【0日目:昼】カニになれるか
生い茂る草や低木を鉈で切り拓いていくゴマ塩頭の後ろを進んでいく。
その男は 有坂泰典というらしい。63歳無職。
「植生は日本とそんなに変わらないわね。」
道を作っている男の横で、興味深そうに木々を観察している眼鏡の女。
彼女は金子瑠依。24歳無職。
「誰かナイフ持ってない?松ヤニを採取したくて。」
俺は持ってないことをそぶりで示す。すると有坂がくたびれたツナギのポケットから折り畳みのナイフを取り出し、手渡す。
この有坂という男。「俺も41のとき会社辞めた後はプラプラしていた」と言っていたがやけに体幹がしっかりしているというか。山道に慣れている?ここにいる時点で同じ無職であることは間違いなさそうだが刃物の扱い方、身のこなしは只者ではない。
金子は海側へ戻ってなにやら松の木をいじっている。
松ヤニを採っているのか。
そうこうしていると開けた場所へ出る。
有坂は朽ちかけた倒木へ腰を下ろす。
「やっぱし此処は無人島みたいだな。人の手が入ってねえ。」
「そうっすね」
「なあ坊主…って志太白李だったか。」
坊主という歳ではない。ので自分の名を名乗ったのだが覚えていてくれたようだ。
「シェルターを作るなら何処にすりゃあいいと思う?」
「うーん…海のそば…とかっスかね。」
ただこの島に来てから触れたのがそこだけだったから。
「海の側は海陸風が強いし砂場は基礎を作れない。岩場は安定しない。塩害耐性のある木材…ならこの島じゃ確保できるだろうけどよ。」
有坂が立ち上がる。
「この先をもう少し見てみよう。…行けるか。」
忙しい人だ。俺はもう足が棒だ。口中が砂漠だ。
しかしいつのまにやら戻って来ていた金子が行く気満々でいる横で俺がへばっているのも忍びない。
「…イケます!」
鼓舞しながら進む。
そこから少し歩くと何かが耳に入る。音。水の音だ!
自然と歩みが速くなる。
・・・大きく開けた場所に躍り出た。小さな小川が流れている。
水!
喜び勇んで駆け寄るとすぐに水に手を入れ、掬いあげる。冷たい。抹消から火照った身体へスッと染み入る。細胞の一つ一つが解れていくような心地よさ。
そのまま飲む。ひたすらに。
「川の水も一応煮沸とかした方がいいのになぁ」
金子もそう言いながら水を口に含んでいる。
水がないだけで。こんなに自分が余裕を無くすとはおもってもいなかった。
ゲームで勝ったあと、リザルト画面の前で流し込むコーラより美味いものはないと思っていた。
水が。ただの水がこんなに美味いなんて!
自分が浴びるように飲んでいる傍ら有坂はペットボトルに水を流し入れていた。
どこから出したんだそれ。そのツナギの中は4次元ポケットになっているらしい。
♢ ♢ ♢
川の側で本格的に火を起こす作業に入る。
元々は大きな川だったのだろう、大きな石、岩に近いものもゴロゴロ転がっている。
草が生えていない場所、燃え移りにくい場所を選んで石を円形に並べる。
金子が拾ってきた木の枝をナイフで整え、石の上に組む。
松の枝を削る。上等な鰹節みたいだ。
それから・・・
「肝心な火の起こし方は?」
分厚い眼鏡の奥の目が興味津々に光る。
「コレだよ」
「なんだ、ライターかぁ。」
ライターの石の部分が渇いたのか。カニの採集中に浅瀬に落としたらしい。それで濡れて使えなかったようだ。
火が付く。揺らぎが大きくなって、やがて一定の大きさに成形された火はパチパチと小気味良い音を奏でている。
「志太くんよォ、味噌汁持ってきて!」
「あれ味噌汁っていうのかな。」
「カニを割ったらよう、味噌が出てくるだろうが。」
二人に促され?森の中に入る前に置いてきたカニ鍋を拾いにいく。
カニがいない。蓋をしていなかったため、逃げだしたようだ。そこそこの高さがある筈の鍋。
よく逃げ出したな。俺もこのN島から逃げ出せるかな。
カニがいなくなったその鍋、海水鍋を持っていくと二人が笑った。そりゃそうだ、と。
笑い疲れて、再びカニを採りに行く元気は無くなった。
【0日目:昼】了






