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メッセージ  作者: 柿崎スズ
12/20

Titanium

ブラーノ島から本島へ帰ってきたわたしは、リアルト地区周辺を散策していた。


この界隈の情緒ある街並みは本当に美しく、iPhoneで写真を撮る手が止まらない。


雑貨屋などの店々の前を歩いていると、さっそくかわいいグッズを発見した。


水色のスポーツライクなバッグだった。そこには大きな白い文字でVeneziaと書かれている。


わたしは先ほど街で見かけた、Veniceとデカデカと書かれたキャップを被った、スクーターでベネチアの街を走り回る二人の子どもを思い出した。二人ともとても可愛らしかった。


小さめサイズなので、子どもでも似合うだろう。


ーー尋太がこんなの持ってくれたなら。オシャレさんに見えるしかわいいだろうなあ。


そのバッグをじろじろ眺めていると、ふと視線を感じた。レジの前に立つ、店主であろう、眼鏡をかけた痩躯の中年男性と目があった。すぐさま視線を逸らされるが、挨拶をしておこう。


「チャオ」


「...Chao」


挨拶は返してくれるものの、なんだか苦虫を噛み潰したようないやそうな顔をされる。ーーそんな顔しなくても。




わたしはこの感覚を経験したことがあった。


アジア人を見下す人たちも、世界には少なからずいる。




わたしは女だし、若いし、介護の仕事をしているから、下に見られることがとても多い。上から目線の発言や、バカにされることがよくある。


わたしはカースト底辺の人間だ。それは家庭のなかでも、学生の頃は学校のなかでも、職場のなかでも、社会のなかでも同じこと。学生のときホームステイしたオーストラリアでも、白人至上主義的な考えを持つ人はいたし、高校のALTだったフランス人の先生もそんな感じだった。


人に優劣をつけ、自分の優越性を信じている人たちからの言葉や態度や視線に慣れているから、怒りも感じないし、大して何とも思わなかったのだけれど。


それは、そんな店主の表情に、既視感を感じているときのことだった。




「Chao! △◆◎×......」


気づくと、わたしのすぐ隣にイタリア人らしき五十代くらいの女性が立っていた。緑のベレー帽とチェックのコートが印象的な女性は、先ほどの店主に何やらイタリア語で話しかけはじめた。


彼女は5歳くらいのちいさな男の子を連れていた。女性と手を繋ぎながら男の子はキョロキョロと店内を見回している。


店主と女性の会話は続いているが、その内容は何となく分かる。女性は、わたしの狙っていた水色のバッグを指差しているからだ。


「これ、かわいいわね」


「そうでしょう!人気の色ですよ」


店主は揉み手をしながら、「満面の笑み」で女性に接客している。ーーわたしのときとはえらい違いじゃないか。


「お子さんにきっとお似合いですよ」


「でも、そちらの〝お嬢さん〟もこのバッグを見ていたわ......」


むむ?いま、シニョリーナという単語が耳に飛びこんできたが。女性はわたしを見ている。シニョリーナとは、もしやわたしのことですか?


「わたしがいただいていいのかしら?彼女に聞いてみてちょうだい」


「いや、どうせイタリア語分からないですし、いいですよ。あなたに差し上げます。どうぞ、お子さんに持たせてあげてくださいな」


愛想笑いをはりつけた店主のしゃべっている内容はわたしの妄想だが、たぶんそんなには間違っていないと思う。


「ごめんなさいね、お嬢さん」


彼女は申し訳なさそうな顔で、わたしともう一度目を合わせてくれた。


わたしはこのちいさな男の子がこのカバンを持っているところを想像して、「あなたたちに譲ります」と心の中で言った。わたしはこのカバンを手に取ったわけじゃないし、早い者勝ちだ。




わたしを見下す人がいれば、反対に同じ社会の一人として見てくれる人もいるのだ。わたしの存在を軽んじない人だっているのだ。わたしのことを、イタリア語でシニョリーナと呼んでくれる人もいるのだ。ただそれだけのことなのに、すごく嬉しかった(尋太へのお土産は買い逃してしまったけれど)。


彼女はバッグの代金を支払い、男の子を連れて去っていった。






いま起こったワンシーンから思い起こすのは、何故だか分からないが、エンデの『はてしない物語』だった。


わたしが読み漁ってきた、イギリスやドイツなどヨーロッパの児童書の世界では、主人公の立場は弱く、周りの人たちに自分の存在を軽んじられ、冷たくあしらわれている子が多かった。けれどストーリーが進むなかで、子どもでも同じ人間として扱ってくれる大人や仲間たちに出会うのだ。


尋太のお土産は買い損ねたが、わたしはまるで児童書の主人公になったような気分を味わい、この一幕が心に残った。







一度ホテルに戻り、帰り道で買ったテイクアウトのピザを食べてから(冷めててもやっぱりおいしい)、夜のサン・マルコ広場に向かった。


広場は昼間に比べて、圧倒的に人が少ない。夜に出歩くのは、とくに観光客にとっては危険なのだろう(わたしも観光客だけど)。




わたしは、明日、フィレンツェに発つ。ベネチアに比較的近いのでアクセスも良く、水の都の次は花の都にも行ってみたいと思ったという単純な理由だ。






ホテルからサン・マルコ広場への散歩コースが好きだった。


夜の運河を見るのはこれで最後だ。しっかり目に焼き付けておこう。

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