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役者不足の劇の終わり

作者: 衣花みきや

よくある勇者と魔王の最終決戦の話です。

 もうすぐ、もうすぐすべてが終わる。

 扉の外での戦いはどうやら決着したようだ。もうじき扉を破り、この部屋に突入してくるだろう。“勇者”の名を背負った者とその仲間たちが。そうすれば後は時間の問題だ。すぐに私の首は取られ、この戦は人類の勝利で幕を閉じる。

 私は持ち主のいない椅子を見て、ギュッと胸を締め付けられた。その痛みを紛らわすために、床に膝を着け、手を胸の前で結ぶ。目を閉じ、神に祈る。


 ――どうか、苦しまずに死ねますように。


 その姿は傍から見れば修道女のそれと似たようなものだろう。だが少し違う。彼女たちが求めているのは救いの生だが、私が望むのは安らかな死である。魔族である私が神に祈るというのは、彼ら――勇者たちにとっては滑稽に映るのだろうか。

 祈ってみても激しい動悸は収まらない。死への恐怖心が薄れることはない。手を結ぶ力はより強くなり、願う気持ちは膨らんでいく。

 バキッという音と共に、こちらへかつて扉であった物が飛んできた。目を開き、ゆっくりと立ち上がった。

 振り返れば、三人のパーティがそこにいた。

 一人はとんがり帽子をかぶった赤毛の少女。ところどころ服はほつれ、破け、素肌を曝してしまっている。髪は焦げたようにチリチリとしているのがここからでもわかる。返り血を浴びたその顔は童顔ではあるが、その瞳はいろいろなものを背負ってきたように思える。

 その隣にいるのは大きな杖を持った青い髪の少女。髪留めがなくなったのか、その長い髪は行き場を定められることなく垂れている。赤毛の子と同様に服は破けているが外側のローブだけのようで、中は汚れてこそいるもののまた原形をきちんと保った服を纏っていた。最も身綺麗で、おそらく後衛だったのだろう。その身なりからしてもシスター、いや、聖女と考えるのだ妥当か。

 最後の一人は強面の斧使いだった。筋骨隆々で背丈も大きく、三人のなかでは一番頼もしく見える。斧はよく手入れがされているようで、血に塗れてはいるもののまだその性能を遺憾なく発揮できるだろう。服はそれと対照的に三人の中で最もひどい。もはやそれは服ではなくぼろきれだ。加えてここに来るまでに片目を失ったようで、その瞳が映すのは疲労と苦悩だけのように見える。

 その三人を見て、疑問に思う。

「勇者様は、いらっしゃらないのですか?」

 その私の問いに、斧使いの戦士が答えた。

「リルルなら死んだ。ずっと前にな。俺たちはそれから四人でやってきたが、この城でもミークが……」

「アーネ、何でそれを……」

 あの金髪で笑顔を絶やさなかった勇者が、いない。それは魔王様がいた頃の私ならば狂喜乱舞したことだろう。だが、いまの私には浮かぶのはただの同情の念だけだった。

 そういえば、二年ほど前から勇者の動向を探るのをやめた。どの辺りまで来ているということは知っていたが、そのメンバーがどうなっているのかなど気にすることはなかった。だが、まさか勇者が既に亡くなっているとは。

 いま目の前にいるやせ細った三人を見れば、その理由も自ずとわかるというもの。

 私たちの住む土地は荒れている。正直に言って人の住む場所ではない。魔族以外には毒である瘴気が立ち込めているし、手に負えない魔物が跋扈している。作物は育たず、食糧はない。だがそれは魔族も同じことで、ずっと昔から食糧難が続いていた。その豊富な食糧資源を求めて交渉をするも、手ひどく断られて侮辱された我々が戦争を仕掛けるのも当然の成り行きだったと言えよう。

「病気ですか? それとも討ち死にですか?」

 私の問いに、三人は答えない。ただ俯き、苦い記憶を噛み殺そうとしていた。

「なるほど。頼まれたのですね、殺してほしいと」

 赤髪の少女がはっと顔を上げ、潤んだ目でこちらを見た。恐らく彼女は勇者を慕っていたのではないだろうか。その命を自らの手で断つことに最も反対したのは彼女であると容易に想像ができる。

 あの勇者がそんなことを言う姿は想像もつかない。だが、知ってしまったのだろう。我々の痛みや苦しみを。戦わなければならない理由を。あの心優しい勇者のことだ。殺したくないとまで思っていたのかもしれない。それを乗り越えて戦い続ける心の強さを、彼は持ち合わせていなかったのだろう。

 ミークという名も、聞き覚えがある。最初の街からずっと一緒にいた槍使いの青年のことだろう。あの冷静な黒髪の男が勇者亡きあとのこのパーティの要だったに違いない。人を率いる素質は確かに彼の中に存在していたし、あのパーティの中で一番強い心を持っていたのだろう。

 そんなことを考えていると、赤毛の少女が突然床に崩れた。ペタリと座り込み、その顔を見れば泣いているのが分かる。

「もうやだよぉ……、こんなのって、こんなのってないよお……。なんで、何でこんなことに……」

 彼女の言いたいことは理解できた。勇者の冒険とはもっと物語や英雄譚のような華やかで美しいものだと思っていたのだろう。だが、現実は非情だ。苦しくて辛くて、どうにもならないようなことも少なからずある。それでもここまで来たのだから、もう少し我慢というものができないものだろうか。

 私を殺せば、それで本当に最後だというのに。

「魔王は、やつはどこにいる?」

 アーネと呼ばれた茶髪の斧使いが、私に問うてきた。

 その質問を待っていたと言ってもいいだろう。こちらも真実を告げなければならない。

「魔王様は二年ほど前に亡くなられました。同胞の仲間割れの仲裁に入り、その責任と言って自害なされました。それ以降は私が軍の指揮を」

 あれは仲間割れと言うレベルではなかった。幹部クラスの殺し合い。それの巻き添えを食らったものだけでも数万の命が犠牲になった。発端は戦争を続けるべきか否かの意見の食い違いである。周りが見えなくなった二人を止められるのはもはや魔王様だけであった。

 間に入って重傷を負い、それでも何とか二人を説き伏せた魔王様は、自分が皆を導けなかったことを悔やんで後は頼むと私に言葉を残し、その場で自らの体に槍を刺した。

 すぐに救護を呼ぼうとしたが、魔王様の魔法で足止めを食らい、私は魔王様の命が尽きるのをただ見ていることしかできなかった。それからは地獄の日々だった。魔王様が死んだことを隠すために様々な手段を取り、敵も味方も騙し、今日までこうやってやってきた。でもそれも、ここまでだ。

「始めましょう。これが正真正銘の、最後の戦いです」

 私はそう言い、自らの得物を取り出す。恐怖から逃れるためには、自分の持つ死神のような大きな鎌を握りしめるしかなかった。それでもしなければここから逃げ出してしまいそうで、自らの誇りと責任を投げ出してしまいそうで、けれどそれが一番嫌だから、ぐっと鎌を握る力を強くして三人を見つめた。

「そんな、あなたが戦う必要はないでしょう? 魔王はもういない。それならば、あなたが戦う必要なんて……」

「魔王様のいないこの世界に、私は何の未練もありません」

 嘘だ。そんなものは詭弁だ。けれど、私に残されている選択肢は少ない。もしここで私が戦わないという選択をしても、目の前の三人以外の人間は敵の将を生かしておくことを望まないだろう。どうせ死ぬのならば、魔族らしく闘いの場で散りたい。私もそれぐらいの矜持は持ち合わせていた。

 いや、彼らも国元へ戻ればその力を恐れられ、処刑されるだけか。ならば、ここで相打ちになるのが最善なのではなかろうか。まあ、そんな事をできる実力は私には無いのだが。

 万が一私がこの戦いに勝ったとして、魔族が戦争に勝利することはもうないだろう。あまりにも犠牲が出過ぎているし、残った兵の士気も上がることはない。魔王様の死もいつかは露見するだろうし、そうなれば士気の下がった我々の戦線が崩壊するのも時間の問題である。私一人で人類を掌握することなど到底不可能だ。だからここで私がするべきことは決まっている。

「さあ、覚悟を決めて下さい。役者不足ではありますが、この不毛な争いに決着を付けましょう」

「そんな、そんなことって……」

「わかりました。終わらせましょう」

 そう言ったのは青い髪をした聖女の子だ。彼女はとても心が強い。パーティを自分が支えなければいけないと思っているのだろう。そんな彼女のことを見て、赤毛の子はいまだ俯いて泣いているが、ゆっくりと立ち上がった。斧使いの戦士のアーネも斧を構える。

「あんたとなら、もしかしたら仲良くなれたかもな」

「ええ。時代と場所が違えば、ですけどね」

 そんな言葉を交わしたのを皮切りに、私の最後の戦いは――終わった。

 早々に鎌を手放した私は、聖女の子の妨害で動きを封じられ、斧使いの攻撃をまともに食らい、赤毛の子の魔法を防御する間もなく叩きつけられた。

 魔王の側近と言うだけの私では、数々の幹部を討ち倒してきた勇者のパーティに敵うはずもないのだ。だが、戦った。その事実は重要だ。最後の戦いはこの場所で行われなければならないと決まっている。

 ドサリと後ろ向きに倒れた私に三人は驚きの視線を向けた。

 傷は深い。人間の回復が効かない私に助かる手立てはないだろう。

 もともと施政ができたから雇われた身だ。あの大きな鎌も周りを委縮させるための飾りでしかない。回復能力も戦闘能力も全種族を通じて平均以下。魔族としてあるまじきこの私に隣で支えてほしいと言ってくれた魔王様には感謝の念しかない。

 結局恥ずかしくて想いを伝えることも、その先、体を交えることもついには届かなかったが、それでも私の考えた作戦が功を奏したときに、力の加減を考え、私のことを思いやってぎゅうっと抱きしめてくれたあのときの温もりは、この体がずっと覚えている。

 血を流し過ぎたのか、視界がぼやけてきた。喉もヒューヒューと鳴っているのが聞こえてくる。あまりにも大きすぎる痛みはもはや声を出す元気さえ失せさせる。

 こんな痛みを抱えながら、魔王様はずっと戦っていたのだろうか。こんな苦しい思いをしながら、魔王様は皆を守ってくれていたのか。そう思うと少しだけ魔王様に近づけたような気がして、笑みが零れる。

 体は指一本動かず、痛みは全身を駆け巡る。先程の祈りは届かなかったと見ていいだろう。

 でも、それでも。苦しくて痛みが全身を支配していたとしても、今の私は幸せだ。

 やっとあの人のところへ行けるのだから。


 ――お慕いしています、魔王様。私ももうすぐ、そちらに行きます。

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