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好きな理由

 初めて大学をサボタージュしてしまった。まあ、今日は出席とらない講義だけだから良いかと思ってしまったのだが。私は大学をサボタージュして海に来ていた。ぽつん、と海岸に座っている。私の隣には桃ちゃんがいる。桃ちゃんもサボタージュしたのだ。桃ちゃんに誘われて海に来たから、桃ちゃんがいるのは当然なのだが。


「さ、叫んでいいわよ!」


 桃ちゃんは元気いっぱいで言う。私は小首を傾げる。何故海で叫ばねばいけないのか。


「あのね。吉野。むしゃくしゃしてるときは叫ぶのよ。私がお手本を見せてあげよう。」


 桃ちゃんはそう言うと、息を吸い込み、叫んだ。


「ばかやろおおおおお!」


 桃ちゃんは力一杯叫ぶ。私はよくわからないが、同じように叫んだ。馬鹿野郎!と。なんだかわからないが、すっきりした気がする。それから、私と桃ちゃんは砂でお城を作る。


「昔さあ、行ったよね。私と吉野と飛鳥くんと穂積くんとで。海に。あの時、吉野ったらずっと貝殻集めしてた。穂積くんは穂積くんですごいお城作ってたよね。彼の芸術センスはあの頃からあったのねえ。」


 桃ちゃんは懐かしむように言う。そういえば、そんなこともあった気がする。私は何故だかそれを思い出して涙をこぼした。桃ちゃんはそれを見て安心したように微笑む。


「ねえ、吉野。なんで、泣いてるの。」

「わっ、かんない。だって、私、わかんないっ。どうして、なの。穂積のこと、頭、から離れないの。ずっとよ。キスされてからずっと。なのに、穂積ったら、距離を置くって。勝手にキスして、勝手に告白して、なんでも決めちゃうの。私にはそれが一番いいんだって思ってるのよ。私が、穂積には素敵な恋しないんだって思ってる。」


 私はぼろぼろ泣きながら言う。


「それじゃあ、恋してるみたいね。穂積くんに。」

「恋。」

「側にいたくてたまらなくて。離れたくない。っていうのは幼馴染みの我儘じゃないよ。恋したらそうなんじゃないかなあ。私はそうだったよ。恋したらずっと側にいたくなった。穂積くんが才能ある人でもいいでしょう?」


 私は呆然とした。桃ちゃんはふ、と優しく微笑む。


「桃ちゃん。知ってたの。」

「当たり前でしょ。何年親友してると思ってんの。あんた、才能ある人、苦手だもんね。お父さんのことも苦手じゃない。だからってね、才能ある人を好きになっちゃだめだってことにはならないのよ。」


 桃ちゃんは私に言い聞かせるように言う。私は黙って俯いた。私は才能のある人が苦手だ。私の父親は書道家で才能があって、素晴らしかった。でも、娘の私には何の才能もなかった。飛鳥には検事になるというきちんとした夢があるし、お父さんは喜んだ。お父さんは私には何も言わなかった。私はお父さんみたいな人じゃなくて普通の人と結婚したいと思うようになったのだ。だから、穂積のことは恋愛対象として見れなかった。でも、これって穂積のことをきちんと見てないってことだよね。


 穂積のこと、才能抜きだったら、大好きなんじゃないか、私。ああ、そうか。私は彼に恋してたのかな。穂積の優しい微笑みが大好き。穂積の側にいると楽なところが好き。


「桃ちゃん。ありがとう。私ね、好きみたい。穂積のこと。」

「やっと気付いたの。馬鹿ね。さっさと行ってきなさい。夜は七夕パーティーなんでしょう。さっさと仲直りしてきなさいね。」


 桃ちゃんは私を後押しした。






 私は無我夢中で走って、穂積の通っている大学の校門にいた。私って思い込みが激しいというか、猪突猛進というか。穂積はそもそも今日学校なのだろうか。まあ、いいや。待とう。それで謝ろう。それから、もう駄目でも遅くても好きって言おう。私は数十分待った。


「吉野。なんで、ここにいるんだ。」


 穂積は呆れたように言う。私は穂積を真剣に見つめる。


「なんだよ、穂積。新しい彼女か?可愛い子じゃん。」


 穂積の隣にいる人がからかうように言う。


「やめろ。次、それ言ったらぶっ飛ばす。」


 穂積は隣にいる人を睨んで言う。


「穂積。話があるの。でも、今日が駄目なら出直すわ。」

「駄目じゃないけど。こないだの話、忘れたの。僕はもう話すことないんだけど。」


 穂積は困ったように微笑んで言う。いつもの微笑みだ。私はにっこり微笑む。


「私にはあるの。大事な話よ。」

「悪い。今日は彼女と帰る。」

「おーおー。どうぞどうぞ。」


 私は穂積の部屋にいた。


「それで話って。」

「うん。ね、穂積。私、とっても嫌な奴なの。我儘で傲慢なの。だから、貴方と離れたくないし、そばにいて欲しい。」


 私はぽつりと言う。穂積は口を開こうとするが、私はそれよりも先に言う。


「ごめんなさい。貴方にとても無神経で失礼なことばかりだった。鈍くてはっきりしなくて。貴方の優しさに甘えてた。ね、穂積。私ね、好きみたい。穂積のことが好きなの。」


 私が謝ってから告白すると、穂積はぽかんと口を開けている。いつもの穂積からは想像もつかないものだ。


「は?いやいやいや。君、嫌いじゃん。芸術家!」


 穂積は慌てたように言う。


「私が嫌いなのは芸術家じゃないわ。才能ある人よ。」

「いや、どっちでもいいけどさ。いや、よくないのか。」

「穂積。あのね、私、もう難しく考えれないよ。穂積が好きよ。才能あっても穂積が好き。」


 私は信じてもらえるようにはっきり言う。穂積は何も言わずに黙り込む。


「信じてもいいの。好きなのか。こんなクズの最低野郎を?不誠実な男を?」


穂積は自嘲したように微笑んで言う。


「信じて。穂積。」


 穂積はそれを聞いて、私を抱き寄せる。


「ああ。もう。諦めようと思ったのにな。」


 穂積は耳元で囁く。それから、体を離して私の手にそっ、と触れる。


「好きだよ。吉野。もう離さないから。ずっとずっとそばにいてほしい。」


 穂積は甘い声で言う。私は思わず、顔を赤くする。穂積は苦笑する。


「え、なにそれ。可愛いなあ、吉野は。吉野のこと、愛してる。」

「...私も、穂積のこと愛しちゃったみたい。」


 私は顔を赤くしながら言う。穂積はにっこり微笑むと、顔を近づけてキスをする。初めは触れるだけだったキスは深くなってくる。穂積はやめようとしない。私は思わず息苦しくなって穂積の背中をばんばん叩いた。私は顔を火照らせて穂積を軽く睨む。


「穂積。貴方って、手が早いんじゃない?」

「いやあ。そうかな。でも、そうだね。想いがやっと通じたから嬉しかったんだよ。吉野。」


 穂積は優しく微笑む。私の大好きな表情だ。私は微笑んで穂積にだきつく。穂積は優しく抱きしめ返してくれた。

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