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アルフォンソ デステ公旅行記  作者: 辻 ミモザ
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8月5日(フェラーラ公国の小さな港町)第2章

「これは失礼しました。こいつは奴隷の娘です、変わった姿をしておりましょう。髪が黒く肌は生なりの麻の色、目が細く東の国のタタール人とも顔つきが違いましてな、高く売れると算段して買い入れましたが。」ジェノバの商人は娘に近付きながら一行に説明した。

「しかし、言葉がわからないのか、とにかくうずくまって動かないので難儀しています。」

 黒髪の少女は木箱の横に膝を抱かえてしゃがみこんでいた。目は開けているが虚空を眺めるように焦点が合っていない。ほっそりとした手足はきれいで、顔立も整っていて品の良さそうな姿をしている。何か事情があって浚われて奴隷として売られたのか、身におこった激変に精神がまいってしまった状態なのか。アルフォンソ達はそう察していた。

「アラブの金持ちなら、変わり種として買ってくれるでしょう。ハレムには色々な女がおりますから。」商人が下卑た笑顔でそう言った。


 アルフォンソはうつろな目をした少女の横顔をじっとみた。そして意を決した様にジェノバの商人にこう言った。

「変わり種はフェラーラの宮廷にこそ欲しいぞ。黒人の侍女はミラノやフィレンツェにもいるらしいが、東の国の娘はきっと珍しいはずだ。」

 マルキージオは慌てた、主人は何を買おうとしているのだ、止めなければとしたが、アルフォンソはまだ言葉を続ける。

「それから、このヴァイオリン、ガレッツォの持っている大きな剣、帷子に槍。」

 言葉を聞いてジョバンニ以外は皆喜んだ、特にガレッツォは自分の要求をわかってくれた事に感激していた。


 ガレッツォはアルフォンソ付の騎士見習いのひとりだった。剣や馬の稽古をアルフォンソや弟達と一緒に学び、有力な家臣になる事が求められる。今回の旅行に見習いの仲間からただ一人選ばれ、彼はやる気に満ちていた。


「そして、一番欲しいのは、そこの真珠の耳飾りだ。」

 最初にすすめられた宝石の中にひときわ目をひく耳飾りがあった。いくつかの小さめの真珠を金の細工で胡桃の実ほどの形にした物で、華やかで上品な耳飾りだ。その言葉にびくっとしたのは、ジョバンニ マルキージオだ、あわてて主人を止めにはいった。

「アルフォンソ様無駄使いはいけません。まだ、剣や武具ならわかりますが、真珠の耳飾りなどもっての外です。父上様がお知りになれば、お怒りまちがいないでしょう。」

 アルフォンソは悪戯ぽく父マルキージオを見ながら言う。

「耳飾りは、お前から奥方への買い物だ。きっと喜ぶはずだ。」


 フェラーラ宮廷では今、真珠が流行っていた。公爵夫人がまず大粒の真珠の首飾りを豊かな首元に着けた事から始まり、騎兵隊長の妻が手首に何重もの細かい真珠のブレスレットを見せびらかして注目を集める。貴婦人達も女官達も人よりも大きな物を華やかな物を探していた。実はジョバンニもこの旅行に出る際に妻から掘り出し物を買ってほしいと頼まれていたのだ。これは確かに掘り出し物だった。

「父上、この耳飾りを持ってかえれば、母上は絶対喜びますよ。」ガレツォもこう言う。

「奥方様にはきっとお似合いですよ。」

「こんな手の込んだ細工の耳飾りは珍しいでしょう。皆見たがるでしょうね。」

 こんな事には無関心なはずの武闘派の部下達も、ここぞとばかりに買わそうとする。ジョバンニは顔を真っ赤にしながら思案していると、アルフォンソが追い打ちをかけた。

「これを買わずに帰った事を奥方に知られたら、無事では済まぬよなあ。」

 マルキージオ夫人は穏やかな笑みを常に浮かべた良妻賢母の鏡だと、世間の人々は思っていたが、彼女の夫は知っていた。時おり見せる白刃の様な鋭い視線で、夫の飲酒を止めたり、ぐずる子供を黙らせ、部下達にも無言の圧力をかけている、マルキージオ家の支配者である事を。この顔ぶれをみては、耳飾りを買わなかった事を隠ぺいするのは困難。

「仕方ありませぬな、この剣や槍は掘り出し物。買わぬのはもったいないですし。」ジョバンニは我が家の平安の為に折れた。

「マルキージオ、父上直伝の交渉術で、しっかり値切ってくれ。」アルフォンソは肩をぽんとたたくとやっかい事をおしつけた。


「もしや、この方はエステ家のご嫡男アルフォンソ様でいらしゃいますか。」

すこし青ざめながらジェノバの商人は様子を見ながら言う。

あのヴェニスの商人を上回る商売上手で、吝嗇で有名なエルコレ1世の息子の一行とは、世間知らずな若い貴族相手に軽く儲けようと考えていたが、思惑ははずれてしまった。


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