……、」
先ほど落とされたまま、ずっと床に居たそれを見つめる。
未だなり続ける着信音は、お気に入りの楽曲のサビ部分を、無限ループしている。
バイブ機能も付いているため、小刻みに震えている。
死に際のセミの―セミファイナル状態が延々続いているようで正直気持ちわるい。
あの死んだのかと思わせて、最後の最後に動くあれは何なのだ。
正直言って、驚きすぎて声も出ないし、心臓が止まりそうになるからやめてほしい。
セミだって必死なのだろうけど、こっちもこっちで色々と必死になるので、ホント、心の底からやめてほしい。
―というか、さっきから軽率に心臓止まりそうになっているのはどうなのだ、人として。
死因:驚きすぎによる心停止とかになりそうで嫌だな。
「……、」
まぁ、そんなことはさておき。
いい加減このスマホどうにかしないと、ホントに虫に見えてきそうで嫌だ。
そんなことはないだろうけど、このまま放置はよくないだろう。
「……、」
というか、こいついつまでかける気だ。
普通何回かコールをしてでなければ諦めるだろう。
暇なのか?ひまなんだな?だからこうやって何回もコールし続ける時間があるのだろう。
全く、人が意気揚々と惰眠を貪っていたというのに、その至福の時間を邪魔した上に、攻撃までしてきやがったのはどこの誰だ。
起こしてくれてありがとうと、自慢の拳と共に謝礼を伝えに行ってやろう。
ありがたく思え、私の拳を受けられることなど、そうそう―
「……、」
スマホ画面に表示された通話相手を確認して、危うく投げるところだった。
しかし、それを寸でのところで押し殺して、とても心優しいので、通話ボタンを押す。
『もしもしー、やっとでたー』
「やっとでたーじゃない。きれるぞ」
もう既にキレているけど。
怒りの沸点低すぎやしないかと自分でも心配するくらいにキレ散らかしておりますけど。
『そんなに怒鳴んないでよ、今図書館に居るんだから、』
どうりで、電話越しの声が小さいと思った。
何かから隠れているのかと思ったが、それなら納得である。
”図書館ではお静かに”が鉄則だからな。
「―いや、なぜ電話、図書館って電話NGじゃなかった?」
『んー、ま、そこはうまく、ね、』
いや、うまく、ではなく、そもそも使うのはダメではなかったかということなのだが。
ここ最近行っていないので、ルールの改善でもされたのだろうか。
「ん?というか、いつの間に出てた?朝いたよね?」
電話の相手は、我が愛しの妹君である。
てっきり家にいるものだと思っていた。
だから、家にいるなら電話かけるな―という怒りでつい投げそうになったのだが。
『いや、普通に行ってきますっていって出たけど?』
おや、それなら気が付かなかった私が悪いようだ。
これは申し訳ない。
先ほどの怒りは撤回しよう。
可愛い妹相手に、暴言を吐いてしまったことを心から反省しよう。
『まぁ、寝てるの確認して、まだ寝てるだろうなーと思ったから電話かけたんだけど、』
前言撤回。
帰って来たら、優しく優しくお礼をして差し上げよう。
大丈夫。
妹ならば、自慢の拳だけでなく、ありがたいお言葉も頂戴してやろう。
よかったな、妹よ、喜びたまえ。
『いや、ちょっと前に借りてほしい本があるって、言ってたからー』
こちらの怒りなどつゆ知らず、会話を続ける妹。
電話越しにペラペラと本を捲る音が聞こえてくるが、こいつほんとに探してるのか?
『本のタイトル忘れてさー、何だったー?』
思い出そうと自分で努力する気が全くない妹の声を聞き、ため息が漏れる。
どうしてこんなに可愛げなく育ってしまったのだろう。
昔はあんなに可愛かったのに。
『聞いてるー?私も借りたいのあるから、さっさとしてほしんだけどー』
よし、帰ってきたら覚えておけ。
死の覚悟をもってして私のもとへと来るがいい。
頼んでいた本を借りてあげようというその心意気には感謝しよう。
しかし、それ以上に色々としてくれた君にはお礼をたくさんしてあげよう。
「えっと―」
本のタイトルを述べ、よろしくと電話を切る。
妹の帰りを心の底から待ちわびる。
こんなに彼女の帰りを待つ日が来ることがあろうとは、思っても居なかった!!
今日は最高にいい日なのかもしれない。