春はタケノコ
「あれっ?高遠さーん!」
スラリとした美女がかけよってくる。愛くるしい笑顔で。
ましてや、その美女は自分にとって大切な人。愛しい存在。
ならばもうそれだけで最高の気分だ。
「こんなところで会うとは思いませんでした。お買い物ですか?」
「いえ……ちょっと用事があったものですから。……そうですね、折角だから買い物もして帰ろうかな……ね、白鷺さん?今日は何が食べたいですか?」
この美女は白鷺さん。ご近所に住んでいる。
見かける度に美しい人だなあ……とは思ってはいたが、ちょっとしたきっかけで知り合いになった。
今では恋人でもないのに「晩飯を毎日一緒に食う」という、ちょっと奇妙な関係にまでなっている。
彼女の事を知る度に彼女に惹かれていく。
一見とっつきにくそうな彼女は、実はなんとも穏やかな性格でほんわかした空気を漂わせている。
虎獣人の俺にさえ、偏見をもたずに接してくれる。
……ああ……彼女が好きだ。とても。だが好かれるわけがない……。
せめて彼女と一緒にいれられたら……。
かくして今日も俺は彼女との晩飯の為に画策する。
うーん……呟き、悩んだ後彼女は例のあの愛くるしい笑顔をみせてくれる。
「うん! やっぱり春はタケノコご飯ですよねっ!?」
「タケノコ、今の時期けっこー高いんだよね~……」
……しまった……。
社用でちょっと外にでた所、偶然ご近所の高遠さんに会った。
食べたいものを聞かれ、春という事で「タケノコご飯」と言ったのはいいが。
その後、お昼に同僚と食事に行く過程で食べ物の話になり、やはり春という事でタケノコの話題になったのだが……えっ!? タケノコって高いの?
今でこそ、この大都会で生活をしてはいるが、私は田舎町で育っている。
親戚やら近所のおばさんやらが春にはタケノコをくれるので、タケノコに不自由した事はない。
それどころはタケノコは貰うものであって買うものですらないのだから金額を知らないのはしょうがない。タケノコなんていっぱいはえるのに……本当に高いの?
これは運命としかいいようがない!
なぜならば、タケノコならちょうど家にあるのだから!
白鷺さんが「タケノコご飯」と言ったその瞬間、俺はそう思った。
神よ! いや、坂本のおばあちゃん有難う!
ここは大都会。だが、ちょっと外れれば田園広がる場所もあるのだ……そして俺の住まいはまさにそーいう場所。
でだ。
先日ご近所の坂本さんがタケノコを持ってきてくれた。
このおばあちゃんはこんな俺にも優しくしてくれてこーして時々色々な物をくれる。
ここいらのちょっとした大地主らしく、趣味で色々な作物を作っているのだが俺も時々手伝わせてもらったりしていて今では茶飲み友達でもある。
タケノコご飯が炊きあがる頃、いつものようにベルが鳴った。
白鷺さんに違いない。
ガチャリとドアを開けるとやはりそこには白鷺さん。
「……こんばんは~、ただいまです~……」
なんだかちょっと元気のない白鷺さん。
「こんばんは、おかえりなさい。今日もおつかれさまです」と声かける。
いつものように「お邪魔します」と呟いたあと、とてとてとダイニングに向かう彼女の様を見て顔がにやけるのがわかる。なんであれ今日も彼女は来てくれた。そうだ、これ以上の期待はするな。
「……あ……タケノコの天ぷら……」
そう。折角なので天ぷらもつくってみた。タケノコといえばタケノコご飯、そして天ぷら。
きっと彼女も気に入ってくれると思ったのだが……失敗したか、天ぷらは嫌いだったのか?
なんだかすごく落ち込んでいる彼女。そんなにも嫌いなのか!? 天ぷらが!? ご飯はよくて天ぷらはダメなのか!?
「……あの……すみません! 私あんなにタケノコが高いなんてしらなくて!!」
「……は?」
「……いえ、ちょっと帰りスーパー寄ってみたらタケノコ、あんなにするとは思わなくて……」
ああ、成程。
確かにスーパーで売ってるタケノコはそれなりに高いかもしれないが……だが言う程でもないぞ?
それにこのタケノコは買ったわけじゃないし。
「あ――……あの、ですね。このタケノコはご近所の坂本さんに頂いたので……買ったわけではないので気にしないでください。」
「そうなんですか?」と明らかにホッとする彼女。でもまだ納得のいかない顔。
「ですが……考えてみれば私、いつも高遠さんにご馳走になってばかりで……申し訳なくて……」
む。この流れはマズイ。
彼女が晩飯を食べに来なくなるような事態は避けたい。
だが……もしかして彼女は俺との晩飯を断る口実が欲しいのか……?
やはり俺のような虎獣人は彼女も怖いのだろうか。
「なので!」
「……えっ?」
「ほんと失礼だとは思うんだけど……このお金受け取ってもらえませんか? 今月分、ということで……あ、足りなければ遠慮なく言ってください!」
彼女の差し出した封筒をそっと受け取る。
今月分……今はまだ月初め。
彼女は今月はうちでご飯を食べてくれるのか? 今月分? 来月は来月分を? とりあえず彼女は今月は俺のうちに来てくれるのか? 誘わなくても!? 飯を食いに!?
――うーわー! 嬉しすぎて心臓とまりそうだ!!
あー、やっぱり失礼だったかな!
高遠さんはいつも善意で晩ごはんにお誘いしてくれる。ずうずうしく私も毎回いただくようになり……さすがにこれはずうずうしすぎるでしょう?って自分でも思っていた。
だからといって「いつも美味しいご飯ありがとーございます。はいこれ材料費」みたいなのってなんか……どうなの? 家政婦じゃないんだから!
もっとこう、失礼のないように材料費をどうにか……なんて考えてるうちに今に至り、そして結局失礼な言い方になってしまったような気がする。
高遠さんもお金の入った封筒を見つめて呆然としている。尻尾をあんなに逆立たせて。
ああ、穴があったら入りたい……。
はっ!
「天ぷらが冷えます! ご飯にしましょう!」
喜んでいる場合ではなかった。飯だ、飯。
いつものように椅子を引くと彼女がそこにそっと腰掛ける。
これは俺の秘かな俺の楽しみ。
そして俺と彼女のご飯やお汁用意をし、彼女の前にだけ鰆の味噌焼きを置く。
「あ。鰆ですね。春のお魚……春づくしですね」
彼女が微笑む。
ああもう、飯なんてどうでもいい、抱きしめてぇ!……が、そこは我慢。怖がらせてしまえば終わりなのだ。
「天ぷらサクサクだ~。家で作るとなかなかこんなにサクサクにならないですよね~。さすが高遠さんだなあ」
「コツがあるんですよ」冷静を装って答える俺。
「へえ……どうやるんですか?」
「……秘密です」教えるわけない。彼女がサクサクの天ぷらを食べたくなったら俺が作ればいいのだから!
「フフフ、高遠さんでもそんないじわる言うんですね」
そんな遣り取りの中、いつのまにか白鷺さんはもうタケノコご飯を食べてしまっている。
細いのに喰いっぷりのいいところも俺は好き。
「おかわり、ありますよ。つぎましょうか?」
白鷺さんの顔が赤くなる。
「……や、あの……私そんな……あの……」
そっとお茶碗をさしだす白鷺さん。
「……お願いしまス……でも! あの!……私そんな大食いなわけじゃなくて……あの……高遠さんのごはんが美味しすぎるんですよ……いえ、もう……ごめんなさい、大食いで……」
最後、聞こえないぐらい小声。でも俺の耳は良いから聞こえてしまうわけだが。
――あーもう! 可愛い! 超絶かわいい。もうこのまま彼女を帰したくない! 閉じ込めて、ずっと抱きしめて、彼女の体をあますことなく味わいたい。彼女を俺の物にしたい!
……なんて事を俺が考えてるなんて微塵も白鷺さんは思ってもいないんだろうな。
だから俺は耐える。怖がらせたくない、嫌われたくない、傍にいたい。
しずまれ、俺!
今日も高遠さんの作ったご飯は美味しい。
だが。高遠さんはタケノコご飯好きじゃなかったのかな。お箸があまりすすんでないように見える。
それに……気になる、あの尻尾。
さっきからピーンと伸びたりゆらゆらせわしなく動いたり。はたまたブワッと逆立ったかと思うとまたもとに戻ったり。
高遠さんの感情は大体わかるようになってきた。
嬉しい時に耳がぴこぴこ動いたりとか、落ち込んだ時に耳がぺたっと頭にくっついちゃう事も。
あと、笑顔の時は目がほそーくなって可愛い。
でも尻尾だけがどうにもわからにのだ。どーいう時に膨らむのか、どーいう時に逆立つのか……。
そうして今も高遠さんの尻尾を観察。
ゆらゆらと動く尻尾……さわるとどんな感触なのかしら。
頼んだら触らせてもらえるかしら?どうせならあのお耳も触らしてほしいし頭もなでなでしてみたい。
気持ちいいとやっぱり猫みたいにゴロゴロいうのかなー、なんて考えるのはちょっと失礼かしら。
――ああ、高遠さんに……
――ああ、白鷺さんに……
……触れてみたいな……
タケノコはご近所・親戚からいただける人にとってはスーパーで値段見ると驚きますよね、っていう小市民的な私の見解。500円~1000円程?なので高くないといえば高くないし、高いといえば高い。いや、やっぱたけぇよ!