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グッバイ、マイサマー  作者: ひろ法師
第2章 帰りたくない!
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第12話 二人でお祭り!?

「……スズミさんはあれから大丈夫なの?」

【うん。昨日はぐっすり眠れたからね。今はほら、めっちゃ元気! セイヤくん……心配かけてごめんね?】


 スマホ越しに聞こえるスズミさんの声が耳を軽やかにさすった。まるで早朝の小鳥のさえずりのように。


 よかった……いつものスズミさんだ。

 僕の身体からすっと何か冷たいものが抜け、ほっこりと安堵する。


 僕とスズミさんが友人になった日の翌日早朝、僕はベッドに寝転がってスズミさんと通話していた。

 家に帰ったスズミさんが不安で電話をかけようか迷っていたが、意外にも彼女からかかってきたのだ。


 スズミさんは昨日二時間ほど眠った後、夕方に帰宅した。念のため病院に行くように言ったが、電話の声を聞く限り問題無さそうだ。

 ある意味とても運が良かった。家には誰もいなかったし、救急車を呼ばなければスズミさんは今頃……。思い出すだけでもぞっとする。


 箱は僕の机に戻した。鍵をかけ、開けられないようになっている。


 僕はスズミさんに申し訳なくなった。


「ごめん、軽い気持ちで勝手に開けたりして」

【いいよ。最初に言い出したのは私だし、私こそ謝るべきだったよ。でも、結局大事にならなかったから、今度から気を付けようよ】

「うん……」


 こくり、と自分を戒めるように首を縦に振る。

 あの中はもう絶対開けてはならない。そう心に誓いたい。


【それよりも、私すっごく気になるんだよねえ】

「え?」

【なんでキミ、箱を開けても大丈夫だったの? 私、すっごく苦しかったのにセイヤくん、気分悪くなったりしなかったの?】


 スズミさんの疑問に呼応するかのように、僕も脳内にはてなが浮かび上がった。

 確かにそうだ。

 箱を開けてしまったとき、苦しむスズミさんに対し僕は驚きこそしたが、身体に異変は感じられなかった。


「別に、なんともなかったけど」

【そっか……】

「すぐ箱を閉めたからかな」

【そうかもしれないけど、キミ箱の前にいたでしょ? あの中、何が入ってたの? 私見る余裕がなかったけど】

「あんまり言いたくないけど……」


 あの箱の中身を思い出しながら話す。半分は不気味に笑う人間、もう半分は魚のような、得体のしれない怪物。多分、スズミさんが苦しみだした原因はその怪物だろうけど、あれはいったい……。


【それって……まさか】

「知ってるの?」

【まあ、ね。私も図鑑で見ただけなんだけど】


 ――人魚


 それは僕にとって意外な答えだった。

 スズミさんによれば日本に伝わる人魚の姿は、あの箱に入っていた怪物と同じだという。


「そんな……。でも、人魚って伝説上の生き物なんでしょ?」


 しかし、スズミさんの様子がおかしかった。


【……なんで? だとしたらセイヤくんは……】

「え?」

【まあ、そうなら説明はつくかな……】

「スズミさん!」


 スマホに向かって叫ぶ。


【っ! ごめん】

「さっきから独り言だけど、どうしたの?」

【い、いや……私もそう思うけど……】


 おほん、と咳払いが画面から聞こえた。

 僕にとってはスズミさんが何か隠しているようにしか見えない。


【それより、こんな危険なものどうしてチカさんは渡したんだろうね】


 いきなり話題を変えられた。違和感を覚えつつも僕はスズミさんに応じた。


「……僕も気になってるんだ」

【じゃあさ、今度会ったら聞いてみようよ】

「でも勝手に開けたってバレたら、チカさん怒ると思うよ」

【うーん……。まあ、その時考えようよ】

「え……」


 先延ばしするのか。

 てへへ、とスマホの向こうで笑っているであろうスズミさんに、無意識のうちにツッコミを入れたくなるけど、僕にそんな勇気はない。

 まあ、こっちから呼び出さないかぎり、チカさんとまた会えるかなんてわからないし。

 とりあえず話題を変えた。


「それで、何でスズミさんから電話かけてきたの?」

【あんまり心配かけたくなかったってのもあるけど、セイヤくんは今度の土曜日時間大丈夫かなって】

「え?」

【夏祭りだよ。平川地区であるんだけど。八百で夏といったらこれってやつ!】


 頭をフル回転させて思考を巡らせているのだが、なぜかピンと来ない。


「……なんなの?」

【え……知らないの? 〈平川火まつり〉だよ!】


 あっ!


 僕の脳内で埋もれ、散らばっていた記憶がパズルのピースを組み合わせるように繋がる。小学四年のときまで友人と一緒に遊びに行っていた夏祭りだ。


 〈平川火まつり〉


 平川地区の砂浜一帯で年に一回開催される豪勢な火祭りで、江戸時代からの伝統があるといわれる。毎年全国各地から大勢の観光客が訪れ、いつも以上の賑わいを見せるのだ。盛大な炎が夜の八百湾を包み、豪快で力強く、だけどどこか幻想的な雰囲気を水面や海上に映し出す。

 夏祭りなので屋台も出る。八百の人々は老いも若きもその日はこぞって、平川に集まるのだ。


 一方で僕はここ数年祭りと呼べるようなイベントに行っていない。他のイベントがあったり、家族旅行があったりしたせいだけど、なによりぼっちになってからめっきり外で遊ぶことがなくなったからだ。


【早い話が一緒にお祭り行かないかなってこと! 予定、あいてる?】


 数年ぶりに友人からお祭りに誘われた。

 しかも、それが異性の友人。

 気になるし、だけど一緒に行ったらほかの誰かに見られないか……。

 僕の頭の中でモヤモヤが次第に大きくなり、身体も熱くなる。


「え、え、あー……」


 戸惑いと緊張で声がつっかえてしまった。そんな僕にスマホからスズミさんのいたずらをした子供のような、にやついた声がした。


【来られないの? 暇そうなのに】

「だ……大丈夫だよ!」


 僕のちっぽけなプライドが軽く傷つけられたのか、声を上げてしまった。


【ちょっと、声大きいよ。でも……行けるみたいだね】

「う、うん。ごめん」


 とたんに僕の声が小さくなった。

 スズミさんは軽やかに笑う。


【ふふっ。じゃあ、土曜日の夜六時に八百駅集合ね。いいかな】

「うん……」

【よし。じゃあ、またね】


 スマホの通話が切れた。

 僕はまるでスマホに向いている棒のようにきょとんとしていた。だが、心臓の拍動が速く大きく耳を刺激する。


 気分を落ち着かせるため、起き上がらせていた上体を、ベッドの上に押し付けた。同時にため息が漏れる。


 緊張した。まさか、スズミさんから祭りに誘われるなんて、生まれて初めてだ。


 しばらく寝転がると、気持ちも落ち着いてきた。そして正反対のわくわく感が浮上する。


 お祭り――案外、悪くないかもしれない。

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