ッデレ王子
「なあ、イザベラ! 僕達の婚約は、あくまでも政略結婚であることを忘れないでくれよ! でも決して君のことを愛していないというわけではないからな!」
「ああ、イザベラ! そのドレスは全然君に似合っていないな! 無論、眩い太陽のような君の美しさに比べると地味すぎて見劣りしてしまうという意味でだが!」
「うむ、イザベラ! 君とのお茶会で口にする菓子は、どれも味気なく感じるぞ! 君と過ごす甘い至福のひと時のせいで、そうなってしまうのはやむを得ないがな!」
「……ダニエルさん、ちょっとよろしいですか」
おもむろに茶会の席を離れ、アラン王子の側近である、ダニエルさんを呼び出すことにしました。
「今日のアラン王子は一体どうなさったのですか? もしかして、どこかで思いっきり強く頭をぶつけたりされました? それとも熱に浮かされていらっしゃるのでは?」
「いいえ……申し訳ありません、イザベラ様。全て私が悪いのです」
いきなり深々と頭を下げるダニエルさん。
「どういうことでしょう?」
「実は昨晩、アラン様から相談を受けたのです。『最近イザベラ様が自分に冷たいような気がする。気持ちが離れているように感じるのだが、どうすればよいだろうか』と」
まったく身に覚えがなかったので、ダニエルさんの言葉に耳を疑いました。ここ数回のお茶会を振り返ってみても、いつも通り普通に接していた記憶しかありません。
「まあ……全くそんなつもりはなかったのですが……」
「お気になさらず。今までも3日に1度はそういう状態になっておられましたから。普段から外面は何とか取り繕っていらっしゃいますが、実際は常に自信が足りていないというか、心配性というか、とても面倒臭い人間なのです」
眉間に深い皺を寄せたダニエルさんはヒートアップしてきたのか、王子に対して容赦がなくなってきました。
「正直、この年で数日おきに王子の乙女のような恋愛相談に乗らなければならないのは、かなり精神的にしんどいものがあるのです。昨晩は疲れていたせいもあって、かなり適当なアドバイスをしてしまいまして……」
深い溜息をつき、項垂れるダニエルさん。
「先日孫が話していた、巷で流行っている『ツンデレ』というテクニックをお教えしたのです。日頃はツンツンした状態で意中の相手に接しつつ、時折デレデレとした一面を見せることで相手の心を掴むことができると」
「……それって、普通女性が男性に行うものではありませんか? それに、王子の場合、ツンツンではなく只の情緒不安定になっている気がします」
「ええ、仰る通りです。王子の性格上、ツンツンとした態度を取ることでイザベラ様に嫌われてしまうかもしれないという気持ちが先行し、実質『ッデレ』状態になっているようです。本当に申し訳ありません」
ようやく王子の不可解で異常な言動の謎が解けました。
「……少なくとも、頭の怪我や病気によるものではなくて良かったです。しかし、一体どうしたものでしょう」
「こんなことをお願いするのは大変申し訳ないのですが、どうかアラン様を安心させていただけないでしょうか。イザベラ様から想いを寄せられていることを確かめられれば、奇行もそのうち収まるでしょうし、ひょっとしたら恋の悩みを延々聞かされ続ける日々から私も解放されるかもしれません」
再度、私に低頭するダニエルさん。特に後半は真剣な声音に必死さが滲み出ていました。
「確かに、私が婚約者としての務めを怠っていたことが原因でもありますし……恥ずかしいですが、精一杯頑張ってみますわ!」
覚悟を決めて、お茶会の席に戻りました。
「おお、イザベラ! どこに行っていたんだ! 心配したぞ! ……ま、まさかとは思うが、ダニエルのことが好きなわけじゃないよな!? べ、別に気にはしないが……あいつは既に還暦すぎているし、妻もいるし、子供も孫だって……」
最早デレでッを挟み込んだデレッデレ状態でパニックになっているアラン様の右手を取り、彼の目を真っ直ぐに見つめて語り掛けます。
「アラン様。よく聞いてくださいね。私がお慕いしているのは、アラン様ただ一人です。この気持ちは生涯変わることがないでしょう。だから、どうか心配なさらないでください。もし、不安に思われることがあったら、いつでも私に仰って下さい。あなたが安心なさるまで、何度でもあなた様への愛を誓ってみせますから」
自分でも話しながら赤面しているのを感じていましたが、目の前のアラン様も見事なまでに綺麗に頬を染めてしていらっしゃいます。
「あう……ああ……うん……ありがとう……僕もイザベラのことが大好きだ……愛している」
彼の曇りのない満面の笑みから、少なくともその瞬間だけはアラン様から不安を取り除いて差し上げることが出来たと分かり、安心しました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ああ、イザベラ! その髪飾りを君に贈ったのは間違いだったかもしれない! 僕からの贈り物を身に付けてくれていること自体は小躍りしたくなるぐらい嬉しいのだが、君の美しいブロンドを、ほんの少しでも僕の目から隠してしまっているのが気に入らない!」
ただ、一つ誤算だったのは、アラン様が私のアプローチを、自らのツンデレ、もとい、ッデレが成功した結果だと思い込んでしまったことです。ダニエルさんへの恋愛相談の頻度は減ったそうですが、それから数か月の間、ッデレ王子との奇妙なお茶会が続くことになってしまいました。