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覚☆醒

「いやいや、そこまではしなくていいよ恥ずかしいし。コツとか有れば、知りたいだけだから」

「まぁ、実際のところ、可愛い声を練習したってきっといい事ないのよ? 最悪、勘違いした男共に寄り付かれるんだから」


 僕にとっては死活問題なんだ。それに、僕なんかが声色ひとつで狙われようが、どうこうなる訳が無い。

 なぜなら僕は普段からこの姿で過ごす気は無いからだ。それでも、学生としての残りの長い期間、安全に過ごすためには必須なスキルだと思っているだけだ。


「でも、澪さんみたいな綺麗な声憧れるし」

「そんな、大したことないわよ? ......良ければ今度、一緒にボイストレーニング受けてみない?」

「い、いや、だから......そこまでしなくていいよ......」


 外へ出て、お金を払ってまでトレーニングを受けるとなると色々なリスクが伴う。今日のような短時間であんな事になったんだ。流石にそこまでは出来ない。てか、私服がない。


「大丈夫大丈夫! うちに先生来る時、朔子さんも来れば良いだけなんだから! あと、同い年なのにさん付けなのもアレよね。せっかくだし、朔子なんだから朔ちゃん! 朔ちゃんって呼ぶことにするわ。私の事は澪でも澪ちゃんでも良いわよ」

「え、ええ、ええうん」


 え、家に先生来るの? 何その金持ちぶり。理事長の孫ってそんな金持ちなの? 僕はそこへ行けば......? 僕は朔ちゃん......で東條が澪ちゃんで......。


 お嬢様の怒涛の勢いに押された僕は肯定も否定もせずに曖昧な相槌を打ちながら、飲み込まれていった。


「それじゃあ、決まりね!」


 僕は事態を理解出来ずにポカーンとしていると、東條は立ち上がり言った。


「じゃあ、朔ちゃん今日は帰るわね」

「あ、ありがとうございましたー」


 オーナーがニヤニヤしながら寄ってきた。オーナーはまだ、若く三十歳らしい。脱サラして潤沢な資金で好きな事をして生きていると言っていた。そんな金持ちの道楽の様な事の巻き添えで、僕は今こんな格好をさせられている。

 そんなオーナーは僕と東條との話の終始を盗み聞きしていたらしい。


「何ニヤニヤしてるんですか」

「時間作るなら、任せろ」

「ふざけんな」


 爽やかに笑い、サムズアップするオーナーに僕は初めて暴言を吐いた。




 それから数日、僕なりに危機感を感じ声の問題と向き合ってはいた。そして、時が来た。


「朔ちゃん、待った?」

「全然待ってないよ、バイト中だったし」


 日曜の昼下がり、黒のセダンに乗って東條が喫茶店へ来た。運転席の若そうで、仕事が出来そうな執事が降りて来て、僕に会釈をする。そして、なぜかオーナーまで出て来て手土産を渡し出す始末。


「すいませんね、家の朔子が世話になるみたいで。これは、うちで挽いた豆です。良ければ持って行って下さい」


 ふと顔を見てみれば、オーナーはこれ以上にない愉快な顔をしていて素直に腹が立ったので誰も見ていないところで足を踏んだ。


 車に乗って十分程。思っていた通りの豪邸、思っていた通りの庭に思っていた通りの噴水。思っていた通りの煌びやかな照明。どうやら、東條は思っていた通りのお金持ちのお嬢様だったらしい。この地域にこんな豪邸があっただなんて知らなかった。


 実際のところ、あの喫茶店に来れる客層である時点でお金に余裕がある事は理解出来ていた。オーナーはふざけているものの決して妥協をしない。それ故に道楽でやっている喫茶店では拘り抜いたメニューばかりで安価なメニューが全然存在しない。

 それでもまさか、ここまでのお嬢様とは......と僕はまたもや言葉を失ってしまった。まるで、アニメや漫画の様な世界観だ。


「少し早いから先にウォーミングアップしちゃいましょ」

「う、うん」


 僕は東條と共に防音されたレコーディングスタジオの様な場所に居る。

 ほんと、金持ちって凄いなぁ。楽器とか色々置いてあるけど、これみんな東條の物なのだろうか?


 僕はどうしても気になってキョロキョロとしてしまう。

「ん、朔ちゃん楽器で遊びたい?」

「だ、大丈夫だよ。沢山あるから凄いと思って」

「殆どお姉ちゃんとお兄ちゃんの物だよ。私は、そこまで器用じゃないから......」


 東條はトライアングルを取りだし、チーンと鳴らす。

 上に二人も居たんだ。てっきり一人っ子だとばかり思っていた。


 それから間もなく、声楽を教える先生が来て、僕らをレッスンした。


「ほら、もっとお腹から声を出して!」

「違う、それじゃダメ! こうよ! こう!!」

「自分のなりたいイメージをしっかりともって!! 自分をそこへ合わせて!!」


「あああああああああああぁぁぁ!!!」


 燃え尽きたよ。真っ白に。


 そんな僕の傍らで美声を響かせるのは東條。時折少しだけ笑いながら僕を見る。


 でも、レッスンを終わってみると僕の声は劇的に変わっていた。


「ほら、朔子さん、いつもの様に声を出して話してご覧」

「あ、ああ......。あ〜。コホン。ええっ!? これ、本当に私の声!?」


 これが......レッスン......。僕は僕の声に、違和感を覚える。僕の喉に他の人でも居るんではなかろうか。


「これが、レッスンの力よ」


 先生が三角眼鏡をクイッと上げる。まるで心を見透かされているような気がするが、たまたまだろう。


「朔ちゃん凄いわ! とても可愛い!! まるでダイヤの原石よ!!」


 東條までもがテンションを上げ、僕を賞賛してくれた。


 その日、喫茶店へ帰ってオーナーに聞かせたら「お前、誰だよ?」と言われた。


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