「第一印象は『心臓に悪い』」
男が教室から出てきた。
雨にでも降られたのかと思う程に頭から膝まで見事にずぶ濡れのその人は、自身の髪から滴る水滴を鬱陶しそうに払い、ぎょっとした目を向ける廊下の生徒達に構うことなく歩いていく。
その背中に声が飛んできた。
「風魔法のいい練習になるだろ!」
「おい、やめてやれって、超簡単な乾燥程度の風魔法でもあいつは使えないんだぞ」
「なんたって『魔力無し』だからな!服が濡れたら着替えなきゃならないなんて大変だよなぁ!可哀想に」
ギャハハ、と下品な声が廊下に響いた。
男が出てきた教室の窓から顔だけを出した三人の男達はニタニタと下卑た笑いを顔に浮かべて彼の反応を見ている。
誰がどう見てもいじめの現場だった。
こんな時、大抵の被害者は俯いて、足早にその場から去ろうとするだろう。もしくは気丈に言い返す事もあるかもしれない。
しかし男は言い返すどころか後ろを振り返ることすらせず、平然とした足取りで廊下の角を曲がって行ったのである。
これには男の反応を期待して顔を出していた3人も不満げだった。いじめがいのないやつだと思ったし、頭から水を掛けるくらいでは生温かったかとも思った。
「次は何してやる?」
「火の玉でもぶつけるか」
「死なねぇ?」
「『魔力無し』が居なくなるんだぜ?むしろ感謝されるだろ」
「それもそうだな」
そんな会話をしながら男達は教室に引っ込んでいく。
教室の中には20人を超える人数が居たが、その誰も彼らに注意をしない。関わり合いになりたくないと言わんばかりに視線を逸らせている。
悲しいことに、この教室ではよくあるいつもの光景なのであった。