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無職どものサバイバル  作者: 裁決ゾロリーヌ
1/3

【0日目:昼?】ここはどこ

波が打ち寄せる音で意識が浮上する。


瞼から透ける赤。


カラカラに乾いた口中。


潮の匂い。




ハッとして身体を跳ね起こすとそこは今まで見慣れた薄暗い部屋ではなく


「うみ、・・・?」

砂浜だった。海岸線には何も見えない。ただ青い海と空がのっぺりと広がっているだけだった。




おかしい。高校中退後からずっと部屋に引きこもり続けていたはずだ。


6畳のオアシスと両親が恐る恐るこちらを窺う空気が漂う家の中。俺の行動範囲はそれだけだったのに。


・・・そういえば昨日俺の25歳の誕生日で、母親が珍しく『食卓を囲もう』と言ってくるから仕方なく夕飯をリビングで食べて、それから…そうだ小さなケーキも食べた。


それからの記憶がない。どれくらい寝ていたのか分からないからそれが本当に昨日だったのかすら分からない。




「ん・・・あれ、ここは…」


衣擦れと声が耳に入る。自分以外にも人がいたのか。しかも結構な人数…十数人が砂浜に転がっていたようだ。それらがもぞもぞと同じように起き上がる様子は恐ろしく奇妙に映った。



一様に俺に倣うように周りを見渡し、頭を抱えたり不安げな表情を浮かべている老若男女。現実感がわかず、俺はただ呆けたように立ち尽くしていた。






「おい、こんなのがあったんだけど」


くすんだ金髪の女が紙らしきものを持った手を掲げて振っている。


随分頭のしっかりした人だ。俺は喉の渇きという生理的な欲求に頭を支配されていた。幾人かもまた、同じような様子だった・・・と思う。




女は俺のいる砂浜から少し高い場所へいる。


脚を砂に取られながらも駆け上がる。女と同じ高さの地面になったとき、女の背後にそびえる森林を見た。


「なんなんっスか…ここは」


「それもコレに書いてある。」


女は気だるげに紙束をペシンと叩くと整備もされていない地べたに胡坐で座り込む。


細い目を更に細めて紙を捲る金髪女は舌打ちをすると地面へ紙束を叩きつける。




「な…ど…どうしたんですか」


綺麗な女が訊く。他の人間も息を切らしながらこちらを見ている。太陽が照りつける中、女性の声に従い砂の勾配を上がってきた。全員が噴き出す汗を拭い拭い、呼吸を落ち着かせるのに必死だった。








「起きたら近くにあったんだよこの書類が。さっさとコレに目を通せよ。」


イライラしたように急かす金髪の女に従う他なく、俺は紙束を拾い上げて目を通す。




「・・・・N島・・」




脱水だろうか、ガンガン響く頭の痛みを意識外へ飛ばすように書かれた文章に食らい付く。が、意味が分からない。その文章は堅苦しいお役所言葉で隙間なく記されていた。未だ混乱している脳内には一度二度読んだくらいでは意味ある文として入っていかない。




辛うじて読み取れたことはここがN島という、無人島であること。




「あり得ねえ、何で無人島なんかにいるんだよ俺」




無人島という言葉を拾った数人が狼狽えるのが目に入る。




「あたしらは国に棄てられたんだ。…公文書の一つも読めないのかよ無職。」


金髪がこちらを見ずに話しだす。・・・そんなに俺は無職顔してるか




「要約してやろうか?ここはN島とかいう無人島。場所は知らない。座標とか書いてなかった。地図にも記されてない、国民どころか他の国の国民にも公表してない島だとさ。全世界のお偉いさんがたはこの島の存在、知ってるらしいけど。


 あんたらがなんでここに連れてこられたか知ってる?


     ・・・無職だから、らしいよ。」




思わず周りを見渡す。無職。普通のおっさん、細身の女性、猫背の男・・・色々いる。はた目からでは無職かどうかなんて判断がつかない。


それ以上に、今まで顔を顰めた女が話す内容が信じられなかった。無人島?地図に載ってない?


あり得ない。そんな荒唐無稽な。そう思いたいのに簡単に唾棄できないのは、現に人が集められ、強い日差しを浴びてここに立っているからだ。




「この島はゴミ箱!無職をここに集めて野垂れ死にさせようってことだよ!」


女が自身の軋んだ髪の毛をめちゃくちゃに掻きまわす。




「無職の家族を棄てるシステムが裏にあったらしいね。あークソ!知ってたらあのガキを此処にブチこんでたのに!・・・まあそんなポイポイ棄てらんないから巨額の費用と引き換えらしい。


 廃棄申請が通ったら、自治体を介して金を支払って、あとは期日に合わせて指定された場所にそいつを置いとくだけであとはこの通り島流しされてるって仕組み? 廃棄申請の要件とかも相当厳しいってさ。あたしらはその厳しい要件を通って無事、身内に棄てられたゴミってワケ!」




言葉が出ない。喉の渇きが原因ではない。


納得はできなくとも理解してしまったからだ。


母親の貼り付けた笑顔。


父親が進んで取り分けたケーキ。


小さなケーキ。


あれはきっとせめてもの俺への供養で、最期の贅沢のつもりで…。


周りの人間も思うところがあるのか暑さで火照った顔を曇らせ、考えこんでいる。




女性がへたりこんだ。黒い髪が舞う。


やけに細く、白い肌の女性だ。あまりにも頼りない肩を震わせて泣いている。



その女性以外、誰も口を開かなかった。金髪の要約した話が事実であるということを感じとったのか。


この不条理で馬鹿げた話に疑問を、罵声を、投げかけるだけの体力がないのか。




「こんなの…憲法違反じゃない!!」


黒縁眼鏡の奥を光らせた女が叫ぶ。まだ元気のある無職がいたようだ。




「この島は日本の国土じゃないってこと。だから日本の憲法も民法も通用しないんじゃない?


もう一度言っとくね。無職は生産性が無い。いるだけ無駄。でも憲法には25条で国民の最低限度の生活が保障されてるから生活保護とかそういう制度がある。国の金が減ってく。憲法の適用範囲外にあたしら無職を追い出せばもう生活を国が保障する必要もないワケ。」




「馬鹿げてるけど意外と合理的?かもね。無職に路上で餓死されても世論が五月蠅いし部屋で自殺されても不動産の価値下がっちゃうし生きていても死んでからも迷惑かけるなら国内から棄ててしまえばいいってね。・・・ゴミ同士死ぬまで仲良くしようや。アハハ!」


首が据わってない赤子のように金髪を振り乱して笑う女。


俺は靄のかかる頭をなんとか動かして思案する。


「これからどうすればいい?」


・・・どうしようもない。国が絡んでいるなら多分助けを呼んだりできないのか?…そもそも連絡手段がない…


   この島から抜け出せないような仕組みがあるハズ。それに抜け出して日本に帰ったとて元居た家にはもう 


・・・いや、やめておこう。


頭が痛くなってきた。脱水?だろうか。




脳内に緊急アラートが鳴り響く。水。水。


水・・・目の前にあるじゃないか。途方もない大海が。生理的な欲求に支配されながらフラフラと海のそばへ戻ると開けた岩場付近に人影が見える。




「おっ坊主も飲むか?味噌汁。」


「味噌は入ってないしまだ汁としても出来てないわよ。」




そこそこ老いた男と眼鏡の女性がなにやら鍋?を囲んでいた。


枝別れした流木を地面に立て、錆の浮いた鍋(おそらく漂着物)を支えている。




「え…これカニっすか?」


「そうだ。そこら辺の岩場をウロチョロしとった。」




鍋のなかには海水と生きているカニが入っている。まだ煮立っていない・・・火を付けてさえいないコレを味噌汁と呼ぶのは本物の味噌汁に失礼だと思う。




順応早くないか?


色々とツッコミどころがあるが指摘する元気もない。




「ライターは使えねェ、ファイヤースターターも…しまった。いつもは携帯してんのによォ、無いな。坊主、火を付ける方法はなにか知ってるか?」


人好きのする風体であった男の、意外にも鋭い眼光を受けて少したじろぐ。




「きりもみ式とか…ほら、あの昔からあるやつ。色々方法があるっぽいんで模索していけば火が付くんじゃ?」


「ありゃ原理はわかるが勝手がわからん。俺らが手をこまねいている間に日が暮れちまう。」

「じゃあ、虫眼鏡で光を集めるやつ!」

女が提案する。




「そもそもここじゃ海風が強いな…火を起こすなら場所を移すべきだ。」


男が海と反対側の、果てしなく広がる森林を見やる。




「そうだね。火を得るにも水を得るにもあっちの方を探索した方がいいかも。」

女も同調する。




なんで、


「・・・なんでそんなに意欲的なんすか?」




訊いてしまった。


「いや、その…意欲的というか。俺たち、棄てられたンすよ。もっとこう…なんかあるでしょ。」


10年近く両親とコンビニ店員以外とのやり取りをしたことのない俺がたまりかねて訊いてしまった。


回らない頭、へばりつく喉から絞り出した言葉は正直自分でも何を言ってるか分からない。




俺は…棄てられたという話を受けてから


あの華奢な女性のように打ちひしがれて泣き出したい気持ちでもあり


信じたくない、信じられないと突っぱねる気持ちでもあった


あらゆる感情が沸き上がり、結局結論が出ないままだ。これからどうするか…


外界から逃げ続けた結果、太陽の下で死ぬという事実を納得いかないまま受け入れることを予感していた。‘あきらめる’。 俺の癖だった。


それは自分が学生時代に味わった、不条理に抗う術はないという自身の無力感。諦念がもたらしたものだ。




「今やれることをやろうとしているだけだけどな?泣いたって何も始まらねェし。」


「別に私はいつ死んでもいいんだけど…悔しいじゃない。こんなN島とかいう場所でくたばりたくない。絶ッッッ対日本に帰って国に損害賠償請求してやるわ!!」




逞しい限りだ。生命力に満ちた人間はこんなにも美しいんだ。


久しく生身の人間に触れていなかった俺には刺激が強い。




俺はこの二人の返答を受けても帰結を得られなかった。俺はこの先どうすればいいのか


このまま朽ち果てるのか、それとも生き永らえようと足掻くのか…




今はただ喉が渇いた、それだけだ。俺は水を求めて初老の男と眼鏡の女の後を追いかけた。




【0日目:昼】



※フワッとした解説


●公文書の内容


全員が金髪の女性(山城クミ)の話だけでは納得できなかったので書類を回し読みし得られた情報が以下の通り。




  制度:無職廃棄申請制度


      どうやら無職を秘密裏に棄てる制度。1年以上働いていない(単発バイトすらしていない)且つ、就職に向けての活動(就活、資格試験を受ける、ハローワークに行く)をしていない成人18歳以上(民法4条2022年施行)の強制的扶養義務者とか4親等内とかに「無職廃棄申請制度」の申請書が届く。


この書類に色々俺らを廃棄するための手順とか公的な手続きが書かれているっぽい。この書類を外部へ公表したりネットに載せたら厳しく罰せられるので一応守られている様子。



他の国も公にはしていないけど把握し、認めている。地図に載せていないので国際的な人権規約とかそういうのも適用範囲外らしい。

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