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グッバイ、マイサマー  作者: ひろ法師
第1章 不思議なお姉さん
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第7話 違和感の花火大会

#6

 夕暮れの中、私は神社を出る。これから友人と花火を見に行くのだ。あいつは日付が変わるころじゃないと戻らないし、夜十時ごろまでに帰れば……。

 帰りたくないけど。


 とりあえず、一番近い駅から八百駅に戻った。電車に揺られることわずか五分。人は少ないけど冷房が効いている。

 そういえば八百駅から神社まで歩いて四十分。電車だとその八分の一だ。なんで卯花くんはあれだけ電車に乗りたがらないんだろうか……。わざわざ自転車で暑い中飛ばす必要なんてないのに。


 電車を降りて、待つこと半時間。


「おーい! スズミー!」


 つり目のショートヘアの女の子がこっちに走ってくる。露出の多いキャミソールにショートパンツ。服から伸びる腕や脚はすらりとしていて、胸の大きさもあってやけに色っぽく見える。とても中学生には見えない。


「ゆかちゃん!」

「ごめん、待たせちゃって」

「いや、時間通りだけど……」


 スマホの時間を見るが、今は六時。ちょうど集合時間だ。

 そういえば、一緒に来るはずのほかの友達が見当たらない。


「あれ? キヨコちゃんとあきちゃんは?」


 さっきまで笑っていたゆかちゃんの顔が、いきなり無表情になった。眉間にしわをよせ、声も低くなる。


「ああ、あの二人? いつまで経っても来ないから置いてきた」

「えっ!?」

「まあ、あとで電車で来るんじゃない?」

「ちょっと、そんな」


 まるで、他人事のような口調。置いてくるなんて、いくらなんでも……。

 だが、ゆかちゃんは戸惑う私なんてお構いなしに、再びにこにこ笑いながら私のカーディガンを引っ張った。


「とにかく! 早く花火行こうよ。元晴もとはるくん待たすわけにいかないし」

「ゆ、ゆかちゃん……」


***


 花火大会は八百駅から歩いて二十分ほどの浜辺、「マーメイドビーチ」で開催される。すでに七時半。太陽も海に沈み、夜になったが普段なら波音しかしない静かな浜辺も、今日は花火の見物客で賑やかだ。


「やっぱりあんま空いてないねえ」

「どこがいいかな……」

「あ、元晴くん!」

「え、ゆかちゃん?」


 私とゆかちゃんは花火を見るのに最適な場所を探していた。だがゆかちゃんは誰かを見つけたのか、いきなり走り出した。

 ゆかちゃんの先に、防波堤越しに海を眺める明るい茶髪で背が高い少年。


「ごめん、元晴くーん! 遅れちゃった! 待たせたよね?」

「そんなことねえよ。これくらい、どうってことないさ」

「もう、元晴くん……」


 軽く上の歯を見せてさわやかに笑う少年。それを見て、ゆかちゃんはうっとりしていた。彼の左手に軽く両手を通して、身体を寄せている。さわやかな海風が、二人の髪や服を揺らした。

 ……いちゃいちゃしてるのだ。


 この少年は近村ちかむら元晴もとはるくん。私と同じクラスの少年でイケメンでスポーツ万能、成績も優秀、友人も多いとまさに少年漫画に出てくる、絵に描いたような好青年だった。


「あの、ゆかちゃん……」

「あ、スズミ? とりあえずここで見ようよ。場所もいいしさ」

「いや、そうじゃなくて」


 私はため息を吐いた。人の前でいちゃつくのはどうかしてほしい。

 だが、ゆかちゃんは私の顔を見るなり、


「あ、スズミまさか嫉妬してんの~? でも大丈夫よ。スズミならすぐカレシできるって」


 嫉妬してないし。今度は心の中でため息をつく。

 

 その時ショルダーバッグの中からバイブレーション音がした。スマホの画面に【浜田あき】と表示されていた。


「もしもし? あきちゃん、いまどこ?」

【今着いたとこ。キヨコちゃんもいるよ。スズミちゃん、どこいるの?】

「人魚の像のとこ」

【すぐ行くから、待ってて!】

「うん」


 スマホの通話を切ると、ゆかちゃんが怪訝そうな顔をして私を見ていた。


「さっきの電話、あきからだったの?」

「今来るそうだけど」

「遅すぎるじゃないの。はあ……。あの子どんくさいのよねえ。バレーだってできないし……。あたし、ああいうの苦手なのよねえ」

「ゆかちゃん、言い過ぎだって」


 だが、ゆかちゃんはため息をつくと、


「やっぱりスズミ。あんただけよ。でも、あんまり他の子を庇ってるとあんたもダメになるから、注意したほうがいいわよ」


 だが、私はその発言があまり好きじゃなかった。友達は友達でいつまでも仲良くいたい。私は心でそう願っていた。エゴかもしれないけど、友人たちと居られる時間が私にとっての居場所だった。

 しかし、ゆかちゃんは自分勝手で思い通りにならないと怒る。ゆかちゃんとも友達でいたいけど、そんな彼女の性格が私は苦手だった。

 しばらくしてあきちゃんとキヨコちゃんがやってきた。二人の姿が見えると、私は大きく手を振って合図した。

 ふたりが走ってくる。


「スズミちゃん、ごめん! 遅れちゃって」

「いいって」


 だが、後ろから割り込むように甲高く鋭い声が私たちの間に響いた。


「ちょっと! あんたたち遅いじゃないの。スズミはそれでいいかもしれないけど、何であたしに謝らないわけ?」


 ゆかちゃんは腰に手を当て、眉間に眉を寄せ、あきちゃんとキヨコちゃんに上から視線を突き刺していた。


「ご、ごめんなさい……」


 あまりの威圧にしゅん、とあきちゃんとキヨコちゃんは頭を下げる。眉は八の字になり、前にいるゆかちゃんを見たくないようだった。


「ったく、あんたらそんなんだと卯花うのはなと同類になるわよ? いいの?」


 「卯花」という言葉を聞いた途端、あきちゃんもキヨコちゃんもそわそわし始めた。特にキヨコちゃんは怯えているのか、体を震わせていた。卯花って、まさか卯花くんのこと?


「か……海堂さん……。それはやめて」

式川しきかわさん。わかってるのならちゃんとしなさい」


 小声のキヨコちゃんを押しつぶすかのようなゆかちゃんの声。


「は、はい……」

「ならいいの」


 ゆかちゃんは腕を組みながら、私に顔を向けた。


「スズミもスズミよ。友達ならダメなものはダメって言わないと。あんた、甘いわよ」

「う、うん……」


 形だけだけど、私は首を縦に振った。しかし、ゆかちゃんに対していくらなんでもそこまで怒る必要ないじゃないという思いと、なぜ卯花くんの名前がここで出てくるのか不思議でならなかった。彼の名前を聞いたときのキヨコちゃんたちの反応もおかしい。

 いろいろ考えていると、海のほうから何かが打ちあがり、破裂する音が響いた。その大きな音に私の意識は海に向けられた。

 夜空に一瞬だけ咲く大輪の花火が、夏の夜を明るく彩る。観る者は目も心も花火に魅せられていた。

 本当だったら友達と過ごすこの時間が、いつまでも続いてほしいと思う。特に私なんか、ここで一夜を過ごしたいくらいだ。だが、心はなぜか違和感を覚えていた。花火が打ちあがっている最中も、違和感は消えずずっと残っていた。

 だけど、この違和感が私たちの運命を大きく動かすなんて、思いもしなかった。

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