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グッバイ、マイサマー  作者: ひろ法師
プロローグ セイヤとスズミ
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第3話 僕の居場所

 六月中旬。風馬さんと知り合ってから二週間が経った。天気予報によると、八百やおにも梅雨がやってきたらしい。本格的な雨のシーズンになると、外のからっとした気持ちの良い空気が一転して、じめじめした不快な、嫌な空気に包まれる。


 だがいくら不快でも、僕はいつも通りいじめっ子たちの目を伺いながらも、ほぼ毎日図書室に通っていた。


 図書室を利用するときに風馬さんはいなかった。当番日以外は部活に行っているのだろう。八百中に帰宅部の生徒なんて数えるほどしかいないし、友達もおらず、いつも独りぼっちの僕には関係ない話だ。


 今日も図書室で大好きな異世界ものの小説を読んでいる。相変わらずこのワクワクとドキドキはいつ読んでも新鮮だ。

 ふと図書室の時計を見ると、すでに六時を回っていた。そうだ、今日はお母さんから夕食買い出しを頼まれていたんだ。

 本を借りるため、カウンターに向かうと僕の足は自然と止まった。カウンターで黒くて重そうな本を読んでいるショートヘアを左右で束ねた僕と同じくらいの背丈の女子生徒。時々スマホを見て、さらにテーブルの上のノートに何かを書き込んでいる。

 風馬ふうま鈴美すずみさんだった。

 そういえば風馬さんは僕と初めて会った時も難しそうな本を読んでいた。


「あの、風馬さん……」


 声をかけるが、風馬さんは反応せず、ただただ目の前で調べ事を進める。まるで僕と彼女の間に透明なガラスが張られているように、声が遮断されている。


「風馬さん!」


 少し声を鋭く立てると透明な見えないガラスは割れ、風馬さんに突き刺さる。彼女は驚いた様子で僕を見た。


「え……、卯花うのはなくん……!?」


 はあ……。

 ため息が出てしまった。


「あの、すいません。本を借りたいんですけど」

「あ、うん。わかった」


 少々焦りながらも彼女は引き出しから貸出ノートを取り出し、僕の前で広げるとボールペンをノートに上に置いた。

 風馬さんの白い長袖の制服から伸びる日焼けした細い腕が見えるが、ところどころに絆創膏が貼られていた。特に左手のひらは包帯がまかれ、ガーゼが当てられていた。どこかでケガしたのだろうけど……。


「どうしたんですか? その腕……」

「え……」


 風馬さんは顔を上げると、すぐにその腕を隠した。


「べ、別に何でもないよ? ちょっと、昨日バレーでケガしちゃって……」


 えへへ……。そういって風馬さんは右手を頭に当てて笑った。


「心配しないで? うちのバレー部練習きついし、こんなこともざらにあるから」

「そうなんですね……」


 苦笑いする風馬さん。外は雨が降っていて暗いけど、なぜか彼女の周りはほんのり明るく見えた。

 僕はノートに名前を書くと、風馬さんにペンとノートを戻した。

 ふと風馬さんはスマホの画面を眺める。


「そういえば今日は早いんだね。用事でもあるの?」

「え……」


 なぜか声が詰まった。

 僕は他人に自分のことを話すのが好きじゃない。なぜか警戒してしまうのだ。あらぬ噂を立てられないか、いじめのネタにされないか、とにかく不安でならなかった。


「早く帰ろうかなって思って」

「そっか。いいよね、帰宅部くんは自由で」


 そう言って肩を回す風馬さん。最後の言葉に少し嫌味を感じたけど、風馬さんは気にせず大きく背伸びした。


「ふう、調べ事って体力使うのよねー」

「何調べてるんですか? すっごく難しそうな本読んでるみたいですけど」

「ん? 社会の宿題で人魚の伝説について調べてたの。来週発表だから、今のうちにまとめとかないと」

「大変ですねえ」


 風馬さんによればそれは、八百の郷土史を一つ調べて発表する、というもの。

 そんなこと調べてたんだ。へえ……。

 ただただ普通の感想しか出ない、というより風馬さんの言葉に対してまともに返さなかった。

 僕自身が人とかかわりを最低限にしていることもあるけど、やっぱりコミュ障だから話が続かない。


「じゃあ、僕はこれで」

「うん。じゃあね!」


 図書室を出るとき、風馬さんは笑顔で手を振っていた。彼女がケガしていることを少し不安に思いながらも、僕は学校をあとにした。


 近くのスーパーで頼まれていた夕食の買い出しを済ませ、家に着いたのは七時過ぎだ。

 僕の家は自転車で二十分ほどの距離にあり、八百の中心市街地に近い場所にある。八百は江戸時代、八百周辺を治めていた大名の城下町で、今でも当時の街並みが残されている。僕の家はそんな城下町のはずれ、標高百メートルくらいの小さな山、卯花山うのはなやまのふもとにある。

 家に帰ると、学校での心臓が締め付けられるような感じから解放される。重苦しかった体から鉛が自然と消えた。僕にとって自宅は心の安らぎとなる場所だ。


「ただいまー」

「おかえり、セイヤ。今日は元気そうじゃない。いいことあったの?」

「まあ、普通だったよ?」

「嫌なことはなかったみたいね」


 僕は苦笑いした。

 お母さんは今戻ってきたところらしく、スーツの上着を脱いで持っていたうちわであおいでいた。

 買ってきた食材をテーブルの上に置く。


「今日言われてたの、全部買ってきたよ」

「ありがと。ご飯作るから、先に宿題を済ませたら?」

「はーい」


 今日は平和だった(いじめっ子から逃げられただけだけど)から、家でも平和だ。階段をのぼり、さっそく宿題に取り掛かった。

 卯花家は四人家族で、僕の両親は共働きである。二人とも帰ってくるのは大体七時くらいなので、帰りが一緒になることもよくある。

 僕の日課は夕食までに宿題を済ませて、それからご飯だ。


「セイヤ、もうすぐメシだぞ」


 下からお父さんの声。ちょうど宿題も終わったし、行こうか。下に降りると、すでに両親は座って僕らを待っていた。


「あれ、おじいちゃんは?」

「神社で掃除してるんじゃない? そろそろ終わっただろうから、呼んできたら? もう少しでご飯できるから」

「うん」


 お母さんに言われ、僕は家の隣にある卯花神社うのはなじんじゃに向かう。卯花神社は卯花山に古くから鎮座する神社で、僕の家は代々宮司を務めていた。今はおじいちゃんが宮司を担当しているけど、僕も小さいころから手伝っていた。

外に出ると、すでに雨が上がっていた。

 鳥居をくぐって森を進んでいく。すでに夜で街頭も少なく、周囲は真っ暗。懐中電灯を頼りに進むが、雨上がりの涼しい風に紛れて飛ぶホタルが道を照らしてくれた。 

 しばらく進むと、境内に出る。奥にある本殿に明かりがついていて、障子の向こうで人影が右から左に動いている。

 掃除をしているおじいちゃんだろう。


「おじいちゃん、入っていい?」

「おう、セイヤか。いいぞ」


 障子を開けると、中は明滅する光が弱い豆電球に照らされていた。そんな中、おじいちゃんは雑巾でほこりをかぶった木の床を拭いていた。


「ご飯できたって。掃除終わりそう?」

「ああ。ビクニさまにお参りしたらすぐに行くよ」

「ホント毎日お参りしてるよね。おじいちゃん」


 おじいちゃんは白髪だらけの後頭部に右手を回した。


「はっはっは。そのおかげかわしはまだまだ元気じゃぞ。これもビクニさまのご加護じゃ」

「ビクニさまに、ねえ……」


 ビクニさまは不老長寿、無病息災の御利益があるとされる神様だ。その昔、ビクニさまと呼ばれた十代くらいの若い尼さんがいた。彼女は全国各地を行脚して善行を尽くし、卯花山で亡くなった。死後、彼女の善行と業績をたたえ、神様として祀るために建てられたのがこの卯花神社だ。ビクニさまは亡くなったときに若い姿ながら千年近く生きていたらしく、いつしか不老長寿の神様として信仰を集めていったという。

 おじいちゃん曰くこの神社にお参りに来る人は寿命が延びるらしい。新聞で見たことがあるけど、八百は県内でも平均寿命が長い土地だという。神様のおかげかは知らないけど。

 にわかに信じられないけど、もしも神様の加護が本当ならいじめられても精神を病んだり、ストレスで病気にかからないようにしてほしい。


「セイヤもお参りするか?」

「いいよ。僕まだ子供だし」

「子供だからこそする価値があるのじゃ。風邪とか病気にかからなくなるぞ?」

「ほんとう?」

「ああ。わしも子供の時分お参りしとった。おかげで無病息災じゃ」

「病気一つしたことないの?」


 おじいちゃんはにっこりと頷く。


「それにの。卯花の家は代々ビクニさまに仕えてきた。わしのじいさんもばあさんも百近く生きておったぞ。きっとこれもビクニさまおかげじゃ」

「長生きだったんだ……」


 とはいえ、おじいちゃんは九十近いといっても頭こそ真っ白だが中身は真っ白になっておらず、身体も若い人よりは衰えているとはいえ、背筋もピンとしてるし、杖なしで歩くこともできる。デイサービスや養護老人ホームのお世話にもなっていなかった。

 もちろん、運動をしたり、食事に気を使ったりと健康に気を使っているからだけど、何より日課として神社で仕事をしているから元気なのだろう。


 いろいろ話しているとズボンのポケットにしまってあったスマホが音を立てた。画面に【卯花みゆ】と出ている。お母さんだ。


【いつまで待たせるのよ! ご飯冷めちゃうわよ!】

「ごめん! お母さん!」


 いきなりのお母さんの大声に心臓が震えた。やばい……!

 通話を切ると、焦る気持ちを抑えながらもおじいちゃんの袖を引っ張る。


「家に戻ろうよ! もうご飯できてるって! お母さんカンカンだよ!」

「わかったわかった。ったく、みゆさんもせかすのう」


 おじいちゃんは笑いながらもやれやれと歩き出した。

 静かな境内を少し足早に歩く。さあ、遅れたけど家に帰って夕食だ。


「いただきます!」


 家族四人で卓を囲んで、夕食になる。食事しながらもたわいもない話が飛び交う。今日あったこと、世間話、学校でのこと、会社でのこと……。いつもの夜だけれど、確かにそこには僕の居場所があるのだ。

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