打ち上げ幽霊
それは一瞬の出来事だった。押し入れを開くと、幽霊がいたのだ。僕はぎょっとして悲鳴を上げた。
そいつは半透明で、髪の毛がボサボサだった。白装束のような古い着物を着ていて、いかにも幽霊っぽい幽霊であった。
「うわぁ、うわぁ、幽霊だぁ」
と僕は何度も叫んだ。消えろ、消えろ、と思いながら押し入れの扉をピシャリと締めた。
今のは見間違いに決まっている。と思いながら再び扉を開くと、まだそこに幽霊がいたのだ。
「うそぉ!」
と僕は信じられないような気持ちで、もう一度だけ扉を閉めてみることにした。
ピシャリと扉が閉まる。そして深呼吸をしてもう一度だけ開いてみたのだけれど、幽霊はまだそこにいたのだ。
「うわぁ! うわぁ! 幽霊じゃん!」
と僕は一度目の反応と同じリアクションをした。
何度見たって、恐怖が薄れることが無いのだから、驚くのは仕方のないことだった。
「どうしたんだ? タツヤ」
駆けつけたのは、同じクラスのヨシノリだった。
「ぎょえぇ!」
とヨシノリも驚愕の声を張り上げたのだった。
彼はバスケ部で体格もよく、物怖じしない性格だったが、さすがにこの状況には驚いたみたいだ。
「どうしたんだ? タツヤ」
幽霊を目撃した彼は、先程と全く同じ口調で言った。
「知らないんだ。学ランを掛けようと思って、押入れを開いたらいたんだ! 幽霊がいたんだ!」
「そりゃ見れば分かるさ! ほら、よく見てみろ。体が半透明じゃないか! 間違えなく幽霊だろ?」
確かに今目の前にいる幽霊は半透明で、うしろに掛けている洋服の形がしっかり判るほどである。
ヨシノリは興奮気味にそう言った。彼の身振り手振りは、僕以上に大げさだった。
「ああ、それは分かっている。取り敢えずヨッシー、一旦、落ち着こう。ほら、コーヒーでも飲もう」
と僕は彼と一緒にコーヒーを飲んで一息つくことによって、お互いの心を落ち着かせようと試みた。
そして一応、幽霊のぶんも必要かなと思い、コーヒーは三つ用意することにしたのだ。
トレイにマグカップを三つ乗せて、僕は部屋に戻った。そこにはまだ、ヨシノリと幽霊がいた。
「大丈夫。コイツまだ妙な動きをしていない。神経を逆撫でしないように慎重にな!」
ヨシノリは、怯えるようにそう言った。
僕がコーヒーを幽霊の前に置いた時だった。幽霊がいきなり、激しい前屈運動を繰り返し始めたのである。
コーヒーの飛沫を撒き散らしながら、白装束に茶色のシミを作りながら、ワケわからないくらいブンブンと頭を降って、美味しそうに飲んでいるのだ。
その光景に、僕たち二人は「うわぁああ」と恐怖の悲鳴を張り上げ、その場に立ち尽くした。
あまりに奇抜なその動きに、僕たちは恐怖し、しばらくの間その場から動けなくなった。幽霊の服が、コーヒーの茶色で汚れている。
「コイツぅ! なんなんだよぉ」
とヨシノリが言った。
不安と恐怖に怯えきった表情だった。
しかし幽霊の、あの奇抜な動作が落ち着くにつれ、僕たちの精神もだんだんと安定してきた。そしてまた幽霊は所定の位置についた。
「触ってみるか」
と僕は言った。コイツに実態があるか確認してみたかった。もし触れたら、幽霊ではないのかもしれない。
「変なことを言うのはよせ。噛みついて来たらどうするんだ?」
ヨシノリの言葉は一理あった。もし迂闊に手を出して、もう一度コイツが暴れ、僕らに噛みついてきたとしたら、恐怖で失神する確信がある。
しかし僕らは、それでもこの幽霊の正体を見破りたかった。いつまでも僕の部屋の押入れに入れたままにはしておけないのである。
「タツヤ、じゃんけんしようぜ。負けたほうがコイツに触る。どうだ? やるか?」
ヨシノリが提案を持ちかけてきたので、僕は不安を抱きながらも、その賭けに乗ることにした。
「よし分かった。一発勝負だからな!」
僕は威勢よく、ヨシノリにそう言って、じゃんけんの一発勝負をしかけた!
「じゃんけん、ぽん!」
僕はパーで、ヨシノリはチョキだったから、勝敗は僕の敗けである。
僕は潔く、このおどろおどろしい、不気味な幽霊に触らなくてはいけなくなった。
「……タツヤ」
ヨシノリは、僕に対して心配そうな面持ちを浮かべている。でも、やるしかないのだ。
「そおーっと、そおーっとだぞ」
と彼は言うから、僕は慎重に幽霊の服にさわった。確かな感触があった。
「触ることができるぞ!」
と、僕は興奮して言った。すると、直後に恐ろしいことが起こった。
なんと、幽霊はその場でピョンピョンと跳び跳ねながら、何かをボソボソと呟いているのだ。
その声は、次第に大きくなって行き、終いには「はなびぃ、はなびぃ」という声になった。
「なんなんだよぉ、花火って」
と僕は恐怖しながら言う。
「分からない、打ち上げて欲しいんじゃないのかな?」
と、ヨシノリも怖がりながら言う。
ヨシノリの考察はどうも当たったようだ。幽霊の裾から、一本の導火線のような紐状の物体が姿を見せている。
「なんか、裾から導火線が見えてるぞ」
と、僕は言った。
「火をつけてみようぜ。もしかしたら、それがコイツの望みで、コイツを成仏させる手立てになるかもしれない」
タツヤの頭は冴えていた。確かに、導火線というのは、火をつけるためにあるのだから、ものは使いようである。やってみるしかない。
「ヨシノリ、幽霊に触ったのは僕なんだ。火をつける役目は、君がやったらどうなんだい?」
「確かにタツヤの言う通りだ。分かった。俺が火をつけてみる」
僕はおそるおそる立ち上がり、台所にあったライターを取ってヨシノリに渡した。
「いくぞ!」
彼は心を決めたように言った。
「点火!」
僕の声にあわせて、ヨシノリは幽霊の裾から出ていた導火線のような紐に火をつけた。
すると、「ぽひゅーっ! ぽひゅーっ!」と幽霊がよく分からない声を張り上げながら、ジャンプをした。
まるで、穴から空気が吹き出した風船みたいに、幽霊は家の中を駆け巡り、しまいには玄関の扉に身体をぶつけながら、
「ぽひゅーっ! ぽひゅーっ!」
と訳の分からない声を張り上げている。
外へ出たいのかもしれない。と僕は考え、玄関の扉を開けてやると、勢いよく幽霊は外へ飛び出した。
「ぽひぃいいいーつ!!」
盛大な声を出す幽霊を、僕とヨシノリは唖然と見つめていた。
幽霊は空へと飛び上がり、まるで本当の花火のような挙動で一直線状に打ち上がると、
「どぉーん!」
と爆発し、空には、
「見事成仏!!」
の文字が表れ、消えたのだった。
これで、この件は一件落着だった。




