Daisy
ホテルでのチェックインを済ませたわたしは今、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂に来ている。
このドゥオーモと呼ばれる建築物は世界的に有名な大聖堂で、わたしもテレビで見たことがあったが、壮大すぎて見上げると圧巻だ。
サン・ジョバンニ洗礼堂のかたわらで休んでいると、バイオリンやチェロなどの音楽隊が隣にやって来た。
彼らは青空の下で、アラジンのア・ホール・ニュー・ワールドをはじめとするディズニーメドレーを奏ではじめた。
その調べに聞き入ったあと、再び街歩きしていると、ものすごく雰囲気のある雑貨屋兼インテリアショップを発見した。
店の奥は、なぜか大量の巻物(羊皮紙か?)が壁の棚に天井近くまでうず高く積まれており、一体何の店なのかよく分からなくなってしまった。
雑貨屋というよりちいさな美術館という趣の店内を眺めていると、眼鏡が数個置かれているのを発見した。
「それはコンピューター用の眼鏡ですよ」
手にとって見ていると、品ある中年のオジサマが声をかけてきた。
「液晶画面から出るブルーライトをカットして、充血した赤い目になるのを防いでくれます。...試しにかけてみますか?」
イエスと言うと鏡の前に誘導された。
眼鏡がまったく似合わないわたしは、ダテ眼鏡をひとつも持っていないけれど、オシャレなそれに憧れを持っていた。しかも、イタリアはフィレンツェの眼鏡だし、縁はサファリカラーの斑ら模様で、形も何となくオシャレだ。
かけてみると、人生で初めて自分に似合う眼鏡と出会った気がした。
鏡の中でオジサマが微笑む。
「よく似合ってますよ」
他のもかけてみるが、いちばん最初にかけたものがいちばん自分に馴染んでいた。
値段も高すぎないし、いいな。
「これください」
ルンルン気分で通りを歩く。すごくオシャレな店で自分に合う眼鏡が買えて満足だった。
ホテルへの帰り道、夕食は節約して外で食べず軽いものをテイクアウトしようと思い立った。
店を探していると、カフェらしき店内に数個のサンドイッチが陳列されているのを発見した。なんとなく持ち帰りできそうだ。
サンドイッチの気分じゃないけど、もうかなり店を探し回ったし、ここでいいや。
「チャオ」
「Chao!」
店内でひとり忙しそうに働いている店員さんは、ものすごい美女だった。ぱっちりした大きい目に小鼻、唇は薄く理想的なかたちをしていて、全体的にものすごく整っている。身体はとても細く、柔らかくうねるブラウンの髪は横でひとつに結われていた。
ここの看板娘だろう。店内には女性は彼女ひとりで(わたしは除く)、客はすべて男性だった。この空間はなかなか異様だ。全員彼女目当てで通っているとしか考えられないくらい、彼女は美しかった。
あまり見惚れてはいられないので数種類の中からハムのサンドイッチを選んで、なぜか緊張しながら彼女に声をかける。
「このサンドイッチください」
「OK。持ち帰り用?」
「はい」
「じゃあオーブンであたためるわね」
「お願いします」
あたたまったサンドイッチを包む彼女を、ここの男性客全員が熱視線で見つめている、気がする。
わたしはブスのくせに、美しいものが好きだ。
紙で包まれたホカホカのサンドイッチをそのままカバンに入れ、わたしは心までホカホカだった。
たぶん違うだろうけど、彼女の手作りだったらいいなあ。
サンドイッチを食べ終わったわたしは、早めにシャワーを浴びて就寝することにした。明日はなんといっても、ウフィツィ美術館の観覧を予約してあるからだ。
ベッドのなかでZEDDのDaisyを聴いていると、こんなふうに好きな人に想われたいなあという憧れが募る。
君が僕のところにまっすぐ導かれるように、星の光を取ってこよう
同室の女の子がわたしの二段ベッドの上段にもぐりこんだようで、安物なのかベッドがとても揺れた。ウトウトしていたわたしは少し目が覚めたが、眠りの浅いところをさまようわたしの脳内にいたのは、キミちゃんの顔だった。