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メッセージ  作者: 柿崎スズ
15/20

Benedicamus trope

ホステル・アルキロッシのドミトリーで、鳥のさえずりが聞こえてくるなかわたしは目覚めた。わたしの二段ベッドの上段で寝ていた美人な韓国人の女の子と少し話をしてから、朝食を取りに階下へ向かう。宿泊客と挨拶しながらバイキング形式の料理を選んでプレートに乗せ、朝日の照らすなか席に座って目玉焼きをつついていると不思議な感じがした。完全にわたしはイタリアに馴染んできているのではないか?




「チャオ!」


「Chao」


ロビーの受付で本を読んでいる、無造作ヘアーに眼鏡をかけた若い男性ホテルスタッフに挨拶すると、彼は本から顔を上げて笑顔で挨拶を返してくれた。爽やかな気分でホテルを出る。


わたしがこれから向かう先は、ウフィツィ美術館だ。


ガイドブックに、フィレンツェに来たらここを訪れるべしと書かれていた。ウフィツィ美術館には天下の大貴族メディチ家の収集した絵画や彫刻などのコレクションが展示されているらしい。しかもその作者はレオナルド・ダ・ヴィンチ、ボッティチェリ、ミケランジェロ、ラファエロなどなど。


わたしは美術館を目指して朝のフィレンツェの街を歩いた。





天使の格好をした大道芸人のいたシニョーリア広場の雰囲気を堪能したあと、かなりさまよったがチケット予約済みの受付窓口にたどり着き、ほとんど並ばずに館内に入ることができた。


ここから、空港でもないのにセキュリティーチェックがあるらしい。そういえば美術館の外には銃(ホンモノだ!恐ろしや)を持った警備員たちがウロウロしていた。


わたしはセキュリティーチェックに備えてカバンを取りコートを脱ごうとしたが。


チケットとカバンを両手に持っているせいでうまく脱げない。


すると、わたしの前に並んだ白人の男性が同じような状況に陥ったようで、チケットを口で挟んだのを見た。海外のテレビドラマでよく見るやつだ。


わたしはそれをマネして同じように口でチケットを挟み持ち、コートを脱いでみた(日本人はあんまりやらないけどコレ使えるな、と思っただけの話です)。




学外授業で来ているらしい地元小学生に混じって三階まであがると、さっそくギャラリーだ。


長い廊下の先まで、像が並んでいる。


誰が誰なのかさっぱり分からないが、貴族なのだろう人物が描かれた絵画の真下に彫刻が立っている。


展示物を全体的に見て感じたのは、男性よりも女性や子どもの絵のほうが魅力があるということだ。


女性も子どもも身体が丸みを帯び、美しい肌をしていて、女性は清らかなのに艶やかさを纏い、子どもは無垢で純真で。


作者が男性ばかりだからかもしれないと思った。


そして、個人的にウフィツィ美術館のメインは、ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』と『春』だった。


誰もが見たことのある有名な絵画だ。本物を見れた嬉しさがあった。他の絵画より長い時間その絵画の前にとどまって眺めていた。他の観光客も同じのようだ。


とりわけわたしは『春』に引きこまれた。描かれている人物の多い物語性のある絵で、見ていて楽しい。この絵の主役はヴィーナスだ。もちろん顔も美しいけれど、わたしが魅力を感じたのは足だった。色形が違う可愛らしい花々の咲いた草のうえを裸足で立っていて、何故だかその足がとても美しいと思った。


展示品だけではなく、ウフィツィ美術館は窓外の眺めも芸術だった。青緑の運河にかかるどっしりと構えたヴェッキオ橋の向こうに、ヨーロッパの街並みが広がる。レンガ屋根の赤茶色の海の中に、昨日訪れたドゥオーモが頭を出しているのが見えた。




満足して館外へ出て、帰路へつく。その道中にイタリアンジェラートの店を見つけたので、ピスタチオ味を買った。


ホテルに着くと、朝出てきたときと同じスタッフが宿泊客のチェックイン手続きをしていた。五人くらい若い男女が受付に並んでいて、彼は手続きに忙しそうにしていたのに、わたしが帰ってきたのに気がつくと、にこやかな笑顔を見せ手を振ってくれた。...これは萌えるな。。



ホテルの庭園にて寒空の下イタリアンジェラートを舌のうえで溶かして、至福のため息をつく。


今までは日本からの逃避行という意味合いが強かった気がするが、今日はフィレンツェをたっぷり観光できた気分で、満足していた。




ホステルアルキロッシに泊まれるのは、今日で最後だ。ベネチア、フィレンツェの次は、イタリアの首都ローマに行ってみたかったが、悲しすぎることにお金が底をつき始めていた。クレジットカードも、お店で使う分には問題なかったが、イタリアのATMでの引き出しが何回やってもどうしてもうまくできなかった。


日本にいられなくなって、こうして外国の地に飛んできたが、今のわたしは、ここで暮らす気分にはなれなかった。なんとか職を見つけてお金を稼ぐ気力もなかった。イタリアで自殺するなんて考えも、消えてしまっていた。




わたしみたいな、病気で悩んでいる人なんて、世界中にたくさんいるんだから。〝フツー〟の人間なんて、ほんとはどこにもいないんだから。


それならわたしも、なんとか日本でやっていけるかもしれない。




家族に、友だちに、そしてキミちゃんに、早く会いたい。


みんなが日本でわたしを待ってる。






帰りの飛行機の予約を取らなきゃ。

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