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メッセージ  作者: 柿崎スズ
13/20

sogood

わたしはいま、焦げ茶色のリュックを背負ってベネチアのサンタルチア駅にいる。先ほど、駅窓口で49ユーロ支払って、乗車チケットを買った。心配性のため、窓口のお姉さんに何時発か、どこから乗るかよく確認して安心してから、発車時刻の11時25分まで駅内をプラプラしていた。


香水の店、洋服店、お土産店などいろいろあるなかで、フライングタイガー(デンマーク発の雑貨店。日本にもある)を見つけ、その店が大好きなわたしはさっそく入ってみた。


もうすぐ復活祭なので、店内にはウサギや卵のグッズやちいさくてカラフルなひよこが並んでいる。


わたしはヘアゴムやオレンジの髪留めなどを選び、レジへと進もうとすると。


レジは二台あり、それぞれ女性が立っていたが、その個性的な姿に目を白黒させてしまった。


右にはピンクの猫耳カチューシャをつけたイタリア人女性と、左には頭ひとつ分あろうかと思われる高いシニョンを結い、その髪にターバンを巻いた、モデル体型の超絶オシャレな黒人の女性が立っていた。


わたしはぜひそのオシャレすぎる女性にレジを打ってもらいたくなり、その女性に品物を出した。


「そのヘアスタイル、かわいいですね」


レジを打つ彼女にそう言うと、Thank you.と言われ、続けて


「もしかして、日本人ですか?」


と日本語で言われた。流暢な日本語をこの女性から聞いたことにびっくりしたわたしは、母国語で、


「日本人です!日本語すごくお上手ですね!」


と言うと、彼女ははにかんだ可愛らしい笑顔を見せてくれた。


「わたし、学生のとき日本にいたことがあるので、少ししゃべれるんです」


「そうなんですか〜」


このオシャレな女性と母国語で会話できていることにちょっと感動する。


「パスポート、見せてもらえますか?」


他の店でも、パスポートの提示を求められることがあったので、素直にリュックの表側についたポケットから出した。


「そこにパスポート入れてるんですか?そんなところに入れておかないほうがいいですよ!盗まれちゃいます」


パスポートを確認した彼女は、リュックの裏ポケットの中にそれをしまってくれた。


「グラツィエ!」


「どういたしまして」


笑顔で見送ってくれた彼女は、危機意識の足りないわたしの世話を焼いてくれる親切な人だった。




乗車チケットはすべてイタリア語だったのでよく分からなかったが、たぶんこの電車で間違いないだろう。シルバーに赤いラインの車体には、FRECCIAARGENTOという文字がある。


乗りこんで座席に座ると、なかなか快適だった。


電車が走り出し、車窓にはベネチアの街の風景が流れる。電車は横を走る車を追い抜いていく。





13時半頃、フィレンツェのサンタマリアノヴェッラ駅に到着した。


わたしは車中にいたときから大好きなAIのアルバムを聴いていた。駅内を歩く人の服装や雰囲気から、ベネチアより都会的な感じを受けた。人が多い街を歩くときは、ヘッドホンが必須だ。


フィレンツェの歴史ある街並みを、AIのsogoodと共に闊歩する。


「みんないろんな悩みを抱えて

それぞれの一日を過ごしてる」


フィレンツェの街を自転車で颯爽と走り抜けてゆく若者、親しげに会話しながら石畳のうえを歩いてゆく二人組、人波のなか道端でギターを弾いている男性、芝生のうえで日光浴しているカップル、露店の商品を眺めている老婆、昼時のレストランへと入ってゆく夫婦。この人たちも、〝そう〟なのかしら。みんなそれぞれ悩みがあっても、それでも一日を楽しく過ごそうとがんばっているのかしら。


「あと少しだけ あきらめないでいて

もうすぐ来るから 幸せな時間が」


もうすぐフィレンツェでの幸せな時間が訪れるはず。日本で散々苦しんできたけど、あともうちょっとがんばれば、ベネチアのように楽しい思い出ができるだろう。




それから、この曲の歌詞で、わたしが思い浮かべるのはキミちゃんだ。


キミちゃんの笑顔を思い出せば、なんだってできる気がしてくるから。




キミちゃんの笑顔、仕事に真剣なときの表情、あのくるんとカールした茶色の癖っ毛、切れ長の目が細められたときの感じ、座ったときよく分かる猫背の感じ、ご利用者と話してるときの顔の近さ、ハグしたとき首筋から香るにおい、わたしに話しかけるときの可愛い笑顔。




キミちゃんのそばにいられるだけで、わたしは幸せになれるだろう。




もしかしたらこれは恋なのかもしれない。


セックスしたいとか、そういう感じではないけれど、いろんな恋のかたちがあったって、いいじゃないか。




キミちゃんもそう言ってたけど、わたしはほんとにキミちゃんのことが好きなんだなあ。


...ん?てことは、好きな人にすでにわたしの気持ちがバレているということか?ノー!なんてことだ!何だか急に恥ずかしくなってきた。




そんなこんなで心中を騒がしくしていたわたしだが、はたと大事なことを思い出した。


キミちゃんは、ゲイだ。


つまり女のわたしを恋愛対象として見ることは、できないということ。




......でも、こういうとき、気分を落ちこませたくはない。


せっかくイタリアに来たのだから、現地の人々に感化させてもらって、AIちゃんの力も借りて、陽気な自分でいよう。




キミちゃんの笑顔を思い浮かべるだけで、こんなに満たされた気分になれるのだから。

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