序話 胸が震える
俺の彼女は、お嬢様だ。
「セバスチャン、セバスチャンはいる?」
「お嬢様、俺の名前は宗也です。そんな典型的な執事の名前ではございません」
「貴方は口を挟まないで、ウィンフィールド」
「俺はボクシングはできません」
「そんなエロゲオタな大佐に頼みがあるの」
「何でございましょうか。バイト時間中ですのでお伺いします」
そんな俺は、許嫁として。同時に執事として、彼女に仕えている。
時給五千円で。
「新しいエロゲが欲しいの」
「年頃の高校二年生のお嬢様が仰るセリフでは到底ございませんね」
「初めてのエロゲは、一昨日からだったわ」
「主人公の朗読をしてほしいとせがまれたのを、つい先日のように思い出しております」
びっくりだよな。
いや、読めと言われれば仕事なんだし読むけれども。
「最初にセバスがくれたのは、みずいろだったわね」
「自分は誓ってポンコツ派です」
「私はおとな進藤派よ」
「ほほう、やかましい方ではないとはこれまた通ですな」
「そういう古臭いゲームじゃなくて最新のがやりたいんだけど」
「お嬢様、新しければいいとは限りません。温故知新。まず温められた名作をやるべきかと」
「貴方は最新のをやっているのでしょう?」
「その通りでございます。今話題の最新エロゲーも所持しております」
「寄越しなさい」
「あっかんべーでございます」
「こら! 貴方は私の執事なんでしょう!」
「その強引さと無茶ぶりが、あなた様に仕えた悉くの執事が辞めて行った原因なのだと何故気づかないのですか?」
「それは少し顧みる点がありそうね」
「点ばかりで絵になりそうであります」
「点描ね」
「左様にございます」
「いいから、新しいの頂戴」
「いいえ。まずはお嬢様と近しいものを感じるであろう学園ものをチョイスしてまいります」
「今度反抗したらお父様にチクるわよ」
「権蔵様も自分のエロゲー仲間です。名作エロゲ発売日に店に、共に店に並びに行く盟友との絆に圧倒されたくなければ、お嬢様も大人しくしておくことです」
「じゃあ私の体をエロゲーみたいに好きにしていいわよ」
「さすがに権蔵様に殺されますので」
「お父様もセバスなら良いって言ってたわよ」
「笑顔で青筋を立てて歯を食いしばっていたという風景描写をお忘れなきよう」
「いいから、エロゲね。後、新しいパソコンが欲しいわ」
「最新プロセッサにメモリ64GBグラボ付き、8Kディスプレイのパソコンを所持しておいて何を仰っているのですか」
「可愛くないわ、このデスクトップパソコン」
「機械に無茶ぶりを強いないでいただけますか」
「で、何を持ってくるつもりなの? 泣ける奴が良いわ」
「ダカーポなどいかがでしょう。曲ゲーで有名ですが、初代は粗削りながらもまごうことなき名作でございます」
「それじゃ、それを頼むわ。新しいのも考えておくように」
「前向きに検討します」
ダカーポか。今のお嬢様になら相応しいかもしれない。
桜舞う季節だし。
これが、俺――叢雲宗也二十一歳と、神無月ルセア十七歳の日常。
そしてこれから書いていくのも、俺の日常である。