肉食獣と朝ごはん
呆然と私を見つめる高遠さんの視線がつきささる。
そりゃ昨日の今日で、しかもこんな時間にアンタ何しにきたの?ってなもんですよね。
でも!
一晩私はよく考えてみた。
高遠さんにはフラれた……きっぱりと。
晩ご飯ももう一緒に食べたくない、と遠回しにきっぱりいわれた。
でも!
フラれたからってすぐ好きって言う気持ちがなくなるわけじゃないでしょう?
それどころか、私は昨晩本当によーく考えて考えて……考えれば考える程、高遠さんが好きだと思った。
そんなの高遠さんからすれば迷惑なだけだっていうのは私でもわかる。
でも好き。凄く。
「あの……こんな格好でごめんなさい。一緒に朝ごはん食べようと思って作ってきたんです……けど……」
高遠さん、目が赤い。
疲れて不機嫌そうな高遠さんに威圧される。
「白鷺さんは……俺が言った事わからないの? 晩御飯がダメだから朝御飯? ふざけてる?」
「――これで最後にしますからお願いします」
「……最後?」
にっこりと笑った。上手く笑えてるかな? うん、笑えてるはず。
今日、会社に辞表をだしたらそのまま田舎に帰るつもり。
アパートには大事な物なんてなかったから全て処分してもらう事にした。
そして田舎に帰ったら高遠さんの事なんて綺麗さっぱり忘れて――……。
ポタリ、ポタリと滴が地面に落ちて砂を濡らす。
雨……?
「白鷺さんにとって俺はやっぱりその程度なんですね……」
高遠さんの目からこぼれる涙。ポタリポタリと地面に滴り落ちる。
えっ。高遠さん?
「俺、馬鹿みたいだ……それでも白鷺さんが好きだなんて」
高遠さんの言ってる事はわからない。
好きならなんで拒絶するんだろう? 私の好きと高遠さんの好きは違う?
ボロボロと泣く高遠さんを見てやっぱり好きだなあ、と思う。
こんな姿もなんて恰好いいんだろう。
高遠さんの大きな目が私を見つめる。
「お願いだ、白鷺さん……俺を選んでくれ。他の男じゃなくて、俺を」
「はい」
「……えっ?」
驚いた顔の高遠さん。
なんでだろう? 好きだって、私ちゃんと言ったのになんで伝わってないんだろう?
他の男より俺を選んで欲しいって、それって。
私、自意識過剰? 違うよね? それって、高遠さんも私と同じ気持ちってことだよね?
なんで? なんで私の気持ち、伝わってないの~!?
「私、昨日! 高遠さんの事好きだっていったじゃないですか! なんで肝心なとこ聞いてないんですか~!」
「いや、聞いてましたよ。聞いてたけど! そんな事、他のオスの匂いさせて言うことじゃないだろう!?」
「他の男なんているわけないじゃないですか! 私の事そんな女だと思ってたんですか!?」
「思ってない! でもオスの匂いが……」
「オスの匂い、オスの匂いって! 私にはそんな匂いがつく程親しい男なんていな……あ」
「あ? あ、ってなんだよ!」
キィィィ!と怒りまかせでガンガン言葉を口にだしてたけど。
匂いって……あれか! 酔っぱらった同僚に抱き着かれた、あれかあ!
そっか。そっかあ~……。
「とにかく高遠さん。話し合いが必要です。朝ごはん食べながら話ましょう。きっとすべて解決しますから……泣かないでください」
「な! ないてねー!」
本当はね、私も泣きそう。
今、どうにか我慢してるだけ。力抜いたら涙こぼれちゃいそうなくらい。
だって『好き』って言ってくれた。大好きな人が私の事を『好き』だなんてまるで奇跡。
「どうぞ」とドアを大きく開けてくれる高遠さん。
鼻をすんすんとならし、いつもと違うぶっきらぼうに。
高遠さん、かわいい。
「おじゃまします。」と上がり込み、テーブルの上に持ってきた朝ごはんを並べる。
コンビニで買ってきた6枚切りの食パンに、やっぱりコンビニで買ってきたハムを挟み、更にコンビニで買ったサラダを挟んだ特製のサンドイッチなわけだけど。
正直なところあまりおいしそうには見えない。
本当は朝ごはんを口実に会いたかっただけなのでかなり適当サンドイッチ。
いつも美味しい晩御飯を作ってくれる高遠さんに見せるのはかなりお粗末な代物ではあるのだが、今はとりあえずこれを食べてもらう事にする。
「どうぞ食べてください」
「俺は、メシよりも、さっきの話の続きがしたい!」
まずはゴホンと咳払い。
「はい、では、言い訳をします。私に他の男の匂いがついてたのは、酔っ払いに抱きしめられたせいです。もちろん! 私が望んで抱きしめられたわけではありません。」
「だ、抱きしめられた!?」
「だから匂いがついちゃただけなんですよ」
「なんでそんな平然としてんだ!? 抱きしめられたんだぞ!? 好きでもない奴に抱かれてアンタ平気なのか!?」
「平気じゃないですよ。怖いし、気持ち悪いし……でも昨日は高遠さんがいてくれたから」
好きでもない人に触られるのは気持ち悪い。
あんな風にいきなり抱きしめられるなんて凄く怖かった。
急いで店をでて逃げ帰ったけど、それでも恐怖は消えない。
もしかしたら追いかけてきてるかもと思うと家を知られそうで怖くてコンビニの前でタクシーを降りた。
降りたものの、コンビニまでの道すら怖くて怖くて動けなくなりそうだった。
「……高遠さんが来てくれたから、私、安心できたんです。」
一呼吸おいて。
高遠さんの目をみる。もう吊り上がってはいない。
呆然と私をみている。
「私は、高遠さんの事しか考えられないぐらい、高遠さんが好きです」
今度こそ伝わる事を祈って。気持ちを込めて、はっきりと伝える。
伝わっただろうか?
呆然とみている高遠さんの目から涙がこぼれおちる。
「――俺も、白鷺さんがすきです」
「はい!」
私の目からも我慢してた涙がついにこぼれ始めた。
高遠さんと私、大笑いながら大泣き。
お互いに『好き』を繰り返す。
三十分程、大笑いと大泣きをして高遠さんがコーヒーをいれてくれた。
笑ったからか、泣いたからかお腹がすいてきたので二人でサンドイッチを食べた。
マヨネーズの存在をすっかり忘れていたサンドイッチはハムの微妙な塩気しかなく……。
それでも高遠さんは「白鷺さんの手料理!」とか言って喜んでくれたのだけど、これを手料理といっていいものなのかどうか。
「白鷺さん、ちょっといいですか?」
「はい?」
「ちょっとこっちへ……」
立ち上がり、高遠さんへ近づくと。
膝の上に座らされ、後ろからギュッと抱きしめられた。
「た、た、高遠さん!?」
「忘れてくださいね、他の男に抱きしめられた事は」
ぐりぐりと頬をすり寄せてくる高遠さんの毛皮がふさふさして気持ちいい。
フフフと笑い私は答える。
「忘れてましたよ、高遠さんに言われるまで。だってずっと高遠さんの事で頭がいっぱいでしたもん」
顔に血がのぼる。
言ってしまってから妙に気恥しい。
「白鳥さんって……」
耳元で高遠さんが囁く。
その声に、その吐息に背筋がゾクリとする。
熱すぎて頭がクラクラする。
「凄く可愛い……」
ずるいな、高遠さん。
私をこんなにドキドキさせて。
やっぱり高遠さんって肉食獣だ。
油断させて、いつかガブリと私を食べるつもりなのかもしれない……。
もう少しお付き合いいただければ幸いです。