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帰り道を探しています  作者: 乙女系ゴリラ
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(2)

 

 男が身を置くこの学園は、世界でもその名を広く知られる名門学園である。

 学校の正式名称は「アルガス中央魔法魔術学園」と言い、世界各地から魔法術士を目指す生徒が集まる由緒正しい有名校だ。

 一流の教員や術士が教鞭を執り、最先端の魔法道具や機材を取り揃え、高度な魔法術で学園を含めた敷地内全域を護っている。

これらの高水準な環境を整えることにより、アルガス中央魔法魔術学校は王族や貴族、また豪族の御子息御令嬢の学び所として名を馳せ、その地位を確立してきたのである。


 城のような外観の巨大なこの学園は、所有する敷地もこれまた広大だった。学園をくるりと囲う城壁の外側は、学生の宿泊施設である棟がある他、学園からそう遠くない距離に商業を目的とした店がずらりと建ち並んでいる。公園もあればちょっとした雑木林もあり、教職員や商人、移住者の家々が連なる様は城下町と評しても過言ではない。


 ずぶ濡れの男は程なくして宿泊寮に到着した。

 これまた見上げるほどの大きさの建物だが、この寮は他の建物と比べるとずいぶん粗末な見た目をしていた。壁に(つた)が張り付いては好き勝手に蔓を伸ばし、窓ガラスは曇り、周辺では草がぼうぼうと茂っている。手入れされていないのが丸わかりである。

 向かいにある棟も学生用の宿泊寮だが、こちらは草木にはきちんと人の手が加えられており、壁も窓ガラスも汚れ一つ見当たらない。そもそも同じ宿泊を目的とした学園の寮だというのにこっちのは随分豪華な造りになっている。

 何故ここまで差があるのかと言うと、このやけに立派で華美な寮は王族や貴族といった上流階級者専用の宿泊施設だからだ。周辺には武器を所持した数人のガードマンが警備のため立っている。


 まだ授業が終わるには早い時間に一人でやってきた男にガードマン達の目が向けられるが、男は軽く会釈をしてから粗末な寮に入った。

 もうすぐ授業が始まる時間とあって、寮の中に人の気配はなく、しんと静まり返っていた。誰にも会うことなく自室の前に着き、鍵を開けた瞬間男が変な声を出した。


「は?」


 人が倒れていた。

 うつ伏せで倒れている為顔は確認できないが、燃えるように赤い髪色と服を着ててもわかる見事な体格と厚みのある鍛えられた身体つきからして、同室のケディウス・レクターなのではないかと思ったが、いまいち確信が持てない。

 というのも同室者でありながら彼との接点はほぼ無に等しかったのだ。

 お互い馴れ合う気質ではなかった為、初めて会った時に短く挨拶をしたきりほとんど顔も見ない生活が続いていた。

 だからと言ってここで見ないふりをする程男は冷酷ではない。

すぐさま近寄りしゃがみこんで手首を取り脈を確かめようとしたその手が異様に熱いことに気付く。体格差の関係で苦戦するも、どうにか男の身体を反転させて顔を確かめる。

 端正な顔立ちを苦しげに歪め、額に汗をかき荒い息を繰り返す彼は、(まさ)しくケディウス・レクターその人だった。

 朝通った時には落ちていなかったので、男が部屋を出た八時半から正午になる現在までの間に倒れたのだろう。


「大丈夫ですか?」


 問い掛けてみたが返事はない。

 とりあえず固い床の上で倒れたままにはしておけないと、彼を運ぼうとしたが、これがものすごく大変だった。

 男自身、ある程度鍛えた長身の持ち主であったが、ケディウスの身体は180cmの男の背丈を遥かに超えて195cmもあり、手足は太く逞しく身体は鋼のように固く重い。背負い投げの要領でおんぶの形に持っていけたのはいいものの、ちょっとでも気を抜くと一緒に倒れ込んでしまいかねない巨躯だった。


 男はケディウスの自室に初めて足を踏み入れた。自分の部屋と似たような作りのワンルームである為、すぐにベッドは見つかった。

 男を下ろし、一息つきながら辺りを見渡すと、何やら机の上でやけにキラキラしたものがどんとある。

 その正体に気付いた男は眼を剥いた。

 金貨や銀貨、宝石を贅沢にあしらった装飾品が山のように置かれていたからだ。

 宝石や高級品に詳しくない男でもそれらが本物であり、べらぼうに値の張るものだということが理解できた。しかも金貨は小山ができる程積まれており、1枚で平民が節約を考えずに半年暮らせてしまう。このように無造作に置いていいものじゃない。

 男が思わず目を擦ったのも無理はない。

 日々金策に苦しむ自分への当て付けかと思ったが、当てを付けられるほど彼との接点が無いことを思い出す。

 貴重品管理の杜撰(ずさん)さに呆れながら、その持ち主に視線をやって、息を呑んだ。


「──っ!」


 目が合ったと思った瞬間、自分の頭に向けて物凄い速さで手が伸びてきた。男はほぼ反射的にそれを避けて距離を取ろうと後ろに下がったが、ケディウスは一息で身体を起こして立ち上がると、男の脇腹に鋭い蹴りを繰り出した。間一髪で躱した男の背中に冷や汗が流れる。あれをまともにくらえば、骨の一、二本簡単に折れてしまうだろう。それ程に威力もスピードもある蹴りだった。

 なぜ自分を攻撃するのか、体調は大丈夫なのかと疑問をぶつけたかったが、考えるのは後だ。

 今は全力で迎え撃たないと身が危ない。

 男はすかさず反撃に出た。

 ケディウスの攻撃の隙を縫って背後に回ると、首に飛び付き腕を絡めて締め上げた。引き剥がそうと腕を掴もうとするが、背後から首に回された手を退けるのは容易ではない。するとケディウスはすぐに作戦を変えた。

 後ろ向きで壁に突進したのだ。


「ぐッ!」


 壁に背中を強打した男が苦しげな声を洩らす。

 腕が緩んだその隙をついて、ケディウスは力任せに男を引き剥がして床に叩き付けた。


「―――っ!」


 息を詰めた男にすかさず馬乗りになって振り上げた拳が中途半端なところで止まった。

 無言の時間が流れた。

 しばらく見つめ合いが続いた後、馬乗りの男が口を開いた。


「⋯誰だ?」

「それ普通殴る前に聞きません?」


 とりあえず上から退いてください、と言えばケディウスは素直に立ち上がった。二度も打ち付けられた背中が痛みを訴えるが、男はそれを表情に出さないようにして非難がましい視線をケディウスに向ける。


「同室者のレイ・シロザキです。10分ほど前に玄関付近で倒れるあなたを見つけてここに運びましたところ、その本人から襲撃を受けました。現在は背中と腰が痛いです。他に聞きたいことは?」


 とてもわかりやすい皮肉である。レイと名乗った男の怒りがひしひしと伝わってくるようである。

 ケディウスはしばらくその形の良い眉を寄せて目の前に立つ同室者を上から下まで見下ろしていた。レイも特に何も言わず真っ向から視線を受け止めていた。

 黙って立っているだけで威圧感のある男だった。それは彼の持つ鍛え上げられた体躯のせいか、あるいは10人中10人が美男と評する端正な顔立ちのせいか。彼の場合そのどちらもなのだろう。髪色と同じ深紅の瞳は刺し貫くような鋭さがあり、人が容易に近寄れない雰囲気がある。


 そんな男に上から見下ろされてもレイは顔色ひとつ変えていない。首を傾げて相手の反応を待っている。

 すると相手の口の端が面白そうに吊り上がった。


「お前、よく反応できたな」


 先程の蹴りを躱したことを言っているのだ。

 予想していた返答ではないが、レイはそれに応えた。


「ある程度戦闘の経験はありますので。あなたこそ一切魔法を使いませんでしたね」

「至近距離にいる獲物は殴り殺した方が早いだろ」

「⋯殴り殺せなくて残念でしたね」

「いんやァ?そうでもねぇよ。面白いものを見つけたからな」


 赤い瞳がレイを捉えた。

 ククッ、と喉の奥で笑う男の物騒なこと。

 ぞわりとしたものを背筋に感じて、レイが慌てて会話を変える。


「ところで、どうして倒れてたんです?体調はもうよろしいのですか?」


 返事は期待していなかった。

 何となくこの男は他人に弱みを見せなさそうだと思いながらも訊ねると、意外にもケディウスは素直に答えた。


「気分転換がてらグローカイルドの魔窟に旅行に行っててなァ。ちょっと冷やかして帰るつもりが、三日三晩の戦闘になっちまった。魔力の濃霧が発生してたから⋯大方『魔酔い』だろう」


 レイは耳を疑った。

 さらりと言っているが、これはとんでもない事だった。

 まずグローカイルドとは熱帯に出現するA級に指定される魔物であり、蔓がいくつも巻き付いた木のような見た目をしていながら地面の下に巣を作るのが特徴の食肉植物である。穴を掘り巣を広げ、成長すればまた穴を広げ自身の体を大きくしていき、獲物が穴の中に落ちてくるのを文字通り『口を開けて』待っている。穴があることを悟らせないため巧妙に葉を重ねて穴を隠すため、毎年数人が過って足を踏み入れて犠牲になっている。

 熱帯地域の住民にとっては死のトラップとして恐れられている魔物の巣窟は、決して旅行感覚で行っていい場所じゃない。

 しかも冷やかしときたものだ。

 レイは驚きを通り越してもはや呆れた口調で言った。


「自殺願望がおありで?」

「んな訳あるか。ただの観光だ」


 だから何度も言うがA級魔物の巣食う危険地帯は観光で行くところじゃない。

 到底信じられない話だったが、目の前の男が嘘を言っているとは思わなかった。なんの確証もないものの直感でそう思った。

 かなり常識からかけ離れた話に頭が痛くなってきたレイは大きなため息を吐くことしかできなかった。


 『魔酔い』とは「魔力を持つ個体が別タイプの魔力を取り込んだ時に反発し排除しようとする際に起きる拒否反応」のことである。

 この世界の人間は皆多かれ少なかれ魔力を持っているが、その魔力にはその人ならではの色があり癖がありタイプがある。水に馴染みやすいものもあれば、火を得意とする傾向のあるタイプと様々なパターンがある。それがそのまま使用する人間の得意魔法になるのが一般的だ。

 今回ケディウスはグローカイルドの魔力に当てられたのだろう。

 強い個体の魔物ほど、体内に渦巻く魔力の量も質も多くなる。

 『魔酔い』は軽い症状で目眩や吐き気、頭痛が起こり、重いものでは幻覚や意識不明、最悪の場合は死に至る場合もある軽視してはいけないものだ。


「あなたが倒れていた原因はわかりました。『魔酔い』なら完全に治るまで辛いはずですよ。そこに寝ていてください。私は簡単に食べれるものを作ってきますから」


 背を向けて部屋を出ていこうとしたレイは、急に部屋の空気が張り詰めたのを感じて後ろを振り返った。剣呑な光を放つ赤と目が合う。さっきまで普通に会話をしていたはずだ。自分の発言のせいだということは分かるが、いったい何が彼の機嫌を損ねる引き金になったのかわからず小首を傾げた。


「レクターさん?」

「何が目的だ」

「はい?」

「なんだ、それを見て恩でも売る気になったか」


 それ、と言われて視線を向けた先にあるのは黄金の山。

 相手の言わんとすることを察したレイは呆れたように肩を竦めた。


「恩を売るも何も、いくらこれまで交流のなかった同居人と言っても、数分前まで倒れてた同居人を放置して授業に戻る程冷徹じゃないんですよ。貸しとか借りとか今は考えず大人しく横になっててください」

「ありがたくて涙が出ちまうな。『魔力無し』の異端児は後ろ盾に俺をご所望か?」


 (あざけ)りの強い挑発するようなこの言葉にレイは一瞬動きを止めたが、声を荒らげて反論するようなことはしなかった。

 淡々と言った。


「いくら強くてもあなたが後ろ盾では心臓に悪そうなので遠慮します」

「ああ?どこがだ」

「そういうところですよ。いいから黙って大人しくしてなさい」


 パタン、と扉が閉じられた。

 部屋に残されたケディウスは小さく舌打ちをする。

扉から離れた足音がキッチンの方に向かうのを驚異的な聴力が拾う。今度は何やらガチャガチャと作業の音がする。本当に料理をするらしい。

 ただ倒れていただけの自分にどうしてそこまでするのか理解できなかった。最初は金目当てかと思ったが、直ぐにその考えは間違いだと気付いた。剥き出しの金貨を見る彼の目に驚きはあったものの執着や欲といった負の感情を感じなかったからだ。だったら別の理由かと、かなり侮蔑(ぶべつ)に偏った言葉を使って揺さぶってみても、思惑を探り当てられた人の反応とは違う。

 意味がわからなかった。気味が悪いとも思った。

 ケディウスは自分の価値を正しく評価できる男である。

自分の実力も、頭脳も、容姿も、利用価値も客観的に見てかなり高い位置にあるというのを自負している。

 苛立ちとは違うモヤモヤしたものが胸の中に渦巻いていた。

 「魔力無しの異端児」と言葉を掛けた時のほんの一瞬見えた悲しそうな顔を思い出し、また一つ舌打ちをした。


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